伝説のオーレン
彼の一言で家族は揺れた。
「僕、父さんみたいな吟遊詩人になるから」
驚愕の表情を浮かべ、言葉を失う両親は放っといてラクアはもう一度聞き直す。
「エル、もう一度言ってくれる?」
「僕は、父さんみたいな、オーレン(吟遊詩人)になる」
ちょっとイラついた表情でそう言う弟にラクアは頭を抱えた。本気で言っているのなら、この弟は頭がおかしい。確かに父のオルフェウスはその名が示す通り、当代一の1級吟遊詩人。王宮にも伺候していた。
そのため、王より直々に異例である家名ではなく、名で”オルフェウス”を頂いている。しかし、エルは違う。駆け出しの詩人でも、歌い手でもない。本当に無名。”オーレン”という名を名乗ってはいけない人間である。
「エル、あんた、頭正気?」
「姉さんは黙ってて」
否、黙っていることが出来ないから口を出すのだ。
「私は家族からシバルバー(死神)を出すつもりはないから」
「…ピンガ(狩猟師)を名乗ってる姉さんには関係ないだろ!」
「ピンガではなくアイア(女猟師)、ね。ついでに言うと私はディーバ(歌の女神)でもあるから」
その言葉に悔しそうに歯噛みするエル。しかし現実はエルにとって甘くはない。
「子守唄も満足に歌えない音痴のあんたが、最高位に近い”オーレン”は名乗れないに決まってるから」
ていうか、確実に死人が出るわよ、と言えばエルは押し黙る。思い当たる節が有り過ぎるせいだ。エルが生まれて15年。その内の12年間、家族はエルから歌を強制的に奪った。それに関しては、父親であるオルフェウスあいつも首をかしげている。
「なんでエルは音痴になってしまったのかな?僕の子守唄をラクアと同じ様に聞かせていたのに」
「才能の問題でしょ」
ばっさりと切り捨てるのは、エルの破滅的音痴の被害者であり、唯一の生還者である母親だ。初めてエルの破滅的な歌を聴いて、失神した母を介抱したのは良い思い出、としておく。
「だから、家族の意見は一つよ」
びしりとエルに人差し指を突き付け、ラクアは宣言する。
「あんたに歌の職業は無理!」
一方的なラクアの宣言にとうとうエルが切れる。
「やってみなきゃわかんねーだろ!!」
「わかりきってるから言うんでしょ!!」
その言葉にエルはすぐそばに隠していた荷物を手に取り、立ち上がる。その姿に両親はのほほんと笑顔を向ける。
「エル、道中気を付けるんだよ」
「あんたは猟師としての腕はしっかりしてるから死ぬことはないわね」
両親のなんともあっさりとした言葉に苦笑しながら、エルは頷いた。ちらりと姉を見れば、弟の用意の良さに呆れていた。
「僕はちゃんとオーレンになって見せるから」
「………なれるなら、ね」
最後の砦、ラクアも仕方なくではあるが、折れてくれた。それに満足げな表情を浮かべ、エルは生まれ育った我が家を後にした。
後に語られる、エルの逸話の数々は家族にとっては頭を抱えるほどのものとなる。
たとえば、野盗に出くわすも、その破滅的な歌によって野盗達を返り討ちにし、揚句に野盗達を壊滅させた、というもの。
そのため、後に唯一の、歌唱力によらない、オーレンの名を賜る、伝説となる。
これはエル・オーレンの若かりし頃の物語の一つである。