わかる、わからない
黒いセダンは深夜の首都高湾岸線を走り抜け、やがて川崎港に浮かぶ日本最大の人工島に入った。
「京浜運河沿いのこちらは内航船の埠頭が並ぶ地帯で、一般車両が入り込むところじゃないんですがね」バックミラー越しに詩織の顔を見ながら、運転手は不審そうに言った。窓の外は、ただ陰気に光る工場群の無機質な鉄のジャングルが続く。
「大丈夫ですかお客さん、ここから先はひと気のない物騒な場所になりますよ」
詩織は運転席のシートを後ろから掴みながら、ぎゅっと唇を引き結んだ。通る車もまばらな深夜のこの時間、ひたすら後をつけてくるタクシーに向こうが気付いていないほうが不自然だ。どころか、自分の勘が確かなら、相手は明らかにこちらをひと気のない場所に誘い込もうとしている。
右に左に工場地帯の道を曲がりくねり、運河沿いの公園が見えて来ると、前の車は急に減速し、ハザードランプを点滅させた。
運転手はこちらを斜めに振り向いた。その口が開くより先に、詩織のほうから語り掛けた。
「いいわ。ちょっと距離とって、そこで停めて」
「いいんですか」
札入れから万札を一枚出すと、お釣りはいらないから、といって運転手に押し付け、詩織はそっと金属の塊をジャケットの内ポケットに移した。
立木の少ない暗い公園が広がる空間は、視界の大半を煙突と対岸の工場地帯の灯りと、真っ暗な空が占めている。
詩織は車を降りると、早く行って、と手で合図し、走り去るタクシーの音を背後に、目の前三十メートルほどの距離に止まる黒いセダンを見つめた。
と、細身の背の高いシルエットが車から降りたった。
一瞬SYOUかと思うほど、その背格好は似通っていたが、二秒としないうちに違いに気づく。あの浮浪者風の男のほかにもう一人、若い男がいたということか。わかっていて手紙を拾い、わかっていて追尾しているこちらを誘いこんでいる誰か。危険この上ないのに、SYOUによく似たその風貌のせいか、詩織は当たり前のように歩み寄っていく自分の度胸に驚いていた。
あと十メートルほどになった時、その人影は手を上げ、こちらを制するようにした。薄暗いオレンジ色の街灯の下、サングラスをかけ、ポケットに両手を入れて立つ。
「なぜ追ってくる」
落ち着いた声に宿る中国なまり。
中国人ということは、やはりチョウの仲間と思って間違いないのか。どうして自分は警戒もせずここまでおびき寄せられたのか。けれど、その暗闇の向こうに何か、SYOUか彼につながる何かの気配がするのをどうしても自分で否定できないのだった。
「あなたの仲間が拾ったものを返してほしいの」
「なんのことかわからないな」
「手紙よ」
「あんたの落とし物か」
「ええ」
「確かに自分の名前が書いてはあったな。ではまず名乗ってみてくれ」
「シオリ」
下の名だけ答えると、男はかすかに横を向き、右手を上げ、髪をぐしゃぐしゃとかき分けて
「哇靠(まじかよ)」と一言つぶやいた。
「次はこちらから聞いていい?」
「駄目だ」
男は即答すると、しばらくポケットに手を突っ込んだまま俯いていたが、顔を上げて言った。
「返さないと言ったら」
「じゃあなぜ名前を聞いたの」
「答えれば返すとは言ってない。誰かに渡すつもりで置いたものだろう、俺が渡しといてやる」
「あなたの名前は」
「さあね」
「言わなくていいわ。どちらにしろ、わたしは中国人に渡す気はない」
「中国人が嫌いか」
「返して」
男はゆっくりと懐に手を入れると、ひと目で何かわかる塊を手にしてこちらに向けてきた。詩織もほぼ同時に、同じものを手にして相手に向けた。
「……なるほど。本物のシオリか」
男は感心したように呟くと、銃口を上に向けた。
「ではお互いこいつはなしにして取引といこうか。平和的に解決したいだろう」
「ええ」
「車に乗る気がある?」
「……」
「乗る気がないならさっきの玩具でくだらない戦争ごっこでもしてみるか」
「話し合えば返してもらえる可能性があると思っていいの」
「そこにいろ」
男は車のドアを開けると、中に向かって呼びかけた。
「起きろ、監督さん。あんたが顔を見せたほうが話が早そうだ」
監督?
詩織は斜めに伸びあがるようにして車の内部を透かし見た。助手席からゆらりとひとの頭が持ち上がり、いててて、と言いながら首をさすっているのはさっきの浮浪者と見えた。中国人に囁きかけられてこちらを見、おう、と妙な声を出して天井に頭をぶつけ、その頭をさすりながら帽子をかぶり、暗い車外に出てきたその男のシルエットを、詩織はじっと見た。
「いやいや、久しぶりの逢瀬だが夜中なんで痣だのなんだの見えないのがまあ幸いだ。なあ」
聞きなれた声に、詩織は口元に手を当て、思わず叫んでいた。
「……監督!」
寄せては返す波の音の前でバイクを止めると、SYOUは足早に倉庫の一つに向かって歩を進めた。あの工場群の煙突から、今夜はフレアスタックは上がっていない。なんでよりによって、またわざわざここなんだ。
「こっちだ」
がらんとした暗闇の奥から楊の声が響く。足元に注意しながら進むと、積み上げられたコンテナや木箱の陰で、オレンジ色のささやかな光に下からあぶられながら、三人が車座になって何か飲んでいた。
「……楊」
「災害用ローソクだよ。ちょうどここの中にあった」
そう答えた楊の隣で、直径十センチはある太い蝋燭の灯りに詩織の顔がゆらゆらと照らし出されている。
ゆっくりとこちらを見上げるその顔が、ふっと崩れて笑顔になった。
「監督さんのご無事を祝って、祝杯をあげてたの」
「……」
三人の中心にはポテトチップやさきイカが袋ごと並んでいる。SYOUは頭を掻きながらその場に座った。なんといったらいいか、言葉が出て来ない。
「なんでまたここなんだよ」ぼそりと言うと、
「ひと気のない雨の夜の公園の話をあんたがしてくれたのを思い出して」楊はこともなげに言った。詩織が興味深そうに聞いてきた。
「どんな話?」
「それはいい。それより、そもそも大事な話を」
若宮が琥珀色の液体の入った紙コップを差し出してきた。
「まあお前も飲め、勇気のある女優さんとの再会の酒だ」そう言う当人の目の前にはラム酒の瓶。
「あんた、ほんとにいい加減にしろよ」
「中身はウーロン茶だよ。お宝は詩織ちゃんにさっさとぶち撒かれて代りに注がれたのがこれだ。相変わらず酷いな、お前の元カノは」
「その呼び名やめてください」即座に隣から詩織が言った。
「じゃあ詩織姐さん」
「監督、あの世で体の芯からアルコールを抜いてもらってきたほうがよかったんじゃないですか」
「抜けたらまた注ぐまでだ」
SYOUはどうしようもないといった表情で苦笑しながら、三人を前に紙コップを掲げ、やけくそ気味に飲んだ。ラム酒の香りの移ったウーロン茶は国籍不明の味がした。
「で、どこからどれだけ話した、楊さん」
「俺が救出計画におけるSYOUさんのバディーで、かの宗教の信者だということは」
「“彼女”の居場所については」
「俺が話した。いずれ話すだろ」監督が後を受けた。SYOUは黙って頭を掻いた。
「リンをあの男に渡したのね」
詩織の尖った視線が頬に刺さっている。
「彼女を守る強い意志があり、いろんな意味で最強のスペックを持っている男が彼だ。でもいつまでもというわけじゃない」
「あっちはそうは思ってないでしょ」
「そこの駆け引きは今後の話だ」
「いいわ、あなたは監督をとにもかくにも守ってくれた。だから許してあげる」
「なんできみに許されるとか許されないとかいう話に」言いかけて、SYOUは監督の顔を見た。
「……どう説明したんです」
若宮はさきイカを咥えながら言った。
「痛い目に遭うのが嫌でどこかの嘘つきな芸能人からもらった毒薬飲んだら、黄泉の国で天女に抱きしめられて、目が覚めたらこの二人がいたと。間違いないだろ」
「まあ、ね」
「信じていてよかったわ。なんとなく、なにがあっても死なない人のような気がしていたんです」
「後出しじゃんけんだろ、詩織ちゃん」
「監督にはまずわたし主演でカンヌに出品できるような意欲作を撮ってもらわないと」
SYOUは二人の小芝居を見ながらまたウーロン茶をひと口飲んだ。どうにも妙な具合だ。自分抜きに宴会をしている三人のところにはぜ参じる事態になるとは夢にも思わなかった。どちらにしろ、この三人は自分が捲きこんだメンバーなのだ。収拾を付けるのは自分しかいない。
楊から手渡された封筒をSYOUは覗きこみ、中身は出さずに言った。
「見る前に聞くよ。きみの父親がかかわっていることがかいてあると考えていいのか」
「ええ」
「ガーデン絡みの」
「ちゃんと話したいわ、SYOU。そのためにここまで追ってきたの」
「だいたいわかってる。楊から聞いた」
「だいたいじゃだめ。父から入った情報だから正確よ。いい? ガーデンが危ないわ。早ければ来週中にあそこは引きはらわれる。中身ごと」
「来週……」
SYOUはあまりのことにそのまま言葉を失った。中身。考えうる最悪の予想そのままだ。
「いろいろ周囲からさぐりが入っているのを警戒した“上”の連中に言われたらしいわ。警視総監レベルの。一枚岩だったはずの上層部の中で、内部監査の動きが出てるらしいの。もうあまり時間はないわ」
四人はそのまましばらく黙った。最初に口を開いたのはSYOUだった。
「あの自動販売機は、きみとの間に残した最後のコネクションだった。置きに行ってもらったのは、もうかかわりはよそうという別れの手紙だったんだ。まだあそこの下にある。まさかこんな重大な通信が手に入るとは思わなかった」
「そっちの手紙は読むだけ無駄だったから、別にいいわ」
SYOUは小さくため息をついた。どこをどうやっても、結局彼女と自分は繋がりあうしかないのか。これからしようとしていることに関して、彼女ほどダイレクトな情報を入手できる人間はほかにいないのだ。
「読まないの。詳細が書いてあるわ」
SYOUの手元を見ながら、詩織は言った。SYOUは封筒でぽんぽんと地面を叩くようにしながら呟いた。
「ここからは切り替えようと思っていたんだ。
……つまり、俺がやろうとしていることに、それ自体にそれを実行するだけの価値を認め、命を懸ける意味が自分の中にあると思っている人だけに助力を頼もうと」
詩織はじっとSYOUの顔を見た。
「……つまり、わたしにはその資格がないと?」
「資格じゃない。きみがこちら側にいてくれるのはほんとにありがたい、いや、俺にとっては得だ。ものすごく得だ。だから……」
「俺からも聞きたいことがある」いきなり横から楊が割って入った。
「SYOUとの話の途中よ」
「いいんだ、楊さん。続けてくれ」
SYOUの言葉を受けて、若干不快そうな顔の詩織に向かい、楊は言った。
「あんたからしか得られない情報は実に貴重だ。だが、あんたはじっさい何のため、誰のためにこの件にかかわろうとしてるんだ。そこを聞きたい」
詩織はその顔に、絵で描けそうなほどの不快感をあらわにして楊を睨んだ。
「何であなたに説明する義務があるの」
「俺は楊善功の信者だから、動機はダイレクトだ。月鈴様の望み通り、虐げられた信者の少女たちを助ける。そして楊善功を弾圧してきた中国と日本の官僚の結託を日の元に晒す。何の迷いもないし、命を懸けても惜しくない。だがあんたはどういう立場でここから先にかかわろうとしてるんだ。監督の言った通り、SYOUという男の元カノだからか。あんたについてはSYOUからも聞いてる。かつて愛した男がしようとしていることだから協力してみたいのか。それが動機か」
ぼんやりと闇を見ていた若宮の視線が、いつの間にかまっすぐ詩織と楊に向かっていた。詩織は唇を引き結ぶと、楊の瞳を見つめながら言った。
「そうだといったら?」
「なら降りてもらいたい。俺はあんたと仕事はしたくない」
断固とした口調で、楊は言った。
「あんたの好きな男はもう月鈴様に魂を奪われてる。傍で見ていても分かる、それは絶対だ。いくらあんたが力を貸してもこの男はあんたに何一つ返さない。自分のため、自分の中に燃え残る気持ちのために参加するならやめてくれ。何故俺がそういうかわかるか。もしあんたに危険が及べば、彼は自分の使命を捨ててもあんたをかばうだろう。自分のために参加させたという負い目があるからだ。俺はいざとなったら捨ててもらっても構わない、このもの好きな監督さんもそうだろう。目的のために、自分の意志で参加しているからだ。だが俺は彼が、この男が三流映画さながらに、自分のために身を犠牲にしている女をかばって本懐を遂げそこなうところなんて見たくない。基本的に迷惑だ」
詩織は音を立てて紙コップを床に置いた。ウーロン茶が周りに零れた。
「途中からいきなり入り込んできて、ずいぶん偉そうじゃない。新参者のあなたにそんな口をきかれる覚えはないわ。そっちこそいやなら参加しなくていいのよ」
「付き合いの長い短いはこのさい関係ないだろう」
「あなたみたいな狂信者が暴走しないように、頭のまともな人間が一人いたほうがいいのよ」
「SYOU、あんたはどう思う。俺の言ったことは間違ってるか」
腕組みをして聞いていたSYOUは、目を上げて答えた。
「間違っていない」
詩織はひどく傷ついた表情で、口をつぐんだままSYOUを見た。
「ずっと思ってきた。事情はともあれ自分はきみの気持ちを利用している。これは俺がリンをただひたすらに思うところから始めたことだ。やり方を間違ったせいでたくさんの人間を犠牲にした。そのなかにどうあっても、きみを引き入れたくない。だけど……」
SYOUは腕組みを解いて、手を膝に置いた。
「正直、俺からも聞きたかった。ここまでこの件にかかわるきみの気持ちを。俺に対する思いからか、それだけか。それは今も変わっていないのか。これは勘でしかないんだが、それ以外のものがどこかにあるような、なんだかそんな気がしてるんだ。
間違いだったら済まない。例えじゃなく、現実的に、ここから先は命がけになる。詩織、きみの情報は本当にありがたいけれど、それを手渡してくれたら、報酬と引きかえに手を引いてくれと言ったら、きみには侮辱なんだろうか。
きみには女優としての未来がある。正臣氏も、大人としての常識と愛情を持って、奈津子叔母を俺から離した。あれで正解なんだ。
いまなら引き返せる。俺のためにすることならやめてくれ。俺はきみにそんなにも多くのものを犠牲にしてほしくない」
詩織はわずかに震える瞳で長いこと、長いこと蝋燭の炎を見ていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「言っていい? ちゃんと聞く? ……ずいぶんと、変な答えよ」
「いいよ。彼もそれを聞かないと収まらないだろう」
詩織は髪をかきあげると、顔を上げた。
「じゃあ、言うわ。
これはおそらく、今までこの件で命を落としてきた人たちに共通していること。だと、わたしは思う。言うつもりはなかったけれど、
……わたしが恋しているのは、SYOUだけじゃない」
蝋燭の灯りが一瞬、ひときわ明るくなった。
「SYOUだけじゃない。月鈴。この思いが何かずっと考えていた。
わたしはあの人に、恋をしている。……多分」
楊は絶句したまま大きく目を見開いた。淡々と、詩織は続けた。
「楊さんが今抱いているあの人への思いと、わたしのそれとはたぶん、相当に違うと思う。いってみればわたしの思いは、SYOUのそれに近いわ。
楊さん、あなたは外側から彼女を見てきた。情報として、画像として、オーラとしての彼女を。総合したそれはそう彼女から離れていないと思う。
でも、わたしはあの人と会話をし、直にこの手に抱きしめて、まるで恋人がするようなキスをこの身に受けたの。あの人の体温を感じ、あの人の胸の柔らかさを知った。状況を説明するのは難しいけれど、その時までわたしはあのひとを憎んでいた。わたしから最愛の人を奪った、近づく人を片っ端から死体にする恐ろしい人。でも、わたしはいきなり彼女を知ったわ。叶わない、諦めようと思った。でもそれだけじゃなく、いえ、そのときから……」
詩織はそのまま黙り込み、炎を見つめた。しばらく、そこから先は出て来なかった。
「……何かの恵みを受けるように、わたしはそれを受けた。
嫉妬と同時に、この人を祝福したい、あるいは祝福されたい、そんな切ない感情が押し寄せて……
思いだすたびに、わたしは泣いたわ。そしてただ彼女に、幸せになってほしいと、そう思った。くりかえし、波が打ち寄せるみたいに」
若宮は指の中でもてあそんでいた煙草を床に押し付けると、ゆっくりと拍手を始めた。ぱん、ぱん、ぱん。
「俺が認める。立派な動機だ」
「……若宮さん」
詩織は紅潮した顔を若宮に向けた。
「もしかして、SYOUに申し訳ないと思っていたか」
「……少し」
「どう思うよ」
若宮はSYOUに顔を向けた。
「どうもこうも、よくわかるから」
それがSYOUの答えだった。
「わかるのか」
「ああ」
「……そうだよな」
楊は三人の顔を見渡しながら、ただ呆れたような表情で黙っていた。
SYOUは目を上げると、静かに詩織を見た。
「でも、俺が心配なのは、それを言って認めてしまったら、それを動機に戦いに参加したら、ある種の運命からは逃れられないかもしれないということだ」
「運命……」
そう呟いてから、詩織は中空を見るようにした。
「ええ、わかってる。でも、いいの、それは。だって」
そして紅潮した顔に笑顔を浮かべると、詩織は続けた。
「あなたと、リン。その二人に同時に恋をする至福と苦しみから解放されるなら、わたしは何だってするわ」
SYOUは詩織の髪に手を伸ばし、そのまま癖毛の頭を自分の胸に押し付けた。そして彫刻のように、二人は長いこと抱き合ったままだった。
ああ。
……何か溜息のような思いが、胸の奥から湧き上がってきた。
時が満ちて、認めるものを認めて、僕らは運命が決めた彼岸に押し流される。その風景が、幻のように見える。
いろんな意味で、すべての流れが収束に向かおうとしている。
そんな気がする……
呆然としている楊に向かい、若宮は言った。
「酒を飲みたくなる瞬間てのが、あんたにもわかったろう」
「わからないよ」投げやりに、楊は答えた。「わかりたくもない」
「悪いが俺もだな、彼女に抱きしめられた口だ」
「だから何だ」
「まあそういうことだから、今夜はだな。あんたの疎外感をいやすために、新しくブランデーでも買おうじゃないか。いや、老酒のがいいか」
「俺は酒は飲まない」
「飲めばわかる。さよならだけが人生だぞ」
「よほど好きなんだな、その言葉」
ゆらゆらとした蝋燭の灯りが、小さな炎を囲む四人それぞれの影を、まわりの木箱に踊るように映し続けていた。