幻想街
「こんにちわぁ、ビルシさん」
藍色のローブに、大きな飾りのついた杖を持った女の子が1人、大きな声で挨拶をしながら図書館へと入ってきた。図書館では静かにする、というのが最低限のマナーだが、この子の頭にそんなものは存在しないようだ。
ビルシと呼ばれた男性が静かにしないとダメだろ、とたしなめると、エヘヘと笑ってごまかす。そんな女の子の態度に呆れたようにビルシため息をつく。迷惑そうな顔をし、愛想程度に微笑みかける。
「珍しいね。ここに来るなんて。何か読みに来たの?」
ビルシは相変わらず図書館に入り浸っている。図書館にビルシあり、本の虫という言葉はビルシのためにあると言っても過言ではない。
「ううん」
ふるふると小さく首を横に振る。
「町長さん探しているの。心当たり、なぁい?」
「……う〜ん。あの人はいっつも仕事さぼってるからなぁ……。図書館の蔵書もなっかなか増やしてくれないし、住人の受け入れもサボってるし……」
ブツブツと文句を言っている。
きょとんとした表情で覗きこむ女の子に気づくと、慌てて手に持っていた本に再び目を戻した。すると、女の子は思い出したように、また明るい声をあげる。
「あのねぇ、広場のおじいちゃんがね、探しといてって。ビルシさんも見かけたら声をかけておいてね」
「うん。わかった。あ、そうだ。ちゃんと勉強はしてるの?魔法の練習してるって聞いたけど」
最近、街のはずれで練習している姿がよく見られる。卒業試験に向けた実技練習らしい。先生の付添いがあるとはいえ、不安が募る。というのも、筆記試験はいつも満点のくせ、実技ではマイナス点をつけられるという魔法音痴だからだ。いくら筆記が良くても使わないことには意味がない。
「ん……?エヘヘ。実はまだ、あんまり上手くできなくて……。先生に助けてもらってるの……」
ペロ、と舌をだす。その仕草が子供らしく、何ともかわいらしい。
ポンと頭に手をおくと、驚いた声をあげるが、すぐに微笑む。くしゃっ、と髪を乱すように、少し乱暴に頭をなでる。
「じゃあ、ちゃあんと練習しておかなきゃ。そうだ、魔法についての本もあったと思うから、読んでおきなよ」
「えぇ〜。字ぃ読むの苦手〜。先生の話聞いてるだけでいいもん」
「こらこら。それじゃ、いつまでたっても上手くならないよ?」
ちょっと意地悪く言うと、苦虫を噛み潰したような顔をして、うらめしそうに見上げる。ビルシさんの意地悪っ、と両手を振り回す様子が面白くて、またつっついてみたくなる。
「ふ〜んだ。もういいもん。絶ぇっ対に上手くなって、見返してやるんだから!!」
じゃあね、と怒りながら言うとパタパタと走り出した。ビルシが図書館では静かにする!と注意すると、ピタッと立ち止まり振り向く。ベッと舌を出すと、今度は静かに足音をたてないようにして図書館を出て行った。
「あいかわらず賑やかな子だなぁ……」
ビルシは、図書館を出るなり走り出した女の子の背を見ながら、静かに笑った。
「町長さぁ〜ん!!どこ〜!?」
そんなところにいるはずもないのだが、ゴミ箱の中やら、木のうろの中を覗きこんでいる。パタパタと街中を走っていく様子がまるで子犬のようで、人々の笑顔を誘う。もっとも、本人は愛嬌を振りまいている余裕などない。
何度同じ場所にたどり着いただろう。いい加減疲れてきた。噴水のそばにへたり込んでいると、見かけない顔が話しかけてきた。
「どうしたの? 何か探し物?」
「あ……。町長さんを探しているんですけどぉ……」
知っているはずないですよねぇ……。と答えも聞かず、表情を暗くする。
このままではいかん、とでも思ったのか、旅人は搾り出すようにして考え込むと、独り言のように町長の名前を口にした。
「町長って、キッズフォルテだよな……。あいつ、さっきドラゴ……」
「コラコラ!こんなところで油売ってんじゃない!!」
旅人が町長の居場所を言い終える前に、罵声が飛んだ。声の主はツカツカと旅人に近寄ると、グイと腕を引っ張る。
「せっかく人が船の出港準備の手伝いをしてあげようってのに、船長さんは何をやってんの!?」
すごい形相で睨みつける。旅人は逃げようとしながらも、腕をつかまれ、顔をそむけることしかできなかった。
「いや、だって皆どっか行っちゃったからヒマだなぁ……って」
「観光に来たんじゃないって! 買出しに立ち寄っただけなんだから、すぐに出発するよ!? さっさと戻る!」
「え……!?ちょ……。あ、ゴメンね。力になれなくて」
「さっさと来る!!」
旅人は急に現れた人に連れ去られていってしまった。せっかく町長さんの手がかりをつかめたのに、とショボンとする。とりあえず今は見送るしかなかった。
「さっき、ドラゴ……って言ってたもんっ。ここ……だよね!?」
怖いのか、ビクつきながらゲートをくぐる。ゲートの向こうからは何かの鳴き声が響いてくる。地面から伝わってくる唸り声に一歩さがってしまったが、大丈夫! と気合を入れて進んでいく。
ここはドラゴン飼育所。現在トレーナー募集中。ちなみに町長もトレーナーの1人だ。
女の子がドラゴン飼育所に立ち入ったその頃。
「……ふぅ」
ビルシは分厚い本を閉じた。やっと読み終えたのだろう。
本を元あった棚へと戻すと、カウンターをチラッと見てため息をつく。振り返ることもなく、どこかトゲを含んだ口調で言った。
「……ルーディがね、探していたよ」
ルーディというのは、あの賑やかな魔法使い(見習い)の女の子のことだ。
本の背に指を当て、目当てのタイトルを探す。ピタリと指を止め、背表紙に指を掛け、一気に引き抜く。ちらりと一度カウンターを見やると、パラパラとページをめくる。
「いい加減にしなよ。町長さん?」
本を見ながらビルシが声をかけると、カウンターからひょっこりと顔を出す。町長は口を尖らせて、言い訳がましく言った。
「……さっきまでパトロールに行ってたんだって」
コレが幻想街の町長だ。立ってみるとそれなりに身長があるのだが、まだ幼い顔立ちをしている。プイと顔を背ける。
「ここが最後だよ」
「パトロールもいいけれど、他にもやることがあるんじゃない?」
ビルシが軽く睨みつけると、町長はふてくされた。町長といっても、若干13歳。しかもくじびきで決まった町長だから、しかたないのかもしれない。
ビルシといえば町長になりたくても、なかなかなれないという脅威のくじ運のなさを誇る。現町長からしてみれば“うらやましい”人だ。
「俺、まだ13だけど?それに――」
「13だろうが子供だろうが、くじびきで決まった町長だろうが、町長は町長。しっかりしないと」
言い訳をしようとしたところにビルシに言われ、肩をすくめた。もうわかったよ、と蚊の泣くような小さな声で言った。
「あ、そうだ」
「もう、お説教はきかないからな!」
町長がそう言うと、ビルシは首を横に振った。
「ルーディ、まだ町長を探しているよ……」
「あ……」
2人の思ったとおり、ルーディはまだ町長を探していた。
ドラゴンに囲まれ、泣きべそをかきながら腰が抜けた状態で助けを呼んでいたのを旅人が発見したという。
弟のHPが舞台となっている小説です。
弟のHNがまだキッズフォルテだったときのものですね。