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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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59.決意

「ねぇ、本当に大丈夫……?」

 オアシス南端の木陰に腰を落ち着けたところで、サラがまた心配そうに万友莉に尋ねた。

「……うん、今は普通に落ち着いてるよ」

 それは、サラに心配を掛けまいとする虚勢ではなく、万友莉の本心だった。

 少なくとも万友莉の自覚では、自分でも不思議に思うくらい、気持ちは凪いでいる。普通はもっと取り乱したりするものではないだろうか、などと他人事のように思うくらいの余裕さえある。

 思い返してみても、身が凍るようだった悲しみも恐怖も、身を焦がすようだった悔しさや怒りも、なにか、遠くのものを眺めるかのように感じられる。むしろ、手応えのようなものを伴って身近に感じられたのは、納得感だった。

 この世界で目覚めてすぐ、あれだけ頑なだったのは、王と呼ばれていた男の傲岸な態度に父性のようなものを感じていたからだ。その上、王の言葉は牽強付会と感じられて、それがまた父の身勝手さと重なった。それに屈するのは、どうしても我慢ならないことだった。

 アビスに落とされる直前のことも、後から振り返れば不思議に思うくらいに感情が昂ぶっていたのは、思い出せずとも、無意識に“最期”の場面を重ねていたからなのだろう。

 あの時に死んだことでこの世界に現れたのか、あるいは死の直前になにか不思議なことが起こってここに居るのか、生と死の境界を明確に認識できていない以上、判断は付かない。だが、それはどちらでもいい。主観では、まだちゃんと生きていると感じる現実があるだけだ。

 今の万友莉は、そういったことを冷静に考えることができていた。

 万友莉の言葉に嘘が無いことは、サラにもきちんと伝わったのだろう。

「なら良かった」

 サラはそう言って、小さく微笑んだ。だが、その微笑みも、すぐに消えてしまう。

「でも、万友莉が思い出した記憶って……元の世界での、最期の、記憶なんだよね……?」

 サラの口にした「さいご」が意味するところが正しく理解されて、万友莉は、やっぱりサラは見抜いていた、と思うと同時、サラがそう考えた理由に思い至る。

「もしかして、サラも……?」

「……うん。……とは言っても、あの状況で助かったとは思えないだけで、明確に死んだ、って解るわけじゃないけど」

「それは……私だってそうだよ。今こうして生きて意識があるんだから、やっぱり“死にかけた”って言葉の方が正しいと思う」

「そうだね……。でも、万友莉は強いね……。私が“あっち”での、その時の記憶を思い出したときは、そんなにすぐに落ち着けなかったもの……」

 一家揃ってオーストラリアから日本へ戻ったその日、空港から家に帰る途中、高速道路で事故に遭ったこと。それを、シゲハルから『槍』を受け継いだときに思い出したこと。

 サラは努めて淡々と、端的にそれを語ったが、その声音には隠しきれない感情が潜んでいた。万友莉はその中に、自分とは決定的に違うものを感じ取った。

「サラは、お父さんのこともお母さんのことも、大好きだったんだね。そして、シゲハルさんのことも。そんな、大事な人を失った悲しみが重なったら、そんなの、すぐに落ち着けないのは当然だよ。それは、弱さじゃないでしょ?」

「……万友莉……」

 万友莉のこの言葉にも嘘が無いことはちゃんとサラに伝わった。それでもサラの表情が複雑なものになってしまったのは、万友莉の、親に対しての感情の幾許かも伝わってしまったからだ。それが万友莉にも感じられた。

「そんな顔しないでよ、サラ。……別に私は、親を、恨んでるわけじゃないよ。……うん、本当に、今は、恨んでない。そう、今は……恨みとか憎しみじゃなくて。……なんでだろう? これはむしろ、申し訳ないような……。あれ……? だからかな、あんなに嫌いだったはずなのに……」

 サラに気を遣わせないために口を開いたつもりだった。だが、言葉を口にしながら万友莉は、親に対して、思っていたほどには悪感情が強くないことに気付いた。自分の感情がいつも以上に上手く掴めないと感じながらも、万友莉には、それだけは確かだと思えた。

 それを不思議に思う万友莉の脳裡に、まるで別の誰かが応えたかのように、それまで万友莉が考えもしなかった想いが閃いた。


 父はやっぱりろくでもない人間だと思う。だが、少なくとも、悪人ではなかった。

 母は心の弱い人間だったのかも知れない。それでも最後まで、親であろうとはしてくれていた。そのやり方を、どうしようもなく間違えてしまっただけだ。

 そこにはもう、許せないと思うほどの激烈な反感は、無い。

 それならもう、嫌ったり、恨んだり、しなくていい。

 父も母も、高校を卒業してすぐに家を出てろくに連絡もよこさなくなった兄も、そして自分も。きっと、みんながみんな、生き方が下手くそだった。そんなところだけは似た者の、私たちはそんな――――。


「嫌いだったはずなのに……、ちゃんと、悲しいや……」

 気持ちが言葉になって、涙が突然に溢れてきて、ようやく万友莉は、自分は悲しいのだと分かった。ただ、その悲しみが、具体的に何に対するものなのかは、まだ分からない。

 あの様子では母は助からなかっただろうし、普段なら大抵聞こえていたはずの父のいびきが聞こえなかったのも、あるいはそういうことなのだろう。それを悼む気持ちは、無いではない。だが、それだけを悲しいと感じているわけでもない。そもそも悪感情が薄れたとて親の全てを赦せたわけではないし、赦せないことが悲しいわけでもない。

 ただ、もっと、漠然と、悲しい。

 でも、それで良いのだ、と万友莉は思う。

 きっと、かつての、自分や、自分を取り巻くあれこれ、そこに、この悲しみが向く色々はあって。色々の一つ一つは知れなくても、それらをちゃんと悲しんで、悲しむ今が過去になる。そのプロセスが、未来の自分にとっては必要な、通過儀礼のようなものなのではないか――万友莉にはそんな予感があった。

「万友莉ぃ!」

 万友莉の言葉に何を思ったか、サラが突然、万友莉に飛びついてきた。

「……ちょっと、どうして、サラが泣いてるの……」

「……わっかんないよぉ!」

 ギャン泣き、といっても過言ではないサラに抱きすくめられて、万友莉は、鎧も偽りの身体も飛び越えて、サラの体温を直に感じたような気がした。

 その温もりが、心の隅々までに沁み入って、万友莉の涙は、溢れてきたときと同様、突然に引っ込んだ。

 替わりに湧き上がってきたのは万友莉自身にもよく分からない感情だったが、その温かい感情が自分を笑顔にさせたことは万友莉にも分かった。

「何なの、もう……。でも……、ありがとう」

「……どぉう、いたしましてぇ!」

 ますます泣き顔をひどくさせるサラの様子に苦笑しながら、万友莉はサラの背に手を回し、感謝の思いと共にそっと抱きしめ返す。

 お互いの鎧越しでは、やはり体温など伝わって来はしない。

 だが、心には確かに温かいものを感じて、万友莉は、先ほど思いついた手段を必ず実行する決意を固めた。


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