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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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56.オアシス

「はぇ~……」

 目の前の光景に、万友莉は思わず間抜けな声を上げた。

 ほぼ真南から接近してきた万友莉たちは、それまで砂漠の中にぽつねんと見受けられた樹木とは明らかに力強さの違う緑を地平の先に見つけ、そこにオアシスの存在を確信した。それは近づくにつれて“そこそこ”大きな規模だと見えたが、それはオアシスの東西に亘る範囲だけから判断した早合点というものだった。

 今、南岸から北を眺める万友莉の目には、対岸が明瞭に見えているわけではない。遥か遠くに見える緑がおおよその対岸の位置を推測させるだけだ。それほどにこの水場が南北に占める距離は大きい。少なくとも、レーダで規模の大きさは理解していたつもりだった万友莉でも、実際に眼前にすれば思わず感嘆の声が漏れてしまう程度には大規模なものだ。

 水場の周りには砂漠で見かけたものよりも大きく緑を広げた木々が並び、地面にも草花が青々と茂っている。この光景だけを見れば今が冬であるとは到底思えないだろう、万友莉はそんなことも思う。

 水は澄み、次第に深くなっていく湖底が、湖面の光や波が目くらましになるまでは、はっきりと見える。そんな水中を万友莉が眺めるともなく眺めていると、光の合間に、スッと走る影が見えた。その場で揺らめくようなものではない、確かに動くものの影だ。魚だろうか、万友莉は反射的にそう思うが。

「……えっ、魚?」

 一瞬遅れて砂漠の真ん中に魚が存在するおかしさに気付いて、万友莉は思わずそんな声を上げた。

「えっ、どこ? ……あ、本当だ。……へぇ、結構居そうだね。ここで生まれたんじゃないだろうし……誰かがわざわざここまで運んできたのかな?」

「ああ、なるほど……。もしくは、鳥が卵を運んできた、とか? ……まさか聖杯の力で生まれたわけじゃないよね……?」

『他の神器の詳しい権能は知りませんが、無から生物を生み出すのは極めて難しいはずです。可能性としてはサラの言ったとおり“誰か”、つまり人の手によって持ち込まれた可能性が最も高いと推測されます』

「そうなんだね……」

「ん?」

「ああ、マイがね、いくら神器でも生物をゼロから生み出すのは難しいだろう、って」

「……絶対にあり得ない、ではないところが恐いけど……、それだけの力なら、頼もしく思っていいのかな、これからのことを考えると」

「うん……、そうだね……」

 最悪の想定が外れてくれるなら、それで良い。だが、最悪、もしくはそれに近い状況だったら。きっと神器の力を使わないわけにはいかないだろう、と万友莉は思う。

 その時、自分たちの躊躇が多くの人死にに繋がるかも知れない、あるいは、自分たちが神器の力を使ってもなお、犠牲者は生まれてしまうかも知れない――万友莉は自分の脳裡に自然と、そんな悪い方向の思考ばかりが浮かぶのに気付いて、努めて気を逸らそうとする。

(……人がわざわざ魚を運んできた理由……、って、やっぱり、いざというときの食料として、だよね?)

「美味しいのかな……?」

「……万友莉ぃ?」

 万友莉が思わず溢した呟きを耳聡く拾ったサラが、呆れたような、からかうような口調で万友莉を責めた。

「いや、だって、人がわざわざここまで魚を運ぶ理由なんて、食用くらいしか思いつかなくない?」

「そうかも知れないけど。……まったくもう……」

 そのサラの声音は、呆れたような響きの中に、何か、優しいような感じが含まれていると万友莉には感じられた。

 万友莉にはその優しい感じが、サラのどんな気持ちから生まれているのかまでは解らない。ただ、そうやってサラが笑ってくれるなら、自分が笑われるのも悪くない、万友莉はなんとなく、そんなことを思う。

「……で? 期待してもいいの?」

「え? ……ああ」

 サラのその質問は、サラが万友莉の料理の腕前に期待してくれている表れだ、万友莉はそう感じて、嬉しく思うと同時に、がんばろうという気持ちになる。

 これだけ綺麗な水なら臭みは気にしないでいいだろう、閉じた環境だが水中の栄養素は足りているのだろうか、良く育っていても淡水魚なら比較的淡泊な味かも知れない――咄嗟にそんなことを考えてから、手札を思い浮かべる。

「……バター……ハーブ……、まあ無難に、ムニエル、かな」

「期待しないのは無理じゃん」

「でも、ダンジョン産じゃない魚だよ」

「わかってるけども」

 そんなやりとりの後、サラは神器の力を惜しげもなく使って、あっという間に魚を二匹獲ってきた。万友莉はそれに苦笑しつつ、まだ幾分早い夕食の準備を始めてしまうことにした。元より、出発の遅かった本日は一つ目のオアシスで夜を明かすと決められていた。

 万友莉たちはまず東岸側を少し北上して、見通しのいい場所に腰を据えた。万友莉が調理を進めていると、煙が目印になったか、香りが誘ったか、時が経つにつれて、申し合わせたわけでもないのに、他のチームが次々と集まってきた。

 万友莉は合流した他チームのコックと順次助け合いながら調理を進め、全ての調理を終えたときには、既に陽はほとんど沈んでいた。


 先にできる片付けを済ませてしまった万友莉は、腰を落ち着けて、焚き火の明かりが浮かび上がらせる眼前の光景をぼんやりと眺めていた。

 荷物の中にあった酒は、今後に向けての景気づけとばかりにその全てが惜しげもなく振る舞われ、この明るく楽しげな雰囲気作りに貢献していた。

 万友莉の中に、こんな時に良いのだろうか、という思いが無いわけではない。だが一方で、こんな時だからなのだろう、という納得感もある。

 日が経つにつれて魔物と遭遇する危険性は高まる。当然、その時に酔っていることなど言語道断だし、逃げるときに荷物は軽く少ない方が良い。そんなことは皆解っていて、だから初日に酒を全て空けて、こうして騒ぐことは、規定事項だったのだろう。

 不安を少しでも吹き飛ばしたい、そんな思いもあるのだろう。でも、きっとそれだけではない。万友莉は目の前の光景に、自然とそう思う。

 楽しい記憶は生への執着を生む。笑い合った仲間の存在が勇気となる。そういうことが、理屈ではなく、まだ漠然とした感覚ではあるが万友莉にも実感できた。

 もしかしたら、もっと深い思慮もあるのかも知れない、そう思えるくらい、この、ただ楽しむばかりと見える宴会の場は様々な感情の“るつぼ”とも見える。そしてその内で感情たちは反応を起こし、新たに力強い活力のようなものを生んでいる。それは、これから降りかかる苦難に立ち向かうためにも、きっと大きな意味がある、そうも万友莉には感じられた。

「……強いよね、みんな」

 万友莉の傍らに立つサラが、独り言のように口にした。

 それは“あちら”と比べての言葉なのだろう、と万友莉は思う。それは、万友莉自身が感じていたことでもあった。

 眼前で、彼ら、彼女らが見せる強さは、“あちら”に於いて、少なくとも万友莉には、縁の無かったものだ。それはある面では、万友莉の生きていた環境は恵まれていた、ということなのだろう。そして、客観的に評価すれば、それは、幸せなこと、なのだろう。

 ――では、この世界は、恵まれていないのか?

 万友莉の脳裡に、そんな思いが浮かぶ。そして、その答えもまた、間を置かず浮かび上がる。

 ――比較すればそうなのかも知れない。……だけど、それはきっと、不幸ということでは、ない。

 万友莉は、半ば確信として、そう思った。


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