表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/60

55.砂漠をゆく

 大陸東部と比較して砂漠地帯は平坦な地形だ――出発前に聞いたそんな知識を思い出し、万友莉は、地理に明るい人間とのスケール感の違いを思い知っていた。

 確かに、近くの周囲には見上げるほどの、視界を遮るような地形は見当たらない。だが、地面にはなだらかながら傾斜の変化は絶えず、想像していたよりもオレンジがかった砂地に波打つような陰影を作り出している――今、目の前に広がるそんな砂漠は、万友莉から見れば平坦な場所を見つける方がずっと難しいように見えた。


 エクスプローラたちにとって、砂漠は、戦いには決して向かない地形だ。だがそれは、魔物にとっても同じはずだ、それがユニオンの判断だった。

 今後、ヒヨクレンリを含めた上級以上のチーム六つが、砂漠を西進し、点在する『オアシス』を辿りながら魔物を索敵、発見後は後退しつつ、その規模や進行速度を観測する。その上で、可能であればゲリラ的に攻撃を仕掛けてその数を減らす。魔物の規模が判らない以上、やや心許ないチーム数ではあるが、上級チームはさほど多くはないし、後方にもやるべきことがまだたくさんある。采配したエディにとっても苦渋の決断だったようだ。

 最終防衛ラインは砂漠の東端より更に東、カーレイディ西の海岸線を北上しきった辺りに設定された。ここから北へ約二十キロ先には、聖杯の生んだ水が川となって遙か南から辿り着く大きな湖があり、気休め程度だが魔物の侵攻ルートを限定できると判断された。飛来する魔物や水中を移動できる魔物もいるだろうが、種類はある程度限定されるし、数も全体から見れば少数のはずだという推測だ。楽観的な推測は危険だが、どうせ人は飛べないし水中では力を十全に発揮しきれない。

 東進してきた魔物たちがカーレイディに向かうなら、このラインを突破後は南へ転進する。カーレイディからは約二百キロメートルほども離れているが、砂漠に比べれば遥かに進みやすいだろう地形が続くため、魔物の規模と進軍速度次第では足止めはおろか遅滞させることも難しくなる。よって、ここで食い止めることができなければカーレイディ防衛を諦め、東へ向かう。東に進めば、やがて鉄道に行き当たる。

 魔物の進軍速度をかなり速く見積もっているのは、砂漠のオアシスを住処にしているはずの鳥たちが、群れで東へ飛来したのが観測されたためだ。それは、その野生の勘で魔物の脅威を感じ取っての逃避行動だと推察された。

 聖女が砂漠にオアシスを生み出す活動を始めたのは、高齢になってダンジョン攻略から遠ざかってからだ。そして、ダンジョンから遠ざかった聖女は年相応に老いていった。そのため、この計画はサウスコンティとウェスターンの間に横たわる砂漠を横断するルートを構築しきる前に、砂漠の中間辺りまでで頓挫している。つまり、そのオアシスから逃げてきた鳥が観測されたことで、最悪、既に魔物たちが砂漠の中程まで接近しているおそれがあると考えられたのだ。

 サウスコンティの首都カーレイディとウェスターンの首都ヌンペルズの間には、人間が徒歩で一日あたり十時間ほどを歩いて二ヶ月以上がかかる程の距離がある。最短経路の大部分は海岸線に沿うが、その海岸線の大半も砂漠に浸食されている。そのため魔物の進行速度をかなり高く見積もっても到達まで一ヶ月程度は掛かると当初は想定されていたのだが、砂漠から鳥の飛来が観測されたのは『死の行進』の報からわずか一週間ほどのことだった。まだ応援のエクスプローラたちの第一陣すら到着していない。『マスタ・オブ・ハンマ』の離脱によって残る唯一のマスタとみられている剣崎もサウスコンティへ向かうという報は、僅かなりともカーレイディの人々の心を慰めたが、彼ぬきでの交戦も覚悟せざるを得ない状況となってしまった。

 この事態に、ユニオンとサウスコンティ政府は先述の防衛計画を迅速に決定した。主要なエクスプローラたちは馬車で運ばれ三日を掛けて北上し、防衛陣地予定地に到着後も、休む間もなく索敵任務に出発した。後方では今も軍馬なども総動員して人と資材の運搬が行われ、残るエクスプローラたちを中心に、途上の村人たちの避難や防衛陣地の構築が急ピッチで進められている。


 防衛陣地予定地から西へ、万友莉の体感で一時間も進まないうちに、地面の大部分を砂が占めるようになった。とはいえ、その辺りではまだ幹の細い木や地面から毛を逆立てたような植物も散見されていたが、更に西へ進むにつれて、それらも姿を減らしていった。

 ランドマークとなるものを見出すのが難しくはなったが、幸い、万友莉とサラは最も南寄りに配置されており、砂丘に上れば左手(南側)遠くに海を見ることができる。この配置が、こういった任務に不慣れであろう二人への配慮があったことは万友莉にも察せられた。

 もちろん、太陽の位置から大まかな方角を割り出すこともできる。今は冬のため、太陽は北の空さほど高くない位置に見える。太陽は向かって右手から左手に動いていくことを忘れなければ、万友莉でも問題は無い。時計も合わせればその精度は更に上がるだろう。エクスプローラの必携品といわれる機械式時計は万友莉もサラに勧められて購入したし、おおよその取り扱い方も既に理解している。激しい動きの後などは注意が必要なものだが、『ツボ』に収納できる万友莉には無縁の心配だった。

 冬とはいえ、昼間の砂漠は動き続けていれば汗ばむような温かさで、サラも日よけのためにマントこそ羽織っているが、防具の下はあまり着込んでいない。むしろ問題は夜間の寒さで、今の時期は氷点下まで下がることもあるという。そのため防寒用の荷物が嵩んでいるが、残念ながら管理されていた荷運び用のラクダは少なく、チーム人数の少ない万友莉たちには分配されなかった。アヴァタの感覚を調整せずとも“鎧”のおかげで快適な万友莉は、申し訳なさも手伝ってその荷物を積極的に引き受けている。『ツボ』に収納してしまえばもっと楽をできるが、いざとなれば神器の力を使うことを躊躇わない、とは決意した万友莉も、自分のために濫用するのは憚られた。

 ただ、この緊急時に全く神器に頼らないのは、万友莉にとっては、もっと憚られる、いや、許せないことだった。そのため、現在も前方へレーダを展開している。

 クェズラントのスタンピード時には自身を中心に展開していた魔的領域を、自身を要に置いた中心角の小さい扇形に変形させ、更に高さも絞ることで、ほぼ同じツボポイント消費量で前方約五キロメートル先まで索敵できるようにした。今は更にポイントをつぎ込み、それを前方十キロメートルほど先まで、断続的に展開している。常時展開していないのは、探査距離が伸びるほど(ツボから遠ざかるほど)、マギ・フィールドの維持にかかる時間当たりの必要ツボポイントが増えてしまうためだ。サウスコンティ・ダンジョン深層での活動でツボポイント残高はむしろ増えているので、万友莉は索敵距離の更なる延伸も考えていたのだが、マイによれば、これ以上索敵距離を伸ばすと必要なツボポイントは指数関数的に増大してしまうとのことなので、コストパフォーマンスを鑑みるとこの範囲が限界点と判断した。

 万友莉としても、ツボポイントに余裕があるからといって浪費して、いざというときに必要な手段が執れないことだけは絶対に避けたい。魔物の状況が分からない、ということは不安だが、目視以外の索敵手段があるだけずっとマシだと思うことにした。

 ただ、魔物の進行速度を最悪の想定で考えても、接触まであと数日は猶予があるはずだった。

 そのため、万友莉とサラは、たまにお互い気楽な声を掛け合って、気負いすぎないようにしつつ、コンパスが西を示す方へ砂漠を淡々と進んでいった。


 不意に、何かが気になって、万友莉は周囲を見回した。

 サラも何かに気付いたような様子を見せていたので気のせいではないと万友莉は判断したが、周囲には目に付くものは何も無く、具体的に何が気になったのかは判らない。目の端に動くものを見た気がしてそちらを注視しても何も見つからない、そんな状況に似てはいるが、不思議と気持ちに不快な感じは無い。

「あっ、これが『オアシスが誘う声』か!」

 万友莉が不思議に思っていると、サラがそんな声を上げた。

「……インヴァイティング・ヴォイス?」

「そう、実際に声がするわけじゃないけど、誘われているような感覚に従って歩き続けると、必ずオアシスに辿り着く。それをサウスコンティではそう呼んでるんだって」

「だからか……」

 出発前、大まかな地図を渡されて、オアシス毎に一度集合してから次へ向かう、という取り決めが伝えられたが、その時の説明にはオアシスを見落とすような状況は全く想定されていないようだった。それに万友莉は迂闊にも出発後に気付いたが、今、万友莉が体感しているものは、気のせいだと切り捨てることはできそうもなく、これを実際に知れば、確かに見過ごすはずはないと解る。

 万友莉は念のため、西へ向けていたレーダを“気になる”やや北の方へ寄せてみた。すると、レーダの半ばよりも手前側、現地点からはもう三キロメートルは無いだろう辺りに水場らしき反応を捉えた。それは、細くなったレーダではその全体を補足できないほど大きい規模で、万友莉の想像を遥かに超えるものだった。

「ここから……西北西? に二、三キロくらい進むと湖があるみたいだけど……」

「たぶんそれがオアシスだね」

「もっと……小さいものだと思ってた」

「私もまだ見たことは無いけどね。昔、『お前が想像してるよりずっと大きいぞ』って言われたんだ」

「シゲハルさん?」

「そう。ダンジョンに潜ってるだけの人じゃなかったんだ。……私、万友莉と一緒に列車で旅した時に、初めてシゲさんのそういう面にちょっと共感した」

 そう言ってサラが見せた表情は、少し寂しさを含む、少しはにかんだような、だけど、確かな嬉しさが伝わってくる笑顔で。それを見た瞬間、万友莉は自らの胸の内に、上手く言葉にできない、思わず拳を握ってしまうような、何かが、宿ったような気がした。

「じゃあ、私たち……ううん、皆が、無事でこの事態を乗り越えないといけないね」

「……うん、その通りだ。これが終わった後も万友莉とこの世界で純粋に楽しむためには、心に悲しみなんて少ない方が良いもの」

 言ってから、サラは握りこぶしを目の前に掲げた。万友莉は、無意識に握りしめたままだった拳を、そこにそっと打ち合わせた。

 二人は静かに笑い合い、そして再び西へと踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ