48.編成
目の間に飛び出してきた影に、剣を握る万友莉の右手が反応しかけた。しかし、万友莉の脳がそれを“カエル”だと判断すると同時、万友莉は反射的に左腕に括り付けた盾で裏拳のように薙ぎ払っていた。
下手な小型犬よりも大きいだろうカエルの魔物は勢いよく壁に叩きつけられ、グェッ、と声を上げた。
その声を合図にしたかのように、草むらから、今度は三匹がいっぺんに万友莉に飛びかかった。
万友莉はそれを、今度は剣の腹でなぎ払った。魔物が正確に万友莉の頭部へ飛びかかってきたおかげで、剣の軌道は綺麗に三体共を巻き込み、左やや後方の壁へと弾き飛ばした。
壁に叩きつけられたそれらは、体勢を立て直す間も与えられず、三体共がサラによって瞬く間に切り裂かれた。
それを横目に一瞬だけ捉えて、万友莉は視線を草むら側へ戻す。まず正面から、遅れて右から跳びかかってきたカエルをそれぞれ、盾で跳ね上げ、剣で草むらの方へ弾き返す。万友莉が高く跳び上がった魔物を斬らないのはほぼ無意識の判断で、返り血で視界を遮られるのを嫌った冷静な判断、というわけでもなく、ただアヴァタであっても顔に返り血を浴びるのに生理的な嫌悪感があるだけだ。
続いてまた正面から跳び上がってきた別の個体を、万友莉は今度は鋭く左に避けながら、魔物の軌道へ剣先だけを残し、二枚に下ろした。後ろにサラがいないことは確認済みだ。サラは位置を調整して、先ほど万友莉が盾で跳ね上げた魔物を地面に辿り着かせることなく切り裂いていた。
万友莉は止まることなくそのまま左へ駆け、最初に弾き飛ばしたカエルの元へ踏み込む。茶色がかった魔物の表皮は、地面に伏していると保護色になっているのだと解る。だが、魔物がふらついていることもあって、万友莉の目がそれを捉え損ねることはなかった。
万友莉はそれを撫でるように切り裂いて、息つく間もなく反転、残る魔物に備えた。……が、次の動きがない。
万友莉は再びじりじりと草むらへ近づく。すると、マップを見るまでも無く、草むらの上に残りの魔物たちが跳躍して遠ざかっていくのが見えた。
マップを見る限り、遠巻きに様子を窺っていた魔物も含めて全ての反応が水辺の奥へ逃げていた。万友莉はマークたちの手前、更に草むらに近づき様子を窺う体を見せ、それからサラに完了の合図を送った。
「君たちに脱帽するよ!」
ジェイソンだろうか、セクタ入り口まで戻った万友莉とサラにそんな声が掛けられると、他のメンバも頷いたり歓声を上げたりと共感を示した。
「サラは期待通り、マユリも見事だった。さすがだ」
そう言ってマークが手を差し出してくる。サラがその手に握手で答えたのを真似て、万友莉も握手で返したが、内心ではこの反応に戸惑っていた。
「二人のことを勧誘することも考えていたけど、あれほど動けるとなると私らが重荷になりそうだね」
ジェシカにまでこう言われて、万友莉としては嬉しさが無いでもないが、恐縮する気持ちが大きい。そう思うのは、神器という規格外の力に頼っているという引け目もある、万友莉にはそんな自覚もあった。
「マユリ! 私、とても驚いたわ。危ない、って思ったら……なんて鋭敏な反応なの! ねぇ、どうしたらあれほど素早く動けるようになるの?」
イザベラがやや興奮した様子で、万友莉にそんな質問を投げかけてきた。ネヴァ・ウィザのシェフも担当する彼女は、今回のダイヴで万友莉と一緒に調理を担当する機会が多く、万友莉にとっては、サラ以外のメンバの中では“比較的”気安く話せる相手だった。
「んー……、できるだけ深い階層でトレーニングをすること。たぶん」
万友莉としては親しくしてくれる相手に嘘やごまかしで対応したくはない。しかし、馬鹿正直に全てを話すわけにもいかないため、今の万友莉にはこの程度の返答が精一杯だった。ただ、彼女たちの反応を見るに、万友莉のフィジカルは自覚していた以上の水準らしいとは感じる。ならば、深層で鍛えただけ、という万友莉の経験も、彼女たちの役に立つかも知れない、という思いもどこかにあった。彼女たちの力の向上、延いては彼女たちの生存率の向上になるなら――この時はそこまではっきり自覚していたわけではなかったが、万友莉のそんな気持ちも、こう答えさせた一因だった。
「私もそう思う。私も“先生”に、ここの五十八階層でブート・キャンプをさせられたもの」
「フム? サラの先生とは『マスタ・オブ・クロススピア』だよね? ……なるほど、マスタが行うならやはり正しいのか……。深層ほど魔物が強くなることと相関が……? 動物にどの程度の知性や意志があるか、それが魔素の特性と関わるなら、アレクスの分野か……」
サラがすかさず万友莉のフォロゥをすると、その言葉にいち早くステファンが食いついた。彼の研究分野に関わるのか、すぐにブツブツと自分の思索に耽ってしまい、彼の仲間はまた肩をすくめる結果になったが。
ただ、そんな“いつもどおり”が水を差す形になったのか、万友莉とサラの戦いが彼らに与えた熱も少し落ち着いたようだった。
「……ともかく、二人の実力に全く問題は無いだろう。後は全体の中での役割を決めて、連携を確認したら六十六階層へ直行できそうだ」
「だけど、チームそれぞれのやり方はできるだけ崩さない方がよさそうだね。特に、ヒヨクレンリは」
「それには同意だ。あれと連携するのは難しい。だが、後方からの支援なら役に立てるだろう」
ジェシカとマークがリーダ同士で今後についての話し合いを始めると、周囲もすぐに聞く態勢に入った。こういった切り替えの上手さは万友莉の目には頼もしく、学ぶべきものと映る。
「十五人がワンチームで上手く動くのは難しいだろう。ワンパーティをツーチームスで構成するのはどうだ」
「それならネヴァ・ウィザにヒヨクレンリを組み込むか?」
「戦力の最大化を考えるならヒヨクレンリに自由な役割を与えるべきでは」
「だが二人だけでは対応が難しいシチュエーションもこの先あるだろう」
「我々のチームを割って、彼女たちにサポートを付けるか?」
「それも危険だろう」
「それなら――」
次第に他のメンバも加わっての話し合いになっていったが、なかなか話はまとまらない。良くも悪くも万友莉たちの存在がネックになっているようで、万友莉としては時間が経つほど申し訳ない気持ちが募っていく。
「『あの!』」
自分が発言することへの不安を居たたまれなさが上回り、万友莉は思わず声を上げた。それは本当に咄嗟に“出てしまった”ため、日本語になってしまったが、ひとまず注目を集めることはできた。自分に集まった視線に、万友莉は一瞬怖気づいたが、詰まりそうになる喉を無理矢理開いて、声を上げた。
「最初に、私を先頭に置くと決めて、それからフォーメーションを考えてください」
「それなら、もちろん、その背中には私が付くわ」
事前に打ち合わせたわけでもないのに、サラが間を置かずに万友莉の言葉に続く。そんなサラに、万友莉はもう何度目かも知れない頼もしさを覚える。
二人の言葉に、マークが考えるようなそぶりを見せる。他のメンバからも即座に否定されないあたり、それが決して無茶ではないという合理的な考えは皆にあると思われた。
それでも即決できないのは、きっと心理的な問題なのだろう、万友莉はそう推察する。私が女だからだろうか? 小柄だからだろうか? だが、そんな理由だとしても、それは万友莉にとって屈辱ではない。そう案じてくれる彼らの心根は、嬉しくすらある。だからこそ、万友莉は、自分が言わなければならない、と思う。
「皆さんが調査を行う間、私たちは魔物の対処に専念する。元々そういう予定だったでしょう?」
この二週間近く、魔物と戦うのは食材の確保のためくらいだったので万友莉も忘れかけていたが、元々エディからはそういう説明を受けていた。彼らがそれを“言い訳”にして万友莉に危険を押しつけるような人たちでないと今は万友莉も確信しているが、それでも、それを引き合いに出せば、万友莉の提案を否定しづらいだろう、という打算のようなものはあった。
「……正直に言えば、私は貴女を最も危険な場所に立たせたくはない。だが、これは私の感情的な……自己満足でしかない」
マークがそう口にして、マユリに向けて苦笑いを浮かべた。
「優先順位を間違えてはいけない。それに気づけたのはマユリのおかげです。しかし、だからこそ……、最初に決めるべきはあなたのポジションではない」
そう言って、マークは他のメンバに向き直る。
「最初に今回の目的を念頭に置こう。我々の目的は、調査だ。ならばまず、知識を持つ、アレクス、ステファン、ステファニ、オリヴィア、この四人が調査に専念する形にすべきだ。ただ、アレクスとステファニ、スカウト二人共を後ろに置くわけにもいかない。生物に詳しいアレクスの方がスカウトに適任だと私は思うが、どうかな?」
「私はそれで構わないわ」
「私の仕事は魔物の生態調査だからな。それが良いだろう」
「良し。では、三人が動きやすいように、エスコートにはそれぞれに、よく知る同チームのガードとメインアタッカが付くことを提案する。どうだろう?」
「賛成」
「異議無し」
そんな様子で、マークが主導して、先ほどまでの停滞が嘘のように、配置が次々と決まっていった。
「――最後に、残るメンバの内、ヒヨクレンリには前衛を、ジェシカとビリィにはそのアシストを頼む」
「任せておきな」
「分かった。ベストを尽くす」
「もちろん私も異論は無いわ。……万友莉?」
マークに主張を否定されたと思ったら、目の前で次々と物事が決まっていく。そんな展開に万友莉は呆然としてしまっていたが、サラの呼びかけで我に返った。
「……はい、承諾します」
結局は自分の主張した通りとなって、万友莉は狐につままれたような気持ちもあった。だが、経緯はどうあれ、自分が重要なポジションを担う、それを改めて意識して、万友莉は緊張を自覚しつつも、絶対にやり遂げる、そう決意を新たにした。




