46.上級チームの戦い方
階層が三十台の半ばを越えると、聖流のあるセクタにも魔物の姿が見られるようになってきた。ただし、いずれも水路から距離を取って近づいては来ない。五十階層を越えると、一行に対して警戒や攻撃の意志を見せる魔物も増えていったが、水路沿いを足早に過ぎる分には襲いかかられることもなかった。
しかし、六十階層にも入ると、明確に敵意を持った魔物は聖流も意に介せず襲いかかってくるようになるという。
一行がその六十階層に到達した時には、ダンジョンに突入してから十二日が経っていた。
「まずは我々だけでこの先の魔物たちに対処する。ネヴァ・ウィザ、ヒヨクレンリは入り口付近で警戒しつつ、我々の戦い方を確認してくれ」
先行していたスカウトのアレクスが戻ると、その情報をチームで共有した後、マークがそう表明した。
エディの見立て通り二週間を掛けずに六十階層に辿り着いた一行は、プラン通りここからの魔物への対応可能性を確認するべく、まずはそれぞれの戦い方を披露し確認し合うことに決まった。三つのチームが一つのパーティとして行動するには、まずお互いを知るべきだ、というのが皆の一致した見解だった。
再びアレクスが先行し、その後をスルー・ザ・ダークネスの各々が陣形を組みつつ追う。一番重装備のジェイソンを先頭に、マーク、シャイ、ビリィが横に広がって続き、メディックのオリヴァと識者兼ポータのステファンが更に後ろに離れて続いた。万友莉たち残るメンバは遅れてそれを追って、セクタ入り口まで進む。
アレクスが素早くセクタ入り口付近の安全を確認し、残りのメンバもセクタ内へ踏み入る。アレクスが四方を指さし、何事かをマークに伝えると、マークは皆に号令を掛け、入り口から左の方へ向かっていった。
このセクタは植物等は比較的壁際に寄っていて、見通しは割と良い。聖流が正面通路へ真っ直ぐ伸びているのが見て取れた。マークたちが向かった左手側は途中から彼らの腰ほどの高さの草むらになっていた。
入り口付近の警戒はネヴァ・ウィザのスカウトであるステファニが買って出たため、万友莉もマップの敵性反応は気に掛けつつ、マークたちの観察に専念する格好をとった。
マークたちは草むらの手前で足を止めた。アレクスが何かを草むらの奥へと放り投げ、素早く隊列の後方へ下がると、草むらの向こうに水しぶきが上がった。万友莉もマップの形状から推測はしていたが、そちらには聖流とは違う水源の水辺があるようだ。
間もなく、草むらの上部に動く影が現れた。遠目での判別は難しいと思われたが、草むらを掻き分けて飛び出してきた姿を見れば、その正体は一目で知れた。
巨大なワニだ。這っている状態で草むらの上に背中が見えていたほどだから大きいのは当然だが、マークたちと対比するとその大きさは際立つ。全長なら十メートルを超えているかも知れない。その背中の、鱗だろうか、所々が鋭い刃のように飛び出していて、魔物をより大きく威圧的に見せている。それが二体、マークたちの前に姿を現した。
ラージ・シールドを構えたジェイソンがその一体の正面に陣取った。もう一体にはスモール・シールドを構えたマークが、ジェイソンよりも距離を取って対峙する。シャイはジェイソンの背後に隠れるように、ビリィはジェイソンとマークの中間後方に位置取った。やや離れてオリヴァとステファン、そして最後方でアレクスが全体を視野に収めている。
マークが対峙した魔物の眼前で、炎が爆ぜた。ほぼ同時、魔物はその巨体をマークの頭部ほどの高さまで宙に跳ねさせ、後ろへ飛んだ。それは吹き飛ばされたわけではなく、自ら飛び退ったような動きだ。万友莉にはそこそこ大きな爆発に見えたが、やはり魔物は魔法に対する抵抗力があるのだろうと思われた。
その魔法が合図だったように、ジェイソンが正面の魔物に肉薄している。魔物はそれに飛びかかろうとしたようだが、ジェイソンが盾を叩きつける方が速い。出鼻をくじかれた魔物に、ジェイソンの背後から飛び出したシャイがやや小ぶりで肉厚な曲剣で斬りつけ、そのまま魔物の斜め後方まで駆け抜ける。魔物の尻尾が届かないギリギリの位置だ。
もう一体の魔物はマークが文字通り睨みを利かせている。マークから仕掛ける様子は無い。マークのやや後方ではビリィもその魔物を注視していて、魔物が何か動きを見せようとすると、ビリィが素早く反応し、魔物の眼前で再び魔法を炸裂させる。魔物はそれを嫌がりはすれど、やはりダメージがあるようには見えない。だが、それこそが狙い通りなのだろう、マークたちは愚直なまでにそれを繰り返し、魔物の動きを封じ込めることに成功している。
一方、ジェイソンの後方にはいつの間にかステファンが立ち、ビリィと同じ役割を担っているようだった。だがこちらは、魔法で怯んだ魔物に対して積極的に攻撃を仕掛けている。ステファンが魔法で牽制し、ジェイソンは剣を振るよりも盾で相手の動きをコントロールし、その隙にシャイが斬りつける。一つ一つの攻撃は浅くとも、その繰り返しは確実に魔物の体に傷口を増やし、それにつれて魔物の動きは鈍りを見せていった。シャイが幾度かの攻撃で尻尾を切り落とすことに成功すると、ほどなくして、ジェイソンが魔物の頭部を全身で押さえつけたところに、シャイがとどめの一撃を深く突き刺した。
その間マークとビリィに完全に押さえ込まれていた魔物も、マークに替わってジェイソンが抑え役に回ると、先ほどより攻撃に手数が増えた分、さほどの時間を掛けずに決着が付いた。
万友莉は、一連の流れを、いつの間にか敬服の思いで見つめていた。
自身よりも大きな魔物を前にしても全く怯むことない胆力。それぞれの役割をしっかり果たし結果に繋げる責任感、信頼感。そういった精神性はもちろん、彼らは身体能力もかなりの水準で、よりトレーニング効率の良い深層で鍛えただけの万友莉としては、そこにあったであろう努力を思い、より敬意を抱く。
戦い方自体もそうだ。勝つため、生き残るため、ただ漫然と戦うのではない、工夫や連携、知性の輝き。
中でも特に万友莉が目から鱗が落ちる思いだったのは、魔法の使い方だ。
かつてマイから、魔素の多い魔物に攻撃性魔法は効果が薄い、というようなことを聞いたとき、万友莉はそこで思考停止して魔法の利用を諦めてしまった。しかし、殺傷能力が無くとも、使い方次第で牽制や足止めに利用できることを、今回、彼らの戦いが示していた。
それを見て万友莉は、自分が魔法という非現実的な現象をどこかゲームのそれのように考えてしまっていたことに気付いた。多くのゲームなどで魔法は役割が決まっている。攻撃、回復、補助などで、回復がアンデッドに対しては攻撃になったりといった例外はあれど、基本的に魔法の果たす役割は一定だ。だが、少なくとも万友莉にとってここは現実で、その現実に於いて、攻撃魔法を補助を目的として使ってはいけない、などという決まりは、当然無い。万友莉は、そんな自分の頭の固さに歯噛みし、悠真のことを笑えない、と思う。
一方で、万友莉は、自分も真似できるだろうか、という想像もしてみる。だが、それは見た目ほど簡単ではないように思われた。
魔法現象の発現に必要なのは、明確なイメージと、それを言葉に乗せることだ。刻一刻と目の前の状況が変化する中で、起こすべき魔法現象をハッキリとイメージし、それに相応しい言葉を発することは、きっと難しい。だからこそ、魔法を使っていたビリィとステファンは、集中すべく味方に守られていたのだろう、と万友莉は腑に落ちた。もしそれが簡単であるならば、マークやジェイソンが直接魔法を使いながら戦えば良いだけのことだ。おそらく、ビリィたちはイメージしながら言葉を発する、という段階を越えて、呪文を口にすることとイメージが直結するレベルまで練度を高めている、万友莉にはそう観測された。それには相当な反復訓練があったのだろうと思える。
だがあのような戦いを見せられれば、万友莉はもう、難しいからといって、大変だからといって、また魔法という選択肢を除外してしまうつもりはなかった。
いや、自分一人なら、そうしていたかも知れない、万友莉はそう思う。それは取りも直さず、一緒に行動するサラがいるからだ。彼女の安全性を高めることになるのなら絶対に取り組むべきだ、と万友莉は思えた。
そう思えば、万友莉は、魔法の活用のために努力することを苦とは思わない。幸い、ビリィたちの様子を見た限り、複雑な呪文は必要ない。むしろ短いほど咄嗟の場面で役に立ちそうだ。“いかにも”な呪文を口にすると思えば恥ずかしさもあるが、簡潔な言葉で良いのならそういう心配も要らない。
ツボの中なら周りを気にする必要も無いし、半ばデッドスペース化しているトレーニングルームの活用にもなる。ならば、今夜からにでも、少しずつでも、魔法の練習を積み重ねていこう。
倒した魔物の解体を終えて戻ってくるマークたちを見つめながら、万友莉は心の中でそんな決意を固めていた。




