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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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45.流れに乗る

 十五階層へ降りてから、聖流沿いにセクタをいくつかパスすると、その先に、これまでと違った光景があった。

 まず、ここまで見なかった人の姿がある。三人の男が、聖流のほとりで椅子に座って談笑している様子だ。男たちは兜や武器は装備していないが、その鎧姿から、この国の兵士だと思われる。背後に見える簡素な小屋は彼らのためのものだろう。ダンジョン内で働く人のための小屋自体は、これまでもあった。これまでと特に違うのは、その小屋に流線型の物体がいくつも立てかけられていることだった。

 その物体は一見、ボートやカヌーの底面に見えた。だが、それならば本来平坦に近いはずのデッキ部が側面からは見えない。カヤックならコックピット部以外がクローズではあるが、そこに並ぶのはカヤックのように平べったい形状ではなく、もっと長円形のカプセルに近い形だった。

 談笑していた男たちが、こちらに気付いて立ち上がった。一行はそのまま彼らの元まで進み、前を歩いていたマークが代表して彼らと握手を交わした。

 そんな様子を見ていた万友莉が気配を感じて横を見ると、サラが万友莉の方を見てニマニマしていた。反対側に近づく気配に振り向くと、ジェシカが脇に立ち、万友莉にサムズアップしてみせる。

「え……、何……?」

 その不審な様子に、万友莉は思わず戸惑いの声を上げる。

「最初に言った“お楽しみ”がこれよ!」

「これがサウスコンティ・ダンジョン名物、セイクリッド・ストリーム・ボブスレイさ!」

 楽しそうにそう言うサラとジェシカに、君たちほんと楽しそうだね、と、若干呆れるような、微笑ましいような気持ちにさせられる万友莉だった。


「無事の帰還を祈ります!」

 敬礼する兵士たちに見送られ、十分な間隔を開けて列をなす“そり”たちは、聖流の流れのままに進んでいく。

 小屋に立てかけられていたものが、ジェシカが『ボブスレイ』と呼んだ乗り物だった。ボブスレイの全長は三メートルもないだろうくらいで、基本は一つに二人、荷物の量にも依るが後部席の背もたれを畳めばもう少しの人数が乗り込める。

 前部席は船首部の中へ足を投げ出すようにして、座ると寝るの中間の体勢で乗り込むことになり、万友莉の身長だと顎から下は船体に隠れる。これは水路上のアーチを避けるためだから、緊急時以外は立ち上がることは禁止だと説明を受けた。前部席手元の押し引きするハンドルはステアリングではなく、ブレーキ操作のみを行うものだ。船体の幅は水路に対して僅かな余裕しかなく、側面やや上部についた出っ張りは転覆を防ぐ。ブレーキはこの出っ張りと連動していて、水路の側面に押しつけてスピードを殺す仕組みだ。ブレーキは緊急時を除けば降りるときにのみ使い、使うタイミングは終点の兵士の指示に従えばいい――簡単なレクチャを受けた万友莉は、サラによって有無を言わさず先頭の前部席に押し込まれていた。

 ボブスレイ、と聞いて万友莉が思い浮かべたのは、ウィンタスポーツの“ボブスレー”だったが、この乗り物がどれだけ類似しているかは万友莉には分からない。ただ、ゆっくりと流れのままに進む様は、万友莉のイメージしたスピーディなものとはかけ離れたものだった。しかし、ゆっくりとはいってもジョギング程度かそれ以上のスピードは出ている。

 流れに任せるがままの時間が思いの外長くなるにつれ、万友莉にもこの階層でボブスレイが登場した理由が分かってきた。単純に、水路が長く直線で続く条件を満たすのが、この階層だからだ。水路は直進しないときは壁際に沿って方向を変える。当然、三メートル近い船体は直角の水路を曲がれない。いくら歩くよりは速いとはいえ、何度も乗り降りするのでは意味は薄い。こんな乗り物を造るだけのリターンが見込め、付け加えるなら、この階層ならば、まだ魔物を警戒せずにも済む。

「サラ、こういう“乗り物”はこれから先にもあるの?」

 万友莉は、出発前にエディがわざわざ「ヴィークル」と言っていたのを思い出して、他にも余所に無いものがここには有るのだろうかと考え、サラに尋ねてみた。

「前に来たのはずいぶん前だけど、ボブスレイはまだここだけのはず。トロッコは二十五階層まであったけど、今はもっと下にも増えてるかも。他に私が知ってる乗り物は無いかな」

「なるほど……」

 別に多彩な乗り物があるわけでもないらしい、と万友莉は思ってから、では他にダンジョン内で実用レベルの運用や保全が可能そうな乗り物はあるだろうか? と考えてみたが、魔物がいることや深層ほど気軽な行き来が難しいことを思えば、蒸気機関程度までの技術でそれが可能なものは、万友莉には思いつかなかった。

 代わり映えの無い光景の中で、万友莉がついそんな無益な思索に耽っていると、後ろからサラの声が届いた。

「そろそろかな……。万友莉、前をよく見ていてね」

 言われて前方を注視すると、少しして万友莉の目が捉えたのは、水路が途絶えている光景だった。一瞬遅れて、万友莉はそれが下層へ繋がる道だと気付く。

「あ、このまま降りるんだ……」

 万友莉は思わず呟いてから、この先はどんな具合だろうかと気になった。しかし目線が低いため、下る道は見えない。直前まで接近しても、船体が邪魔でやはり傾斜は分からない。そのギリギリまで下りが見えない感じに、万友莉は、なるほどサラたちが楽しそうにするわけだ、と思い、少しだけ楽しみになってきた。

 そしていよいよ下りに差し掛かる。ボブスレイの重心点が水平面を越えると、宙に突き出た船体前部が重力に引かれ、水面を叩いた。

 ここの下りは、階段ではなくスロープだった。階段に比べて傾斜は緩いが、その分距離が長くなる。傾斜が緩いとはいっても、三十度前後あるだろう傾斜は、ほぼグラウンドレベルの万友莉の目線で見るとそこそこ急な下りに見える。

 下る水路に乗ったボブスレイは相応に加速していく。さすがに日本が世界に誇る『ジェットコースター』ほどのスリルはないが、これまでのまったりした運航との落差もあって、万友莉も思わず「おお……」と声を漏らす程度にはスピード感を楽しめた。


「…………」

 終点でボブスレイを降りると、万友莉の前でサラが何やら不服そうな顔を見せた。

「……サラ、どうしたの?」

「……万友莉は、恐いアトラクションとか平気なタイプ?」

 万友莉が疑問に思って尋ねると、どうやらサラは万友莉のリアクションが不服のようだった。

「んー……、そうかも?」

 万友莉は小学校卒業の頃、クラスで遊園地に行く催しに参加したときのことを思い出して、言った。具体的に思い出したのは、他の誰も乗ろうとしなかった自由落下アトラクションに一人並んだ時のことだ。落ちる瞬間まではドキドキしたし、落ちている最中もスリルを感じなかったわけではないのだが、声を上げるほどではなかった。むしろ万友莉にとっては、自分が一人で並んだせいで相席することになったカップルに対する、なんとも申し訳ないような気持ちの方が強く印象に残っているくらいだ。

「私は初めての時、思いっきり声を上げたんだけど……」

「あー……。でも、それはサラがまだ十代の頃でしょ? 私も、もっと若かったら声を上げたかも知れないし。それに、楽しかったよ、サラとジェシカのおかげで」

「うぅ……、気遣いが心に痛い……」

 そう言って今度は落ち込むサラをなんとか宥めようとしながら、その心中では、サラにもそんなかわいいところもあるんだな、などと考えていた万友莉だった。


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