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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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44.交流に思う

 聖流は、時に壁に沿って流れ、時にセクタを直線的に横切って、決して途切れることなく続いている。

 最初の階段を降りきると聖流はその幅を少し広げ、地面から二十センチほど低かった水面が更に低くなっている。上から見ただけでは水底までの正確な深さは知れないが、水面から底までは一メートル強の深さがあるそうだ。そしてこれは今後、現在確認されている範囲に於いて、変わらず続く。

「――ダンジョンには“自己を元の状態に復元する性質”があるが、例外は、ダンジョン内の植物の種を植えたときだ。ダンジョン内の地面を耕してそこに種を植えると、その地面は耕された土壌のまま機能する。だからダンジョン・アグリカルチャが成立するんだ。これは外から持ち込んだ種だと、地面は原形へ戻り発芽すらしない。ところがだ。この水路は後から生まれたはずなのに、こうして定着している。水が絶えず流れ続けているから? 違う。人の手で掘った水路に水を流し続けた実験の結果、水路は一日と保たずに元通りだ。水路の上には所々に橋のようにアーチの地面が渡っているだろう? 当然元からこうだったわけじゃない、水路と共に生まれたものだ。そして、水路やこの橋は、欠けても今のこの形に復元する。そう、まるで元からそうであったように。……つまり神器とは、ダンジョンの設計図を書き換えることすら可能な神秘なんだ!」

 珍しいものを見るように聖流を覗き込む万友莉に、聖流とは何か、その説明を始めたはずのステファンの言葉は、語るうちに熱を帯びていった。そんな様子に、彼の仲間は苦笑いで肩をすくめている。どうやらこれは“いつものこと”らしい。

 ステファンは今回の調査に参加する専門的な知識を持つ人物の一人で、『MD』、つまり『ダンジョニクス(ダンジョン学)の修士』(神器の使い手(マスタ)との区別のため、特にエクスプローラは修士に「マスタ・オブ・○○」という表現は使わないという)まで修めている。万友莉としては、そんなインテリが何故、という気持ちもあったが、「ダンジョンのことはダンジョンに潜らなければ解らないだろう?」という彼の言葉に籠もった熱意には、きっと彼は根っからのフィールドワーカなのだろう、と思わされるものがあった。聞けば、同じくエクスプローラとして活動する妹のオリヴィアも、農学に於いてドクタまで修めているというから、万友莉は、なるほどそういう血筋なのだろう、と得心する他なかった。

 ともあれ、以前、神器の力は世界を滅ぼすことすらできる、とまで聞かされていた万友莉としては、神器の力がダンジョンの形、あるいは“あり方”を根本から変えてしまうくらいでは、さほどの驚きはない。

 とはいえ、そんな万友莉でも、何も思うところが無いでもない。

 そんな大きな力なら、せめてこういった役立つ形で使いたい――万友莉はさらさらと止めどない流れを目に映しながら、自然とそんな思いを新たにしていた。


 今回の調査にあたり、数日前からエクスプローラたちのダンジョンへの進入は制限されている。深層攻略へ向けた調査は、それを行うほどの大きなプロジェクトだ。

 現在、ダンジョン内にいる人間は、作物の世話や運搬業務に携わる者や、セキュア・エリアを維持する兵士たちくらいで、ゆえに現在、万友莉たち一行のトロッコ利用には、ほぼ制限がない。一つのパーティとしては十五人は大所帯の部類に入るが、トロッコは動力のある牽引車でなければ大の大人が六人は乗れるサイズがあるから、牽引車含め三台を連結すれば事足りた。

 普通なら大人を満載したトロッコを二台も引けばスピードは落ちるものだが、身体能力に優れた上級エクスプローラなら、重いギアのまま最高速での走行が可能だった。そして聖流沿いの路線では魔物の心配もない。つまり、一行の進行は、極めてスピーディで順調だった。


「残念ながら、こんなに順調に進めるのはもう少し先までだよ」

 ジェシカが万友莉にそう告げたのは、十五階層が目前だというセーフ・セクタでのことだった。

「大丈夫。私もずっとこのペースが続くなんて思っていなかったから」

 そう答えた万友莉の言葉は、紛れもない本音だ。元々、状況次第では二ヶ月以上の長丁場になると聞いて参加しているので、むしろ一日でこれほど進んだことが出来過ぎだとすら思っている。

「ところで、マユリに調理を全部任せて本当に大丈夫なのかい?」

 そのジェシカの言葉は、申し訳なさからでた言葉だと万友莉は理解できた。この世界でなければ、それを、こちらの腕前を疑う言葉と受け取ってへこんでいたんだろうな、万友莉は自然とそう思って、自分に根付いている悲観傾向や猜疑心に苦笑する。

 野営に際し、食事をどうするかという話になったとき、万友莉にしては珍しく積極的に立候補した。そこに何故か自信満々のサラの援護もあり、異論は出なかった。

「大丈夫。まだ私は何の役にも立てていないから。それに、早い内に私の料理の腕をみんなに確かめてほしいの。それは今後の調理担当の割り当てにも影響するだろうから。もちろん、そんな理由がなくても美味しいものを作るつもり。全員を満足させるのは難しいだろうけど……」

 その万友莉の言葉は嘘では無いが、元より考えていたわけでもない。万友莉にはまだ、自分が「できる」と主張できることなんて料理くらいだ、という思いがある。引け目を感じる中で、せめて料理で役に立てれば、という気持ちはあったし、少しは自信もあった。それが咄嗟に積極的な行動を取らせたのだろう、と万友莉は自身を顧みる。それ以外の理由は後付けだ。ただ、自分が調理担当を選んだことで、現在男性陣は皆、食材確保のために別セクタへ向かっていて、それがまるで面倒を押しつけたようで、万友莉はまた申し訳なさを感じてしまう。だから、少しでも美味しいものを食べさせたいというのも本当の気持ちだ。

「なるほどね。なら、今日は万友莉に任せよう。……どうやら期待できるみたいだしね」

 そういうジェシカの視線を追って振り向けば、そこには腕を組み得意満面のサラが立っていた。

 そんな“後方腕組み姉貴面”とでもいった様相のサラに、万友莉は思わず笑いが込み上げてしまう。

「フフッ……。待って、なんでサラが誇らしげなの? ……今日は特別なものは何も作れないよ?」

 もしかしてサラは竜肉を期待してるのだろうかと、万友莉は曖昧に釘を刺すが。

「ん? オゥカイ、それは解ってる」

 サラの妙な自信はそこにあるわけではないらしい。

「素材が何だって、万友莉の料理は美味しいからね」

「……それはたぶん、調味料が良質だからだよ」

「その使い方が重要なんだよ。そして万友莉はそれができる!」

「……本当かなぁ?」

 サラにそうとまで言ってもらえることは純粋に嬉しいが、万友莉としては、それは同時にプレッシャでもある。

「アハハッ! なるほどね。……マユリ、大抵のエクスプローラはピッキィ・イータ(偏食家)じゃない。気にせずマユリのベストを尽くせば問題無いさ」

 そんなジェシカの言葉も、万友莉にとっては気休めにしかならない。だけど万友莉は、そう言ってくれるジェシカの心根は、純粋に嬉しかった。


 ――食後、それぞれのテントに分かれてから、万友莉は先ほどの時間を反芻していた。

 料理は好評だった。マークたちが持ち帰ったワラビィの魔物の肉は、以前食したカンガルーと比べるとクセのない味わいで、深層で収穫したスパイスやハーブでテンパリングした深層産の植物油でアロゼしただけで、皆から絶賛されるだけの出来映えとなった。万友莉としては、竜肉はもちろん、カンガルー肉と比べても少し物足りなさを覚えたのだが、深層ほど“質”が良くなるというから、その影響なのだろうと判断した。

 万友莉の想像以上に絶賛されたことについては、良い調味料を使ったことが大きいのだろうが、そもそもどちらのチームも、普段は余計な荷物を減らすために調味料は塩や胡椒くらいしか使わないというから、少し凝ったものを食べられるだけでありがたかったのだろう、というのがサラの見立てだった。

 彼らのように深くまで潜る上級エクスプローラは、今回のように後詰めがあるわけでもない普段のダイヴでは、塩と胡椒だけでも馬鹿にならない量を運ぶ。とりわけ塩は、いざというときの保存食作成に必要なため、ちゃんとしたチームほどそこは疎かにしないという。

 そう聞かされた万友莉は、なるほど、と納得しつつ、そういう所で襤褸が出ないように気をつけなければ、と気を引き締めた。

 ――ただ。

 万友莉としては、料理を美味しそうに食べてくれたことも嬉しかったが、それ以上に、鎧を脱がず、食事も一人で摂った万友莉のことを、誰一人詮索しようとしなかったことが、嬉しかった。

 思えば、最初こそ酷い目に遭ったが、それ以降、この世界で出会った人々は、サラを含め、ほとんどがとても良識的で善良な人々だった、と万友莉には感じられる。

 ――それは、この世界に“特有”の傾向なのだろうか?

 ふと、万友莉の脳裡にそんな考えが浮かんだ。

 この世界で生きていくにあたり、そうであればいい、と万友莉は思う。

 だが、それ以上に強く万友莉の“心”に浮かび上がったのは、“もし、そうでなかったら?”という思い、つまりは、“元の世界でも、そうだったのではないか”という思いだ。

 それは突き詰めれば、“私は、居もしない敵を自ら作り出して、必要以上に怯えていただけなのではないか”という後悔にも似た思い。それは取りも直さず、“私は向こうで、もっと上手く生きられたのではないか”という感傷だ。

 けれど当然、万友莉にも、それが、もう考えても詮無いことだとは解る。

 それは、もうどうしようもなく、取り返しのつかないことだ――その思いは、万友莉に大きな空虚感や無力感を感じさせた。

 だけど同時に、万友莉の胸に浮かんできた気持ちがあった。

 ――この世界では、もう、こんな思いは、したくない。

 万友莉には、そのためにすべきことも、すべきでないことも、具体的なことはまだ、何一つわからない。

 だから今はただせめて、自分が敬意を覚える人たちに対しては、自分にできる精一杯、誠実に真摯に向き合いたい。万友莉は、そう強く思った。


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