43.ダンジョンへ
「私の名は、マーク。『スルー・ザ・ダークネス』の“まとめ役”を担っています。お目にかかれて光栄です、お嬢さん方」
「私はジェシカ。『ネヴァ・ウィザ』の“頭”だ。よろしくな、シス」
万友莉は、エディに、同行するチームのリーダたちだ、と紹介された二人から、そんな挨拶を受けた。万友莉は彼らと握手を交わしつつ同様に名前を名乗った。『ヒヨクレンリ』というチーム名に関しては、先に挨拶を済ませたサラが説明してくれたおかげで、万友莉がそれについて何かを尋ねられることもなく、問題があるとしたら、それを口にするときに万友莉が若干気恥ずかしいような気持ちになることくらいだった。
マークもジェシカも英語で話しているから、マークの丁寧語やジェシカの少し粗野な感じのある話し方は、あくまでも万友莉の印象だ。そういった印象を受けたのは、それぞれの立ち居振る舞いや、自らを『オーガナイザ』、『ヘッド』と表現した物言いのせいなのだろうと万友莉は感じる。
ジェシカが万友莉たちに呼びかけた際の「シス」は、サラ曰く『シスタ』を短縮したもので、ここでは一般的な表現だという。つまりは吹き替えの映画などで見たことのある「よう、兄弟!」みたいなものなのだろう、と万友莉は解釈した。初見でそのように親しげに話しかけるというのは、陰キャを自認する万友莉には全く理解できなかったが、ただ、その言葉からは純粋な親愛の情が感じられて、馴れ馴れしいような印象は全く受けなかった。聞けば、『ネヴァ・ウィザ』というのは、チームというよりはクランと呼ぶような規模で、依頼や任務の内容に個々の事情などを加味してメンバを選抜し、事に当たる仕組みだという。そして、在籍するのは全て女性。三十名以上の女性ばかりを束ねる『ヘッド』ともなれば、そういった振る舞いは処世術の一つなのかも知れない、と万友莉は考えた。
その後、それぞれのチームの各メンバとも顔を合わせた。
『スルー・ザ・ダークネス』は、マークの他、ジェイソン、シャイ、ステファン、ビリィ、オリヴァ、アレクスの全員で男七人のチーム。
『ネヴァ・ウィザ』は前述の通り三十名を超えるメンバから、ジェシカ、エミリィ、シャーロット、イザベラ、ステファニ、オリヴィアの六名が今回の任務に参加する。
彼らの多くは、サラと同じく軽装に見える。最前列でガードを担当するというジェイソンとエミリィは流石に胸当てというよりは鎧と呼ぶような装備を身につけているが、それも万友莉のように全身をくまなく覆うようなものではない。上級の彼らがそうであることから、やはり一般的には動きが阻害される方が危険なのだろう、と万友莉にも察せられた。
このメンバの内、ステファンとオリヴィアが兄妹で、ステファニとオリヴァが姉弟だという。どちらも紹介の際は「シス」「ブロ」と表現されただけだったが、先ほどジェシカが万友莉たちへ向けたものと違ってそれが血縁者に向けたものであることは、万友莉も文脈から理解できた。苗字が分かれば血縁関係は明確なのだが、こちらの世界の人で万友莉が苗字まで含めて自己紹介されたのはマチルダくらいだ。それがこの世界、あるいはこの大陸の文化なのか、そもそも苗字を気にするのが日本的な価値観なのかは、万友莉の知識では判断できない。また、それぞれの“きょうだい”の年齢の上下関係も言葉などから受けた印象からの判断だが、これはサラとも意見は一致したので間違いは無いだろうと万友莉は判断した(それを当人たちに直接聞く勇気と行動力は、人見知りの万友莉には無かった)。
しかし、おそらく由来は同じなのだろう似た名前の、しかしあべこべな組み合わせに、万友莉はそれをすぐに正しく覚える自信は全く無い。しかも、元々人付き合いに苦手意識があって、人の名前を覚えることにも自信が無い万友莉は、その強い印象に気を取られ、他のメンバの名前も既にあやふやであることに気付き、内心焦った。
その時だった。
『万友莉、宜しければこちらをご利用ください』
アヴァタではなく、万友莉自身の耳に届く声。同時に、万友莉の視界の端に、リストが表示された。
(マイ! あなたが神か!)
リストには顔写真入りで各々の名前が表示されていた。この計らいに、今までで一番マイに、そして神器に、感謝したかも知れない、半ば本気でそう思う万友莉だった。
ともあれ、挨拶程度ではあるが、直接話してみた感じでは、皆、人間性も信頼できそうだと万友莉には感じられた。これから二ヶ月前後に亘って行動を共にするにあたり、一番不安だった点がそこだったので、万友莉はひとまずは安心した。
だが、相手が“いい人”だからといって、万友莉が上手く交流できるかは全く別の問題で、万友莉はその点、元より上手くやれないことに自信がある。しかし、それは胸を張ることではないので、万友莉としては、フレンドリィな関係は構築できなくとも、相手への敬意を忘れなければ良いかな、と思うことで、その不安からの逃避を図っていた。
彼ら、彼女らのエクスプローラとしての能力には、万友莉は何一つ心配していない。エディがわざわざ「実力は保証する」と言っていたのもそうだが、そもそもエクスプローラとしてはまだ駆け出しを自認する万友莉としては、学ばせてもらうことは山ほどあれ、そこを心配するなど、烏滸がましいどころか不敬ですらあると思っている。
「そろそろ時間だ」
そのエディの声に、万友莉は物思いから引き戻された。
「過日伝えたとおり、六十階層まではヴィークルも全て活用して最短で突破する。君たちなら、順調にいけば二週間は掛からないだろう。その後のことは現場の判断に委ねる。皆の安全を優先し、各自の役割を果たしてくれ。私もこの任務の責任者として後詰めと共に五十階層までは降りる、何か問題が起こったら、調査を切り上げそこまで戻ってきてくれ。以上。質問はあるか?……無いな? よし、それでは出発だ」
エディの号令を受け、マークたちを先頭に一行はダンジョンへと踏み入った。
サウスコンティ・ダンジョンのエントランス部は、クェズラントやアウツウェルス同様に人の手で造られた空間で、そこに特別変わった点は見受けられない。だが、一階層へ降りる階段に差し掛かって、万友莉は今までのダンジョンと明確に違う点を目にした。
余所と同じく不思議な発光をしている側面の壁だが、下へ向かう方へ見て右側の壁が、全体的に湿っているように見える。そして、その足下に、大柄な男性の肩幅ほどの横幅の溝があり、そこには川と呼ぶには小さな、階下へ向かう水の流れが道路脇の用水路のように存在していた。
「マユリはここは初めてかい? これがサウスコンティ・ダンジョンにしかない『セイクリッド・ストリーム』さ!」
周囲を見回す様子から、万友莉が初見であることを見て取ったのだろう、後ろに続くジェシカがそんな声を掛けてきた。
「これも、聖女が起こした奇跡の一つさ。高齢となり、自らダンジョンへ降りることが難しくなった聖女は、聖杯の力で、エクスプローラたちが進むべき道を示す“流れ”を生み出した。聖女亡き今も、この上で聖杯が生み出し続ける水が壁から染み出して、この流れを維持し続けているのさ」
「進むべき道?」
「そう、この流れに沿って進めば、下層への道へ必ず繋がっている。それは、流れを遡れば必ず地上へ出られるということでもある。しかも、魔物はこの流れを嫌う。下層の魔物は別として、上層の魔物程度ならこれに近づきすらしない。だからここでは、もし緊急事態に陥ったら、まずこいつを探すんだ。分かったかい?」
「分かった。ありがとう」
「それなら良し。ああ、それと、聖流にはそれ以外の利用方法もある。何か分かるかい?」
そう言うジェシカは、どこか楽しそうだと万友莉には見えた。横のサラを見ると、心当たりがあるようなのだが、彼女もいたずらっぽく笑うのみだ。
「えーと……、……飲み水?」
「ああ、もちろんそれも可能だ。だけど――」
「ちょっと待って、ジェシカ。……楽しみはその時まで取っておかない?」
「なるほど、それは良いアイディアだ。もしかして……、サラも初めての時にそうされたのかい?」
「ふふっ。ええ、そうよ。シゲハルはそういう子供っぽい一面もあったから」
「フム……、マスタもただの人間、か。それは興味深い話だね……」
結局、そのまま話は別の方向へ移っていった。万友莉は若干置いてきぼり感を感じたが、サラもジェシカも万友莉を楽しませようとしているのは分かるので、嫌な気持ちにはならない。
(そんな提案をするサラだって、十分、子供っぽいじゃない……)
万友莉はそんなからかいの言葉を心の内に留めつつ、素直にその時を楽しみにすることにした。




