41.新たな任務
万友莉たちがこのサウスコンティにやって来た表立った理由は、クェズラント・ユニオンからの指名依頼を受けたからだ。“表立った”というからには、つまりは“裏”のある依頼とも言える。しかし、裏といっても、それは悪意あるものではない。端的に言えば、万友莉とサラをクェズラントから遠ざけるためのものだった。
結局、クェズラント・ダンジョンで発生したスタンピードは初期に見られた以上の氾濫は起こらず、小規模なまま収束した。外へ出てしまった魔物の数は正確に把握されたわけではないが、大部分は駆除されたと判断された。その中で、万友莉たちが駆除した魔物は十を少し越える程度だ。これは全体で見ればかなり少ない数字だったが、しかし、そのどれもが手の回っていなかった郊外部まで侵出した魔物だったため、二人の功績はそこそこ大きなものと認められた。結果、サラの予言通り、万友莉には少女マリア――聖女にあやかろうと名付けられるこの名前の女性は、この大陸に国を問わず多い――から賜った二つ名が定着することになった。それ自体は、諦念と共に受け容れた万友莉だったが、問題は、その功績によってサラのみならず万友莉個人も耳目を集めてしまったことだ。
それは畢竟、国からも目を付けられる、ということでもあった。
事実、国からユニオンへ功労者表彰の打診はあったそうだ。結局、関わった人数の多さなどを理由にユニオンがそれを辞退し、国も納得して実現しなかったが、そのやりとりに関わったマチルダによれば、万友莉についての言及もあったという。マチルダの印象では、それはまだ純粋な好奇心に過ぎないものであったというが、いずれは疑念に変わらないとも限らない。
マチルダが危惧したワースト・ケース・シナリオは、万友莉がマスタであることがバレることそのものよりも、バレることで様々な問題が引き起こされることだという。
――なぜ、マスタが正しく現れなかったのか? 当然生まれるだろうそういった疑問が、国への疑念を生む。時期的に、この度のスタンピードと結びつけて考えようとする動きも現れるだろう。それが国への不信を助長する。延いては『フリー・ウィル』への参加者の増加や反政府運動の活発化が起こり、革命の機運が醸成される。先頃、国とフリー・ウィルの間に小規模ながら武力衝突があったことを考慮すれば、平和的手段で目指されるべき革命は暴力に穢されるかも知れない。当然、国側もそういった想定がされる以上、万友莉の存在を疎ましく思うだろう。遠ざけようとするだけなら良い、しかし、危機感が恐怖に変われば、強硬な手段に訴えないとも限らない――。
あくまでもそれは本当に最悪を想定したものだが、絶対に起こらないと断言もできない、とマチルダは二人に語った。
万友莉はそれを大仰な物言いだと感じたが、悪い気はしなかった。そこには、万友莉がクェズラントを離れることに負い目を感じないように、という気遣いが感じられたし、万友莉に酷い仕打ちをした国を、これ以上万友莉に関わらせない、という意志も感じられたからだ。
その感じ方を、万友莉は買い被りだとは思わない。万友莉の、自分を受け容れてもらえた、という想いや、サラがマチルダに向ける信頼がその背景にあることは否定しないが、万友莉としては、ただなんとなく、マチルダという人物はそれだけ信頼するに値する、と感じられるだけだ。
ただそう信じたいだけなのかも知れない、そんな後ろ向きな考えも、まだ万友莉の中にはどうしても生まれる。しかし、“向こう”では他人というものをあれだけ疑い恐れていたものを、こうして、信じたい、と思えるだけで、前ほどには自分を嫌わずに済む気がする、万友莉はそう思えた。
万友莉たちが受けた指名依頼の内容とは、近く行われるサウスコンティ・ダンジョンの新規領域開拓調査に参加することだ。正確には、クェズラント・ユニオンはそのミッションに二人を推薦した形で、指名料はクェズラント側が支払い、サウスコンティ側は調査参加報酬のみを支払うことになる。
サウスコンティ・ユニオンとしては、別に指名料くらい惜しくはない。だが、どんな経緯であれ、優秀な探索者が参加してくれるというのなら喜んで歓迎する――そう言って二人を出迎えたのは、サウスコンティ・ユニオンでチーフを務めるエディという男だった。
サウスコンティ・ダンジョンは聖女の貢献もあって、攻略進度は大陸内で唯一、六十階層を越えていて、回収される資源は大陸内で最も上質なものだ。だが、聖女が最前線に立てなくなった四十年ほど前からは、ダンジョンの攻略は少ししか進んでいない。それでも、こうした調査探索などを繰り返し、ほんの僅かずつでも攻略を進めようとするのは、より大きな利益を求めてのことではない。それは、ダンジョンが生まれたことで救われたこの国の歴史的背景、そしてその救いをもたらした先人たちへの敬意があればこそだ――ミッションの具体的な説明の前に、エディはまず二人にそんな事を伝えた。
「あなたたちにこんな前置きをする必要は無いのだろうが、これは決まりなので理解してほしい。特にウェスターン出身者に多いのだが、こういった理念を全く解さない者もいるのだ……。アァ! 済まない、サラ、君がそうだと言っているのではない。むしろ私たちは君を彼の国の被害者だと思っているのだから」
「大丈夫。解っています」
サラは最初に出会ったばかりの頃に語ったこと以外、ほとんど自分のことを万友莉に語ってはくれなかった。だが、その出会ってすぐの頃、サラがなんでもないように口にした『マスタ・オブ・ナッシング』という呼び名は、しかし当時、ウェスターンに於いて明確な揶揄や侮蔑のニュアンスが込められてサラへ向けられていたのだと、万友莉はマチルダから聞いていた。
当時十四歳ほどの少女が、大人たちからそんな悪意を向けられることは、どれだけ彼女を傷つけただろう? ――少なくとも自分だったら耐えられそうにない、万友莉はそう思って、ますますサラへの敬意が深まった。
今もサラは、本当に気にしていないように、万友莉の目には映る。ただ、エディの言葉も心からのものだと感じられて、今のサラの強さはそういった良識ある人たちとの縁が積み重なってのことなのだろう、と万友莉には思えた。
本題である任務内容については、『開拓調査』の名の通り、基本は未開拓階層の各種調査だ。構造、生態、植生、採掘物など、チェック項目は多岐に亘るが、今回は同行するチームにそれぞれ知識を持ったメンバがいるため、万友莉とサラは魔物に対処するのが主な役割だという。
この任務で、大陸で初めて六十六階層に降りることになる(確かに“降りる”のは初めてだ、と万友莉は益体もないことを思う)が、経験則から、大きな生態の変化が起こるのはまだ先だろうと予測される。よって、まずは六十階層までを最短で進み、そこから今回のパーティがその階層の魔物に対応できることを確認しつつ進み、大丈夫と判断されれば、そのまま新規階層へ踏み込むこととなる。
六十六階層へは、万友莉とサラの他に、二チームが同行する。他に退路確保や資材運搬に後詰めで参加するチームもあるが、あくまでも調査任務として挑むのは三チームだけだという。
――そしてここで、万友莉とサラに、一つの問題が浮上した。
「同行する二つのチーム、『スルー・ザ・ダークネス』と『ネヴァ・ウィザ』との対面は当日になるが、彼ら、彼女らの実力は私が保証する。そこは安心していい。……アァ、今、思い出した。君たちにひとつ聞こうと思っていたことがあるんだ。君たちのチーム名だ。まだ登録がされていないようだが?」
そのエディの言葉に、万友莉もサラも、今初めてそのことに思い至った、そんな思いで互いに顔を見合わせた。




