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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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36/60

36.できること

 万友莉たちが一通りの事務手続きを終えて、ユニオンを辞去しようとアメリアやマチルダの姿を探し始めた、その時だった。

「大変だ! 魔物が押し寄せて、外まで溢れ出ている!!」

 入り口に飛び込んできた男が、大声で叫んだ。スタンピード、という言葉に、一瞬で場の空気が、肌で感じられそうなほどに鋭く変質したように、万友莉には感じられた。

 間もなく、ロビィに(たむろ)していたエクスプローラたちの何人かが反射的に外へ飛び出していく。

 サラも一歩を踏み出そうとしたのを万友莉が横目に認識すると同時、受付の奥から声がした。

「落ち着いて! まず説明を!」

 そのマチルダの声に、サラや残っていたエクスプローラたちはその場に踏みとどまる。そして、注目を向けられた入り口の男は、息を整える間もなく言葉を発する。

「突然だった。魔物が出口へ殺到してきたんだ。上層の弱い魔物ばかりだが、数が多い。中にいたヤツらが対応したが、既に外に出てしまった魔物がいる」

 全力で駆けてきたのだろう、伝えるべきを一息で伝えると、男は咳き込んだ。

 そして、ほぼ間を置かずにマチルダが口を開く。

「私の権限と責任に於いて、只今を以てクェズラント・ダンジョン緊急事態を宣言。ここを対策本部とし、緊急対応行動を開始します。グレードがノーヴィスとインタミディエイトのチームは街の人たちに事態を伝え、救助と避難誘導を行って。分かっているでしょうが、今回のケースでは避難場所は王城側です。もしオフのエクスプローラに会ったら、まずここへ来るように伝えて。アドヴァンスト以上のチームは、これ以上の氾濫、及び今後起こりうる深層からの氾濫に対応するため、直ちにダンジョンへ向かって。魔物が外に出るのを防ぎ、可能なら押し返し、だけど深追いはしないで。現場では最も経験のあるチームの判断を優先、それに従い、皆が一つのパーティのつもりで行動して。各チームの斥候は事態に変化があれば順次伝令を担って。サラのチームは残って。事態の推移を見て動き方を指示します。以上、全員、行動を開始して」

 マチルダの号令を受け、エクスプローラたちは迅速に行動を開始した。それはまるで統率のとれた一つの軍隊のように万友莉には感じられて、ただただ圧倒された。

「……こういう場合に備えた訓練とか、何度もやっているの?」

 マチルダは既に受付の方へ下がり、指示を飛ばしている。万友莉はそれをサラに尋ねた。

「日本での防災訓練みたいなのはやっていないよ。だけど、ほとんどのチームはユニオンが数ヶ月おきに行うケース・スタディに年一回は参加するわ。過去の実際の事例、起こるかも知れない想定事例、そういった事態にどう行動するべきか。みんな普段から意識してるから、こういう時でも迷いなく動けるんだろうね」

 何もできないことをもどかしく思っている様子だったサラは、万友莉から質問を受けて少し冷静さを取り戻し、そう答えた。

「マチルダさんも……どう言えば良いのか……、アメイジング? 『すごかった』」

「チーフだもの。色々な事態に応じたマニュアルは全部頭に入ってるだろうし、彼女にとってはあれくらい普通でしょ」

「なるほど。すごく……クールだったね」

「……でしょ?」

 万友莉の評価に、サラはちょっと誇らしげな笑顔を見せた。そこには二人の確かな絆が感じられて、万友莉は、微笑ましさを覚え、そしてそこに、ちょっとの羨ましさが混じり合っているのを自覚した。


 ただ待つばかりの時間は、過ぎるのが遅い。

 ユニオンの建物入り口から見える範囲では魔物はおろか動く人の姿も見えず、外で未だ鳴り続けるサイレンが、逆に不気味な静寂を演出しているように万友莉には感じられた。そうしてただじっとしていると、万友莉もだんだんと焦れてきて、今自分にできることがないかを考え始めた。

 まず思いつくのは、ツボ・レーダの利用だった。既にダンジョンから出てきてしまった魔物を闇雲に捜し回るよりは無駄が無いし、それは一般人の安全にも直結するはずだ、と万友莉は考える。だが、魔素の薄い地上では、現状、正確な反応を期待できるのは半径五十メートルにも満たない。

 やはり動き回るしか無いだろうか? たとえ狭い範囲でも、魔物と人の反応を区別して認識できるなら、自分でも役に立てるのではないか、万友莉はそう思って、余計に焦れてしまう。

 そこでふと、ダンジョン一層でももっと広い範囲を探知できていた気がして、意識を“内側”に向けて、それをマイに問う。

「ダンジョン内は閉じた構造のため、上層でも魔素は薄くとも遍く存在しており、ある程度の探査距離を確保できていました」

「……つまり、開放的な地上だと、薄い魔素が更に広く拡散してるから、探知に充分な魔素が足りない、ってこと?」

「概ねその通りです」

「……まあ、マイの言ったことの逆を言っただけ……、あ、じゃあ……その閉鎖的な“場”を、作っちゃえばいいんじゃ……。マイ、神器の力ならそういったこと、できる?」

「……はい、可能です。ツボポイントを魔素の代用として万友莉を中心に定型の疑似マギ・フィールド(魔的領域)を展開することで、その領域内を探知可能とできます。ただし、半径五百メートル、高さ二十メートルの円柱状のフィールドで、生成に五十万ツボポイント、維持に一分あたりおよそ五千ほどのツボポイントが消費される推算です」

「十分で五万、一時間で三十万……合わせても八十万か。でもどうせそんなに時間掛けるわけにはいかないし、問題無いね。ポイントはまだ四億以上は残ってたよね?」

「おおよそ四十六億ほどの残高があります」

「あ、そうだった……、って言うか、だいぶ増えてない? 倒した魔物の魔素の半分は“拡散”させたんだよね?」

 万友莉がクェズラント・ダンジョンの深層を進んでいた頃、最初は八割ほどをツボポイントに換えていたものの、増える一方だと判断して途中から半分に減らしたのだが、それでもずいぶんポイントが増えているように万友莉には思えた。

「はい、しかしそれでもなお、二億を優に超えるツボポイントを得ていましたので」

「そうだったんだね……」

 度々利用していたものの、大きく使うときでも数万ポイント程度が関の山のため、全然減る様子のないその、文字通り桁違いの数字を、いつしか万友莉はただ“大きな数字”としてしか認識していなかった。しかしこの、さすがに誤差とは言えない勘違いには、もう少しちゃんと心に留めておこう、と万友莉は反省する。

 ともあれ、多い分には問題無い。万友莉はそう気持ちを切り替え、マイが表示させたカタログから早速『実行』を決定した。

 万友莉が意識を“外側”に戻すと、眼前にホログラムのように立体的な地図が表示された。すぐ側に立つサラの様子に変化が無いことから、万友莉にだけ見えていると判断できた。

 地図には建物の起伏などまで判るように表示されていて、建物の内側の、人だろう反応まで示されている。物理的な遮断が無意味なことに一瞬驚きかけた万友莉だが、魔素のすることだ、とすぐに受け容れた。地図ではダンジョンのある側は地形が高くなっていって、マップの端の方で上限にかかった。

 万友莉は、かつて自分がツボごと担がれ坂道を上っていったことが思い出され、おそらくはその先に『奈落』があるのだろう、と思う。そして、少なくとも自分がそれを考えるだけなら冷静なままでいられることに安心した。

 入り口付近を除くダンジョンの側には注目すべき人や魔物らしき反応は無かったため、万友莉は意識を別に向ける。ダンジョンの反対、市街のある側はアンジュレーションも少ないため、高さ二十メートルを超える反応はなさそうだった。万友莉はマイの設定した領域の広さがちゃんと合理的であったのだと感心しつつ、マップのあちこちへ視線を走らせた。

 魔物らしき反応はすぐに判別した。人の反応と共にあった近くのそれが消えて、討伐が進んでいることを知り、万友莉は少し安心する。だが、魔物の反応はまばらに、かなり広範囲に散らばっているようだった。市街、と言っても、高層ビルが建ち並び道が入り組んでいるようなものではないから、見通しは悪くないはずだ。だからきっと大丈夫だろう、と万友莉は思う。しかし、そう思いつつも、チーム毎に固まって動くエクスプローラたちに対して、魔物がばらけているのが、どうしても気になる。マップはこの街の全てを収めてはいない。遠ざかるほど魔物は拡散し、発見は困難になるのではないか。

 万友莉はわずかに逡巡して、しかし、こうして迷っている時間が誰かの命を左右するのではないか、そう思ってしまえば、万友莉はもう楽観の上に座して待つことはできなかった。

「……マチルダさん、話したいことがあります」

 その万友莉の声音からだけで、マチルダも感じるところがあったのだろう。マチルダは指揮をサブ・チーフに預け、万友莉とサラを人気の無い場所へと誘導した。


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