35.報告と報酬
クェズラント首都ベインジンに帰り着いた万友莉たちは、そのままユニオンへと向かった。マチルダの温情とはいえ、形式的には、アウツウェルスに現れたマスタの調査、という指名依頼のため、当然、仕事の完了を報告する義務がある。
ユニオンの入り口を潜ると、受付に見知ったアメリアの顔を見つけた。また、ロビィにも以前と変わりない雰囲気があって、万友莉はなんとなくホッとする。そして、安心を自覚したことで、万友莉が街中で感じていた、なんとなくピリついた雰囲気に、知らず不安を覚えていたことに気付く。
街中の空気が違ったことはサラも当然気付いていたのだろう、受付カウンタを他の人に任せて出迎えたアメリアと軽くハグを交わした後、そのことについて尋ねる。
「街の方で何かあったの?」
「ああ、ちょっと前から『フリー・ウィル』が活動を増やしてるんだけど、国軍と武力衝突があったみたいなの」
「暴力沙汰? へぇ~、珍しい」
「本当に。間違った情報なら良いんだけど」
万友莉は、「珍しい」と言ったときのサラが本当に驚いた様子だったのが気になって、そのことをサラ本人に聞いてみると、どうやらこの国、と言わず、この大陸全体で犯罪行為自体がかなり珍しいそうだ。サラがこの世界で暮らした八年の中で、周囲で犯罪が起こったという話を聞いた回数はほんのわずかのことで、それも、酔っ払いの迷惑行為程度のものばかり。そして、自身が犯罪行為に巻き込まれたことはおろか、直接目にしたことさえ皆無だという。
テレビやインターネットも無く、遠方への情報伝達手段はラジオか有線電話くらい、あとは人づてで広めるくらいしかない世界とはいえ、日本の治安が基準の万友莉にも、ずいぶん治安が良い世界だと思える。
各国で細かい仕組みは違ったりするが、警察組織に類するものはどこにも存在していて、それをクェズラントでは『国軍』が担当しているそうだ。
軍、と聞いて大仰なイメージを持った万友莉だが、ダンジョンでセキュア・エリアを維持していた兵士たちもその一員と聞いて、そういうものかと理解した。彼らは基本、王をトップとした命令系統の中で行動するが、王権とは独立した司法府にはストップを掛ける権利がある、と、アメリアが補足してくれた。王制とはいえ王に全ての権力が集中しているわけではなく、クェズラントでは行政が王、司法が司法府、立法はその両者が共に関わる形で権力の分散が行われている、そんなことも、アメリアは万友莉に教えてくれた。
そういった話をしているうち、マチルダが現れて、万友莉たちは報告のために二階へと向かった。
「――では、サラの総括としては、これ以上の干渉は必要ない、ということね」
サラから一通りの話を聞き終えたマチルダが、そう言ってまとめに入る。
「ええ。彼を指導するパーティは能力、人格ともにエクスパート・グレードに相応しい人たちだったし、彼自身も早い内に痛い目に遭って、あの様子なら勘違いするようなことは無いでしょう」
「了解。……この報告を以て、依頼の完了を認めます。二人とも、『お疲れ様』」
最後は日本語で声を掛けて、マチルダの表情が和らいだ。それにつられてか、形式張った様子で報告していたサラも、肩の力を抜いたようだった。お互いが事務的なやりとりに終始していたのは、万友莉に一連の流れを経験させるためであろうことは、万友莉自身もちゃんと気付いていて、そういった心遣いをありがたく思う。
「ああ、それと、マユリ。最初に提案してくれた、魔法による索敵、私から信頼できるエクスプローラに依頼して、実験してもらうわ。上手くいけば危険を減らせるのだから、試すべきよ。思い返せば、シゲハルが似たようなことをやっていたし、きっとできると思うわ」
「ありがとうございます。あと、最初は短い距離、狭い範囲から試してください。脳に強い負荷が掛かるかも知れないので……」
その危険性はマイからの指摘だったが、そこまでは伝える必要は無いか、と万友莉は判断した。
「分かったわ。留意しておく」
万友莉としては、差し出口かな、と思う気持ちもあったが、ちゃんと伝えて良かった、とも思う。魔法による索敵は、個人の手段としてはあるかも知れないが、体系的な手法として確立されているわけではないそうで、マチルダの言うとおり、危険を減らせるかも知れないのだから、試す価値はあるだろう。
「あ、忘れるところだった。まだ報酬の話もしないと」
マチルダが慌ててそんな声を上げた。サラも失念していたようで苦笑いしている。親しい間柄ではどうしても気が緩む部分もあるようだ。だが、万友莉はむしろそういった“人間くささ”みたいなものは、好ましく思う。
「マユリ個人としてのグレードは、まだ『ノーヴィス』だけど、今回はあくまでも『イクセプショナル』であるサラのパーティへの依頼となるので、マユリにも同じ査定が適用されます。その基本報酬に加えて、マスタに関わる重要案件であること、ユニオン直々の指名依頼であること、そして提供されたマスタの情報に対する報酬、諸々を加味して、それぞれに三十千シー・ダラーズ、そこから保険、年金分を差し引いて、二十七千C$が手取りになります。報酬は明日中には口座に入金されるので、各々確認してください」
公の顔に戻ったマチルダが、その伝達を一息で終わらせた。
「あの……、これ、結構高額なのでは?」
万友莉は、伝えられた金額を聞いて、思わずそう尋ねる。シンプルな食パン一斤程度が一.五C$だったので、それを基準にすると一万C$は万友莉の感覚では百万円程度になる。小麦が安いだけで、総合的な物価水準はもっと高い可能性もあるが、万友莉がサラに購入してもらった背嚢やマントはそれなりに良い作りのようだったが、どちらも二百C$程度だったため、小麦が極端に安いということもなさそうだと万友莉には思える。アウツウェルスでの緊急依頼の報酬も手取りがチームで五十千C$、つまり個々では二万五千C$ほどと、今回と同様に高額だったが、これは緊急事態だったこともあっての報酬だと万友莉は認識して自分を納得させていた。そこに今回、それ以上の報酬を提示されて、小心者を自認する万友莉としては逆に不安すら覚えてしまう。
「そうだね、マスタがらみの報酬は高額になるから、基本報酬と情報料で三分の二近い額かな」
万友莉の疑問には、サラが答えてくれた。
「……それ抜きでも……調査だけの依頼で一万C$? 日本だと百万円くらい?」
「単純比較はできないけど、年収で五十千ダラーズ近くあれば困窮はしないだろうから、それより多い……? でも、基本的に必要な支出からもうあっちとは違うから……、うーん、それくらいなのかな?」
「……そうだよね」
そもそも、同じ大陸にあるダンジョンでも産出するものに違いがあるそうだから、ものの値段なんてまちまちだろう。海外との交流も無いらしいし……、万友莉はそう考えて、日本と比較した自分が安易だったと反省する。
「ごめんね、一応こっちではイヤー・テンまでは修了してるんだけど、向こうじゃ中学すら卒業してないから……」
「そんな! 私こそ、意味の無い比較をしたから……」
お互いにそう言って、空気感が沈みかけたところで、パン! と手が打ち合わされる音がした。万友莉とサラが思わずそちらへ顔を向けると、マチルダが笑顔を向けていた。
「興味深い話だけど、確かにマユリの言うとおり、ナンセンスね」
マチルダは明るい口調でそう言ってから、表情を真剣なものに変えて、続ける。
「あなたたちエクスプローラは、命を懸けてダンジョンに潜ってくれている。だからユニオンは、この報酬でもそれに報いるのに充分だとは思っていないわ。でも、もし、あなたたちがこの報酬を高額だと思うなら、誇りに思ってほしい。あなたたちは、それに相応しいだけのことをしたのだと」
その言葉からは、マチルダの真摯な思いが強く伝わってきて、万友莉は胸に、ずん、と重みのある気持ちが生まれた気がした。
それは言葉で表すなら、覚悟、や、決意、に似ているようで、だけどそれだけでは表すのに全然足りない、万友莉にはまだ確かには知れない気持ちだった。




