表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/60

34.愛すること

「ねぇ、万友莉。悠真には偉そうにあんなこと言ったけど、私だって、他人に説教できるような立派なものじゃないんだよね……」

 クェズラントへ戻る列車の中、万友莉が車窓の向こうに、この世界に来てから初めて見る雨模様を眺めていると、サラがそんなことを言い出した。

「どうしたの? 急に、そんなこと……。私は……、サラにはああ言うだけの資格が、あるように思えたけど」

 万友莉はその時のことを思い返し、慰めなどではなく、本気でそう答えた。それはサラも分かるのだろう、どこかぎこちなくはあるが笑顔で「ありがとう」と万友莉に返す。

「でもね。あの……シディガルに到着した日、馬車の中で、万友莉が言ってくれたでしょ? 自分の身を挺してでも守るのは、自分を大事にしないからじゃなくて、もっと大切なものを守りたいからだ、って」

「……え? いやぁ……そんなこと、言いましたっけ?」

 当然、万友莉は忘れてなどいないのだが、その時の恥ずかしさも一緒に思い出されてしまい、ついそんな、とぼけたことを言ってしまう。

 そんな万友莉に、サラの目元が優しげな曲線を描く。その視線に万友莉は、ああ、こんな安い照れ隠しなんてやっぱりお見通しなんだな、と思わされる。

「……細かい言い方は違ったけど、そんな意味のことを万友莉に言われて、私、シゲさんのチームのこと、思い出したんだ」

 そこまで言って、サラは少しだけ、痛みを堪えるような表情を見せて、そして言葉を続けた。

「……私は人づてに聞いただけなんだけど、シゲさんの最期は、一人のチーム・メンバがシゲさんを庇って犠牲になって瓦解して、シゲさんは無事なメンバを地上へ向かわせるために今度は自分が囮になって、そしてその後……力尽きたんだろう、って。私は、神器が手元に現れた時に、覚悟はしてたつもりだったんだけど、それを聞いて、どうしてみんな、もっと自分を大事にしないんだ、って思った。そして、私がマスタであるせいで誰かが犠牲になるなんて絶対に嫌だ、って思って。だから私は、誰にも期待されない『持たざるマスタ』のままでいることを選んだんだけど……。万友莉に言われて、ああ、みんな、絶対、簡単に自分を蔑ろにするような人たちじゃなかったな、って、今更になってそんな、とても大事なこと、万友莉のおかげで、思い出せたんだよ」

 万友莉は、以前にマスタの責任について、バレなければ周囲の人を縛らずに済む、というようなことを自分も考えたことを思い出す。しかし、似たような想いでも、サラのそれは、親しい人、親しい人たちの、死が関わっていて、その強い実感の上に築かれた想いだ、万友莉はそう感じて、自分如きが共感できるなどとはとても言えるはずがない、と思う。

「そんな直後だったから余計に、あんな、似たような状況で、でも、悠真は、シゲさんと違って、すごい身勝手に見えて、なんか感情が爆発しちゃったんだろうね。ほんと自分でも、どの口が、って感じだったんだけど……。それでも、万友莉が、私にあんなこと言う資格があるって思ってくれるなら、それは、万友莉のおかげなんだよ。だからさ……、別に自虐を聞かせたかったんじゃなくて、ちゃんと万友莉に感謝を伝えたかっただけなの。ありがとう」

 そう言って頭を下げたサラの、真っ直ぐな想いが伝わってきて、万友莉は、自分の心に生まれた感情を、上手く捉えることができなかった。

 自分はそんなに大層なことはしていない、そんな思いが万友莉の脳裡に浮かぶ。深い考えがあるわけでもなく、感情に任せたばかりの言葉が、サラの心に響いたのなら、それはきっと受け取ったサラの手柄だ。良くて、きっかけを与えることはできた、それだけのことだ、と思う。

 そして万友莉は、自分はサラから礼を言われるような人間ではない、という卑屈な感情にも気付く。ただそれは、自分を卑下する以上に、サラへの敬意が強く大きいからこその感情ではないかと思えた。

 そんな、申し訳なさや自己嫌悪のようなネガティヴな感情がある一方で、万友莉は、こそばゆいような、体が浮つくような、そんな感触を錯覚させる、だけど決して嫌ではない感情があることにも気付く。

 それは万友莉には、『嬉しい』という感情に似ているけど、もっと強い“何か”だ、と感じられて、言葉を探すけれど、やっぱり『嬉しい』としか言えそうにない感情だった。しかし万友莉は、そう思うこと、そう認めることに、よく分からない戸惑いや不安も感じて、その理由が分からないせいで、こうも心が千々に乱れるのではないか、と感じられる。

 万友莉はその、分からない理由を考えようとして、しかし、自然とブレーキが掛かった。自室にこもり、自分の内面だけでごちゃごちゃと考えを巡らせて、結局は自分の心を、闇の奥へと向かわせていた、そんな以前の自分が想起されて、恐さが湧き上がったのだ。

 それを自覚して、万友莉は、努めてポジティヴな感情の方に目を向けた。

 今、それはやはり、『嬉しい』という感情だ。万友莉は改めてそう認識する。

 ――そう、サラに感謝されて、私は、嬉しいんだ。

 そんな単純なことを、こうして言語化して、ようやく万友莉はそれを明確に実感として受けとめることができた。

 そして、難しく考えようとするのをやめると、万友莉は不意にそれに気付くことができた。自分を理解して欲しい、自分を認めて欲しい、そんな承認欲求らしきものが、自分の中にもあるのだ、ということに。

 いや、今までもずっと、それはあったのだ。ただ、満たされること無く、ゆえに意識に上らなかったそれが、今、サラによって思いがけず満たされて、ようやくそのことを自覚できただけなのだと、万友莉はそう理解した。

 かつて、面接に落ち続けて自分が必要以上に傷ついた理由のいくらかは、そういう欲求が否定され続けていたことも無関係ではなかったのかも知れない、そんな思いつきが万友莉の脳裡に浮かんだ。

 だけど、じゃあ、自分は理解をしてもらうために、何をしただろう? ――そう考えて万友莉は、本当に自分はそのための努力をしていただろうか、と自然と自問する。

 就活の手引きは参考にした。ただ、面接のノウハウのようなものに関しては、真剣に向き合わなかった気がする。お仕着せの回答で評価されたとして、それは自分に対する評価ではない、と、そんな思いが、心のどこかにあった。でも、そんなことは面接官も分かっていたはずだ、と万友莉は今更にして思う。きっと、その上で、自分というものをどうアピールできるか、そういったことが試されていたのではないか――それが、正しい分析かどうかは分からない。だけど、自分はそういった努力はしていなかったと、万友莉は思う。

 変な意地を張らず、もっと自分をしっかりアピールできていればあるいは……、そう考えて、いや違う、という思いが万友莉の心に湧き起こる。

 私は私が嫌いだ。だから、自分の良さをアピールすることなんて、そもそもできっこなかった――その考えは、万友莉の胸に、微かな痛みと共に納得を与えた。

 面接に関するレクチャの中に、自分の短所も見方を変えれば長所としてアピールできる、そんな記述があったのは覚えている。考え方としては、なるほど、という納得があったが、自分で思う短所を長所と認めることができるかといえば、心で納得はできなかった。だから、それをしようとすれば、自分にとっては嘘になってしまう。だから、自分の精神的潔癖症とでもいう側面が、嘘をついて相手に認められるという“汚い”やり方を良しとしなかった。

 頑なで、幼稚だった。……そして、それは、今も、なのかも知れない。万友莉はそう思う。

 きっと、あの頃からずっと、心からは他人を信用していないのだ。万友莉はそうも思う。だから、自分というものを、相手に晒すことが、恐い。

 ――自分を愛せない人は、他者を愛することなんてできない。

 いつか、どこかで見たのだろうそんな言葉が、ふと万友莉の脳裡に浮かんだ。

 結局の所はやはり、自分が自分を認めて受け容れる、そこがスタートになるのではないか。自分を誇ることまでは、できなくても。

 ――だが、そうは思ったとて、やはり心は簡単に変わったりはしないことに、万友莉はもどかしさを覚える。


「ねえ、万友莉?」

 サラの呼びかけに、万友莉はつい思考に沈み込んでいた意識を引き戻された。

「もしかして、自分こそ感謝されるような立派なことはしてない、なんて、ウジウジ考えてない?」

 サラに的確に図星を突かれて、万友莉は声も出なかった。

「……やっぱり。これも、私が言えた義理じゃないけどさ、万友莉は自己評価低すぎ」

「……そう、なんだろうね。うん、一応、自覚はある……」

「そっか。でも、すぐに変える、ってワケにもいかないか……。じゃあさ、自分を認めるのは難しくても、せめて、私の言葉は、信じてほしいな」

「それは……」

 万友莉はそう言いながら考えて、すぐに、そんなことは言われるまでもない、という答えが出る。

「あ、でも、まだ出会ってから二ヶ月も経ってないのか……。それじゃまだ、それも難しいか……」

「ううん。サラのことはもう、信頼してる。時間は、そんなに関係ないよ」

 あの、信じる信じないはサラとちゃんと向き合った上で判断しよう、そんなことを思った日から、まだ二ヶ月も経っていない、という事実が信じられないような気持ちになりながら、万友莉は、確信を持ってその言葉を言えた。

「う……、そっか。そんな真っ直ぐ言われるとちょっと照れくさいけど……、でも、万友莉の言葉だから、私も、絶対に否定しないで、信じるよ」

「……うん、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」

 万友莉の「ありがとう」に間髪入れず「ありがとう」を返したサラの目は、どこかいたずらっ子めいていて、万友莉の変な負けず嫌いが刺激される。

「とんでもない。ありがとうを言うべきは私ですよ、本当にありがとう」

「何をおっしゃる、私こそ感謝を申し上げねば。ありがとうございます」

「いやいや――」

「なんのなんの――」

 ――そんな風に、少しおどけた「ありがとう」の応酬を幾度か繰り返してから、二人、笑い合った。

 自分というものを分かってもらえる、認めてもらえる、感謝してもらえる、そうして感じている感情はやはり、嬉しい、だ。そう万友莉は思う。だけどそれは、『誰かに』ではなく、『サラに』であることが、一番肝要な部分なのかも知れない。それは理屈じゃなくて、心がそう感じている、そう万友莉は気付く。

 ――まず他者を愛することが、いつか自分を愛することに繋がる――そんなことだって、あるのかも知れない。

 万友莉はそう思って、何か、自分の視界が少しだけ、啓けたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ