33.欠けた生還
「それってどちらも『追放もの』みたいじゃないですか。それは確かに秘密にしたいはずですよね……。分かりました、絶対にお二人のことは口外しません」
サラと万友莉の話を聞き終えた少年は、そう口にした。万友莉とサラが、少年――剣崎悠真と合流してから、二日後の朝のことだ。
合流当日は、時間が夜に差し掛かっていたことに加え、精神的なショックも考慮して早めに休息をとり、一行は翌日から帰路へとついた。そして一日を共にして、万友莉とサラは、悠真をそれなりに謙虚で正直な、性根は悪いやつではない、と評価した。結果、この朝、二人がマスタであることと大まかな背景を、彼に明かすことにした。
マイがサラの武器を神器だと看破したように、神器どうしは察知することができるらしく、その上、悠真の神器は喋ることができる。そうなればアンコントローラブルな状況でマスタであることが露見する可能性もあり、それなら先にきちんと伝えた上で秘密にしてもらった方が良いのではないか、そんなことを万友莉とサラは話し合い、それが可能かどうか、一日を悠真の人柄を見極めるために費やしたのだった。
「……あの……、万友莉さんは、復讐とかは、考えないんですか?」
悠真は躊躇いがちに、そんなことを万友莉に尋ねた。万友莉は一瞬、それがどういう意味か掴み損ねたが、彼が『追放もの』と表現していたことから、王や国に対してのそれを指しているのだと思い至る。
「……しないよ、そんなこと。あの時は、ものすごく恐かったし、めちゃくちゃ腹も立ったけど、仕返しなんてしても誰も得しないでしょ。関係ない人にも迷惑が掛かるし、私も、多少は気が晴れる程度の見返りには到底見合わない面倒を背負い込むだけだろうし」
「……そうですよね。それが現実、ですもんね。すいません、バカなことを聞きました……」
悠真はまだ、今までの認識を改めようとする途上なのだろう、と万友莉は思う。ただ、サラの説教は相当堪えたようで、今の発言にもずいぶん落ち込んでいる。そんな様子の彼なら、ちゃんと反省して変わっていけるだろう、とも万友莉は思う。
「……よし。そんな君には、口止め料を支払おう」
万友莉は、思いつきでそんなことを口にした。落ち込む年少を前に、サラのようには上手くできなくとも、曲がりなりにも大人として、何かしてやりたい、これはそんな気持ちだろうか、と万友莉は自己分析した。
「……? ああ! 私も私も!」
成り行きを見守っていたサラが、万友莉がバックパックから取り出した(ように見せた)“モノ”を見て、思わず声を上げた。
「え? なんなんですか?」
「これは……ドラゴンの肉です」
「えっ、ドラゴン!? ……いやでも、それが口止め料、なんですか?」
「……フッ、食べた後も、同じことが言えるかな?」
万友莉の冗談めかした言葉に、サラも、腕を組みつつ大袈裟に頷いてみせる。
「は、はぁ……?」
そんな、要領を得ない様子だった悠真も、その後、実際に万友莉から饗された焼き竜肉を口にすれば、身を以て、いや、味を以て、理解させられたようだった。
「……俺、めっちゃがんばります! 絶対誰も犠牲にしなくてよくなるようにがんばって、いつかみんなでドラゴン、食べてやります!」
肉を口にした直後はフリーズしていた悠真は、情報の処理が完了して再起動すると、「やべえ」「うめえ」とだけ喋りながら肉をむさぼるマシーンのようになった。そして肉を食べ終え、その余韻も過ぎ去った後に、ようやく悠真が口にしたのが、そんな台詞だった。一人称が『俺』になっているあたり、相当気分が高揚しているのだろうな、と万友莉は微笑ましく思う。
そんな彼に、万友莉は一つ、アドヴァイスを贈ることにした。
「そのドラゴンのいた階層にはね、中型犬サイズの……『G』が、わんさかいたんだよね……」
それを聞いた悠真が見せた、なんとも名状しがたい表情から、彼の内心を推し量ることは、万友莉にはできなかった。
その後、一行はその日の内に一気に二十階層まで辿り着いた。前日は悠真のことを見極めるという意図もあり、慎重に進んで、戻れたのは二十七階層までだったため、階層数だけで言えば二倍以上のペースだ。
鉄壁の防御を誇る万友莉を先頭に、後ろの二人は文字通りの二太刀要らずを実現する神器を振るう。また、悠真も“アレ”には葛藤もあったようだが、幸いにも彼のやる気は衰えを見せず、気迫が漲っていた。そんな悠真に触発されてサラも万友莉も知らず気合いが入れば、それだけでも進行が滞るはずがない。ただ、それ以上に、斥候いらずのマップとレーダの貢献がとても大きい、と万友莉は実感していた。
今回、万友莉は初めて、この世界のエクスプローラたちがどのようにダンジョンを進むか、実感を伴う理解を得た。また、犠牲になったトーマスがスカウトという役割を担っていたことで、余計に地図や魔物の配置を知ることの有利を意識することにもなった。
万友莉は、自分の神器がそれほど便利であることに、改めて感謝する。一方で、魔法が存在するこの世界なら、神器無しでも似たようなことを実現できないだろうか、と考える。
以前、マイは、魔素の特性を使って、あるいは魔素の存在そのものをセンサのように利用して、魔物や地形を探知しているようなことを言っていた。特殊なツボポイントが必ずしも必要でないのなら魔法で実現できるのではないか、万友莉はそんなことを思いつく。とはいえ、具体的にどうすれば良いかまでは思い浮かばない。ただ、実現できるなら、それは人の命を救うことにも繋がるかも知れない。そう考えて、万友莉は、自分で成果を出せないのなら、せめて自分の事情を知るマチルダにはこのアイディアを伝えておくべきだ、と心に刻んだ。
翌日、十九階層に上がると、マップにエクスプローラたちと思われる反応が示された。上へと続く道の途上にあったその反応に追いついてみれば、それはダニエルのチームだった。
彼らは悠真の姿を見て、雄叫びを上げるほどの歓喜を見せ、悠真の無事を喜んだ。そして、悠真が、自らの勝手な行動を謝罪しても、トーマスを助けられず自ら葬ったことを涙ながらに伝えても、彼らは悠真を責めるそぶりは微塵も見せず、無事に合流した彼をねぎらった。そんな姿を見て、万友莉は、悠真がマスタであるかどうか以前に、きっとそもそもの彼らのモラルが高いのだ、と感じられた。そして、この世界に於いて、命を懸けてダンジョンに潜るという仕事の、高尚さのようなものに触れた気がして、万友莉は自然と気が引き締まる思いがした。
ダニエルのチームは五人全員が無事だったが、精神的、肉体的の両面で疲労が激しかった。より手強くなる魔物相手には食料の現地調達にも不安があり、リーダのダニエルは断腸の思いで帰投を決定し、その途上だったという。
「後は任せてくれ、と言いたいが……。地上まで助力を頼めるか?」
「もちろん。ここのユニオンのチーフからは、できる限りあなたたちのことも助けてほしい、と頼まれたから」
「ディサ……、ンンッ。サラ、あなた方の助力に感謝する」
ダニエルは、先ほどの自己紹介の時にサラが「二つ名で私を呼ぶのは遠慮してほしい」と言ったのを、すんでのところで思い出した様子で、そんな礼をサラに言う。
わざわざそんな要望をするサラに、万友莉は以前、有名人? なんて、揶揄したようになったのを根に持っているのかな、とも思ったが、サラの様子を見れば、どうやら純粋に照れくさいだけのようだった。
その後、合流した一行は、その日を含めて六日を掛けて、新たな犠牲者を出すことなく、地上へと帰り着いた。




