31.ゲームじゃない
万友莉たちがユーマと思しき少年を視界に捉えた時、少年は通路の半ばで、横たわり動かぬ誰かの前に跪き、何かを祈るようだった。すぐ脇に、それが神器だろうか、大振りの両刃剣が地に突き立てられていて、それはまるで墓標のように万友莉の目には映った。
ややあって、少年は、両手を地につき、項垂れた。
万友莉は思わず駆け寄ろうとしたが、その前に、サラが手で万友莉を制して、先行した。
二人の足音に気付いたのだろう少年は、咄嗟に顔を上げると同時、剣の柄に手を伸ばした。
「ユーマというのは、あなた!?」
少年の反応に、サラはまだ距離のある場所で足を止め、そこから声を上げた。
そのサラの問いかけに反応した少年は、剣を地面から引き抜く前に動きを止めた。こちらが魔物ではないことは理解されたようだ、日本語で声をかけたのも良かったのかも知れない、と万友莉は思う。そして、日本語を話したらマスタであることがバレかねない、彼の為人が判らない以上、それはまだ避けるべきだ、と思い、おそらくはそういったことも考慮の上で前に立ってくれたサラに、万友莉は改めて感謝の念を抱く。
「……あなたたちは?」
少年は柄に手を添えたまま尋ね返す。安易に警戒を解かない辺り、全く考え無しに行動する人物というわけでもないらしい。
「私たちはマシュウから話を聞いて、ユーマという人物を追ってきたの。あなたがそのユーマで間違いない?」
マシュウの名を聞いて、少年の目が見開かれる。
「そ、そうです! 僕が悠真です! それで、マシュウは……? 他のみんなは? 無事なんですか!?」
「マシュウは体力の限界まで使い果たしてダンジョンを駆け抜けて、あなたのことを地上に伝えてくれた。その後すぐ意識を失ったけど、命に別状は無いはずよ。他のメンバについては、あなたを追ったはずだけど、私たちはここまでに出会えなかった。無事かどうかは判らないわ」
「そんなことに……。でも……ダニエルたちは、なんで……?」
その少年の言葉は、サラに問い返すものではない。おそらくは、そのような状況になっている理由が本当に解らないのだろう。
「あなたこそ、なんで、こんなバカなことをしたの?」
サラが容赦ない言葉で問いかけると、少年は一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せた後、反論する。
「……バッ、バカじゃないだろう! トーマスはまだ生きてたんだぞ! ネドは、マギがもっと多い下層なら助かるって、だから僕は急いで……!」
「それならそうと、なぜ他のメンバに確認しなかったの?」
「そ、それは……、時間が惜しかったんだ。僕は、英語は得意じゃないから、言いたいことを伝えるのに時間を掛けていられないと思ったんだ……」
「でも、あなたがしたのは自分勝手な行動よね? そのせいで、マシュウは全力でダンジョンを駆け戻らなければならなかった。他の人たちも、人数が欠けた状態であなたを追わなければならなくなって、今、無事か判らない。あなたの身勝手が、他の人たちを危険にさらしてるのよ?」
「……彼らは、ダンジョンのエキスパートだって言ってたし、そんなことになるなんて、思わなかったんだ……」
「それはたぶん、彼らのエクスプローラとしてのグレードが『エクスパート』のチームだ、って紹介されたんでしょう。だとしたらたぶん彼らのチームは、このダンジョンで最深到達階層を更新した時のパーティに参加していたのね。でもそれはすごいことだけど、彼らだけでできたわけじゃない。ましてや、あなたはともかく、ずっと同じチームで活動してきたメンバを欠いているのよ? 危険に決まってるじゃない」
「それは……確かに、僕が軽はずみだったかも知れないけど、でも、そんなこと、英語で捲し立てられても分からないよ……」
「あなたがマスタなら、本当に理解しようという意志を持って耳を傾けていれば、言葉が解らなくったって何となく相手の言いたいことは理解できたはずよ。少なくとも、私が知ってるマスタは、英語はからっきしだ、なんて言いながらも、ちゃんと聞こうとして、ちゃんと伝えようとして、本人は半分以上日本語で話してるくせに、こっちの人たちと普通にコミュニケーションを成立させていたわ。何なら、こっちで結婚までしちゃったんだから。あなたは、自分が英語が苦手だって自分に言い訳して、話をちゃんと聞こうとしてなかったんじゃない?」
「そんなことは! ……あったのかも、知れないけど……」
「そもそも、私たちがマシュウから聞いたのは、『もっと深層なら助けることができたかも知れない』とメディックが言った、という話だったわ。分かる? いくら英語が苦手だって、完了形くらいは分かるでしょう? それが、何を意味するか」
「だけど、あの時はまだ、トーマスは死んでなかった。まだ『戦闘不能』だったんだ……。だから、魔力が足りる場所なら『リヴァイヴ』が効くかも知れないって、思うじゃないか……」
「は……?」
サラが思わず漏らした言葉と、万友莉の感じた想いは全く同じだった。端的に言えば、意味が解らない。
解らないのは、彼が、それを、本気で言っていることだ。そう、本気で……まるで、ゲームの話でもしているようだ、そう思った万友莉の脳裡に、彼が、“この世界の魔法をゲームのような万能なもの”と考えているのではなく、“この世界がゲームのようなもの”と考えているのではないか、そんな発想が生まれた。
馬鹿馬鹿しい、と万友莉は思う。思うのだが、その発想を棄てることはできない。彼の発言を反芻すると、それは、ますます正しい思いつきに感じられる。
「……まさか、本当に、ここをゲームの世界だと思ってる……?」
その万友莉の声はささやくように小さなもので、少年の耳には届いていないだろう。だが、すぐ側に立つサラの耳には届いた。万友莉は、無意識にそれを期待していたのかも知れない、と思う。聞いたサラが、それを、笑い飛ばしてくれることを。
「あなた、まさか、ここがゲームの世界だなんて思ってるんじゃないでしょうね」
だがサラは、万友莉の言葉に、それが正しい可能性を見出したのか、あるいは、そんな馬鹿げた可能性を少年自身に否定してほしかったのか、少年にそう語りかけた。
「えっ……?」
それが、急に全く意想外の指摘をされて戸惑うような反応なら、良かった。万友莉は、そしておそらくはサラも、それをどこかで期待していた。しかし、彼の反応は、そういうものとは違うと感じられた。ちょっとしたニュアンスの違いでしかないかも知れないが、少なくとも万友莉にはそれが、彼が、違うの? とでも言いたげな反応だと感じられた。
「……あなた……、本気で、そんなこと思ってるの……?」
サラも、万友莉と同様の印象を、少年の反応から受けたのだろう。そのサラの言葉にはいろいろな感情が混ざり合っているようだったが、呆れの感情が多分に含まれているように万友莉には感じられた。
「まさかあなたは……復活の魔法なんてものを信じて、こんなバカなことをしたって言うの……?」
そして、続けてサラの口から溢れたその言葉からは、苛立ち、あるいは怒りの感情が滲み出るようだった。
「だって、だって、ここは……『ドリバー』のクリア後の世界じゃ……。なあ、そうだよな、フラガラッハ!? ここは俺の知ってるゲームの世界なんだよな? だって、突然世界中にダンジョンが生まれて、地上の魔物がみんなそこに消えたって、まんまエンディングの展開だもんな? お前の姿だってそうだよ……ゲームのグラフィックそのままだもんな?」
少年は、突き立ててあった剣に向かって話しかけた。それを見て、万友莉は、彼の神器が『喋る剣』だとマシュウが話していたことを思い出した。果たしてそれは、何の誇張もない事実だった。
「ここがゲームの世界であるかどうかは判らぬ。それを判断するだけの情報を我は持たないゆえに。そして、我の姿はマスタの記憶から最も相応しい姿を写し取っているに過ぎず、マスタの言うゲームとは無関係である」
剣の、鍔の部分のデザインだと万友莉が思っていた部分が口のように開き、そこから声が放たれた。その声は良く通るバリトンで、しゃべり方からも、マイと違って男性的だ、という印象を万友莉は受けた。
そんな万友莉の心中と関係なく、少年と剣は対話を続ける。
「は? ……そんな大事なこと、何で今更になって言うんだよ……?」
「今更なのは、問われたのが今更だからである。我は、マスタが名付けたとおり『回答するもの』。ゆえに、問われなければ答えることはできぬ」
「じゃ、じゃあ、死者を復活させる魔法は? 魔法じゃなくてもいい、何か方法は無いのか?」
「我に備わる情報の中に、そのようなことを為せる方法は、無い。心肺停止状態の者への救命術としての蘇生方法ならば情報を持つが、この者の死因は外的なものに因るうえ、すでに時間が経ちすぎており、その情報は用を成さぬ」
「そんな……、じゃあ、僕は……、僕がしたことは本当にただの……」
少年の声は力を失っていき、それ以上の言葉は声として発せられることは無く、後はただ、その目から涙を溢れさせるばかりだった。
その姿に、どこか怒っているようだったサラも、声を掛けることは憚られるようだった。
万友莉とサラは、少年の押し殺した鳴き声ばかりが静寂を際立たせる通路に、暫し、ただ立ち竦んでいた。




