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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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29.危急

 アウツウェルスのユニオン・ビルの内部は、細かいレイアウトこそ違うものの、雰囲気としてはクェズラントのものと似ていた。

 ただ、時間帯なども影響しているのだろうか、広い待合所には、万友莉がクェズラントで見た時よりも人が多い。十人は超えない人数で一塊になっていて、その塊が四つほど、待合所にばらけている。それぞれに集まっている人たちは、一つの塊が同じチームのメンバなのだろう、と万友莉は推察した。彼らの内の何人かが万友莉たち、というよりもサラに気付いて、「ディサイプル」だとか「イクセプショナル」と小声で言い合っているのが万友莉にも聞こえた。ただ、その声や眼差しからは純粋な驚きや尊敬が感じられるばかりで、小声なのは単にサラに遠慮してのようだと万友莉には感じられた。

 サラはそんな声を尻目に受付へ向かう。それに続く万友莉の目に、サラに気付いたのだろう受付の男性が背後へ向かって何事かを伝えているのが見えた。そして、サラが声を掛けると、やはり受付はサラのことを知っていたようで、ようこそ、と歓迎した後、チーフが対応する、との返答があった。

「……有名人?」

「う……、シゲさんが有名だったせいだよ……」

 万友莉のからかいに、サラは少し困ったように答えつつも、その言葉には誇らしさが混じっているように万友莉には感じられる。

 二人がそんなやりとりをしていると、ほどなくチーフが現れた。しかし、ディオゴと名乗った彼によると、新たに召喚されたマスタ、ユーマは、現在、指導役のチームと共にダンジョンへダイヴ中だという。平常時にダンジョンへ向かう際に提出が義務づけられている『活動計画書』によれば、今回のダイヴは十日から二週間ほどで帰還するプランで、現在は突入から五日ほどが経過しているという。

 それを聞いた万友莉とサラは、翌日に改めてユニオンに顔を出し、状況に異変がなければ、手続きの後にそのままダンジョンへ向かうことに決めた。折り返しに差し掛かっているだろうとはいえ、あと五日以上をただ待つとなれば実りもないし、万友莉としてはクェズラント以外のダンジョンも経験しておきたいと思っての決定だった。


 そして翌日。万友莉とサラは、アウツウェルス・ダンジョンへ向かった。

 それは予定通りの行動ではあるが、予想外の事態に急かされての行動でもあった――。


 ダンジョンへ向かうべく、まずユニオンに顔を出した万友莉たちを迎えたのは、前日とは打って変わった雰囲気の待合室だった。

 前日は話し声が聞こえていても静かで落ち着いた雰囲気だった待合所は、前日よりも人が少ないにもかかわらず、どこかざわついて、緊迫感のようなものが感じられた。

 カウンタの脇にはディオゴが出張ってきているのが見えた。目の前の椅子に腰掛け項垂れる、疲労困憊といった様子の人物から、なにやら話を聞いているようだった。

 それをやや遠巻きに様子見するエクスプローラたちの間から、サラと万友莉が近づくと、それに気付いたディオゴが二人を呼び寄せた。

「君たちはダンジョンへ向かう予定だったな? 準備は済んでいるか?」

「ええ、手続きが済めば、すぐにでも向かえるわ」

「手続きはしなくていい。私から緊急依頼を出すから、この後すぐダンジョンへ向かってくれないか?」

「……何があったの?」

「マシュウ、疲れているのに同じ話をさせて済まないが、この二人にも事情を説明してくれ」

「……彼女たちは?」

「イクセプショナル・エクスプローラ、サラのチームだ」

「サラ!? 『ディサイプル・オブ・ザ・スピアマスタ』か! ソロで活動していると聞いていたが……、いや、それは今は問題じゃない。ユーマを助けてくれ、頼む!」

「とにかく、まずは事情を聞かせて」

「もちろんだ。順を追って話そう――」


 ――六日前、マシュウの所属するチーム『シディガル・ゲイナーズ』にユーマを加えたパーティは、二度目のダンジョン・ダイヴに向かった。初回のダイヴは予想以上に順調に計画を完遂していて、今回も同じように事が進むだろうと、皆思っていた。

 だが日付で二日前、早くも二十階層を越えたところで、事件が起こる。

 一行が通路を進んでいると、出口の向こう、セクタに入って少し進んだ、木々が開けて道のようになっている所に、背中を向けたサルの魔物が見えた。腕よりも太い棍棒を高く掲げたその姿は、今まさに目の前の“敵”へそれを振り下ろさんばかりに見えた。しかし、それが罠である可能性を、マシュウたちは知っていた。

 だが、ユーマは飛び出した。マシュウたちが彼と情報を共有する間もなかった。そして、マシュウたちのチームで斥候を担当するトーマスが、いち早くユーマの背中を追い、他のメンバはそれを遅れて追った。

 果たしてそれはやはり、人間を誘い込むための、魔物の演技だった。駆け寄るユーマの足音に振り返った魔物は、笑っているように見えた。魔物は間合いに入られる直前に大きく飛び退き、ユーマは何かに足を取られたように体勢を崩した。魔物は地面にも仕掛けをしていたのだろう。その、体勢を崩したユーマに、木の上から別のサルの魔物が襲いかかった。ユーマは葉の音でそれに気付いたようだったが、体勢が悪かった。そこに、トーマスがユーマを庇うように飛び込んだ。

 それは、探険者から奪ったものか、拾ったものか、木の上から現れた魔物の手には、大振りのナイフが逆手に握られていた。その刃は、ユーマに覆い被さるように飛び込んだトーマスの背中に、不運にも骨を避けてしまったのだろう、革の鎧を貫いて、深く根元まで突き刺さった。

 その魔物は、次の瞬間にはユーマの斬り上げによって逆袈裟に切断された。それに激高してユーマに飛びかかった囮役の魔物も、ユーマの一閃のもとに斬り伏せられた。隠れていたのだろう同種の魔物数体が散り散りに逃げると、他に魔物が直ちに現れる様子は無かった。

 遅れて追いついた、リーダのダニエルを始めとしたパーティの前衛が周囲を警戒する中、メディックのネドがマシュウを補佐にトーマスの処置にあたったが、結果は芳しくなかった。生物の魔法抵抗によって魔法による傷口の回復に時間が掛かったために、トーマスの生存は確認できたが、血が流れすぎたのだろう、彼の命は風前の灯火だと、誰の目にも明らかだった。

 その結果に、ネドが「もっと深い階層なら……」と悔しげに呟いた。それに対してユーマは、解らない言葉で何かを捲し立てた。そして言葉が伝わらないことに気付いたユーマは「ディープフロアー、セーブ、ヒム?」と尋ねた。ネドはそれに対し「魔素量の多い深層なら、傷をもっと早く癒やせたはずだ。それなら、助けることもできたかも知れない」と答えた。それを聞いたユーマは、自身の持つ神器、喋る剣に、何事かを尋ねた。マシュウはユーマと剣の話す言葉は解らなかったが、これまでの経験則から、次のフロアへの道を尋ねたようだと考えた。だが、今それをする理由には思い至らない。だからマシュウは自分の考えに確証は持てず、ユーマの次の行動を止めることはできなかった。

 そしてユーマは突然、瀕死のトーマスを背負うと、立ち上がった。

 何をするつもりなのか、周りがそれを尋ねる間もなく、ユーマはトーマスを背負ったまま猛然と駆け出した。その行動を、他のメンバの誰も予想できていなかった。ゆえに、誰も咄嗟には追えず、通路の向こうへ消える彼を見送ることになってしまった。

 リーダのダニエルは悩んだ末に、チームでポータを務める、脚力に信頼のあるマシュウを地上へメッセンジャとして送り出し、残りのメンバ五人で慎重にユーマを追うことにした。万全でないパーティでこれ以上深層に向かうのは危険だったが、追う対象がマスタとなれば決して見殺しにはできない。

 マシュウにとっては幸いに、そこまでの道のりはユーマの神器の導きによって、最短と思われるルートを魔物を駆逐しながら進んできたし、戻るにつれてセキュアなエリアも増える。トーマスに次いで方向感覚や記憶力に優れたマシュウであれば、一人で戻ることに危険は少ない。

 そしてマシュウは、最低限の保存食のみを背負って、来た道を駆けた。途中で出会った人たちの助力もあり、わずかな仮眠を幾度かはさみつつも、一日と半日足らずで、こうして地上へ到達することができた――。


 語り追えたマシュウは、頼む、という言葉を最後に、糸が切れたように意識を手放した。ディオゴは、使命を果たして安心したのだろう、と言う。事実、万友莉の目にも、その寝顔は安らかなものに見えた。

 そして、万友莉は思う。この世界に於いて、マスタという存在は、自分が思っていた以上に重要なものなのかも知れない、と。

 一日半を掛けずに上層の二十階層ほどを踏破することは、万友莉にもできなくはないと思える。だがそれは、ダンジョン深層で鍛えた身体能力と、神器の恩恵あればこそだ。

 マップやレーダなんて便利なものの無いマシュウは、常に精神的に気を張っていただろう。その上で、彼は身体的にも限界まで走り続けた。マスタとなれば決して見殺しにできない、そう言った時のマシュウからは強い気迫のようなものが伝わってきて、万友莉は何か胸に迫るものを感じた。そこには、もしかしたら相手が家族や恋人だってそこまではしないんじゃないか、そう思うほど強い想いがあるように万友莉には感じられた。

 マシュウに対して、ディオゴや周囲のエクスプローラたちからは敬意のようなものを感じた。だが、それは彼を英雄のように仰ぎ見るものではなく、誰が同じ立場でも同じようにするだろう役割をきちんと果たした事への敬服や賞賛のようなものと、万友莉には感じられた。そして、本当に誰が同じ立場でも、彼らは個々に死力を尽くすのだろうと、万友莉が自然とそう思うような雰囲気が、そこにはあった。

 かつてサラは、マスタには責任がある、というようなことを言っていた。万友莉はそれを、立場に応じた社会的な責任を取らされる、という程度に考えていた。だが、マスタの周囲の人たちは、自らの命すら掛ける想いを持ってマスタと関わっている。

 重いはずだ。言い換えれば、マスタは周りの人たち全ての命を預かっている。その責任が、重くないはずが無い。

 万友莉は、今の自分がその責任から逃げているようであることに、罪悪感を覚えた。しかし同時に、マスタだと知られなければ、自分に関わる人たちに重い枷を嵌めずに済むのだ、そう思って安心もした。

 ――サラは、どう考えているのだろう?

 万友莉は少し気になった。しかし、サラが重い責任を背負うことからただ逃げているとは、全く思えない。

 それに、サラがどう考えていようとも、その責任との向き合い方は、誰かの尻馬に乗って決めて良いようなものじゃない、ちゃんと自分で考えて答えを見つけなければいけないことだ、そう万友莉は思う。

 ――私は、どう考えるべきなんだろう?

 しかし万友莉は、その答えを見出すことは、まだ、できなかった。


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