28.新たな地で
アウツウェルスの首都シディガルの駅舎は天井が高く、万友莉にとっては、かつて何かで見た、イギリスかどこかの駅舎が連想される雰囲気の大きな駅だった。
それはベインジンでも同様ではあったのだが、首都中心部以外の駅、特に人口集中地域から離れてから、途中で宿泊のために下車した三つの駅などは、日本で言えば各駅停車しか止まらないようなこじんまりとした駅だった。そのため、万友莉はこの“雰囲気のある”駅舎に、改めて自分が“異郷”にいるのだ、という感慨を呼び起こされた。
「あぁ~、やっと着いたぁ~」
万友莉のすぐ隣では、サラが伸びをしている。この三日間、一日あたり五時間から六時間ほどのほとんどを、車中で座ってばかりで過ごしていたのだから然もありなん、と万友莉は思う。だが同時に、たまにとはいえアヴァタの制御をマイに預けてツボルームでのびのびしていたことに、後ろめたさと申し訳なさを覚えて、今度サラのためにツボカタログでクッションなり暇つぶしの道具なりを探してみよう、と、小さな決意を心に刻んだ。
「万友莉、いつまでもここにいても仕方ないから、早速ここのユニオンに向かおうか」
万友莉の心中など当然知る由もなく、すっかり旅の疲れなど感じさせない様子でサラが言う。
「お、おーけー」
万友莉は、そんな普段通りなサラの姿に、やっぱり余計なお世話かな、などと先ほどの決意を早くも挫けさせかけていたが、そういう遠慮も私を陰キャたらしめている原因ではないのか、と自分を叱咤しつつ、サラの背中を追った。
ベインジンでもそうだったが、駅舎と、ユニオンの施設があるダンジョン周辺は、やや距離の離れた場所にある。身体能力に優れた万友莉とサラでも歩けば小一時間はかかる距離を、自動車は存在しないこの世界で、移動する手段は馬車だった。
二頭の馬が引く箱形の四輪車は、大人で定員十二名ほど。だが今は万友莉とサラの二人だけを乗客として、常足と速歩の中間くらいの速さで軽快に進んでいる。
駅馬車は街中を巡回する形のみで運用されていて、国を跨ぐような移動にはもっぱら鉄道が利用される。この大陸にある六つの国はいずれもダンジョン抱え込むように造られた『首都』に人口が集中しているため、長距離の移動を汽車以外に頼ろうとすれば途中での補給などは期待できない。だから、相当の準備が必要となるそれは、補給が望めるダンジョンに挑むよりも過酷な挑戦とさえ言える――万友莉は、汽車の旅の中でサラに聞いたそんな話を思い返していた。
都市部、といっても、外の景色は万友莉から見たら“のどか”なものだった。ほとんどの建物は平屋で、土地は贅沢に広く使われているから建物が密集しているのは商店街やユニオン施設群のような明確な目的のある場所くらい。駅舎よりも背の高い建物といえば、塀の向こうに見える三階建てほどの、万友莉の認識では『砦』と形容するような大規模な建物くらいで、しかも、サラによれば、その『砦』はこの国の『王城』であるらしい。
歴史は苦手だった万友莉の感覚では、汽車、駅馬車、城塞、そういった事柄が一緒くたに存在するこの世界が、近代と近世と中世がごっちゃになった世界のように感じられる。一方で、もしここがサラの言うような『超未来』とでもいう世界なら過去の歴史区分なんて大した意味はないのだろう、などと思ったりもする。
そんなとりとめのない思案をしていた万友莉だが、視界の中にとある生物の姿を見出し、一気にテンションが上がる。いや、ブチ上がる。
「あッ! ねこさんですねぇ!」
「どうした急に」
幅広く取られた馬車用の道路はフェンスによって四車線に仕切られているが、その中程のフェンスの上に鎮座し、すれ違おうとする馬車を睥睨するネコが居る。それこそが、万友莉のテンションを爆上げさせた生物の正体だった。
「サラさん、サラさん、あすこにねこさんがおりまするよ」
「……ああ、いるね。って、ホントどうした、そのキャラ」
「え? ……いやぁ、テンション上がって、つい」
「つい、でそんなになっちゃうほど、ネコ好きなの?」
「好きっす。でも、イッヌも好きっす。ウサギなんかもありっす」
「……つまり、カワイイ動物が、キャラ変わるくらい好きなのね」
「うっす。恐縮っす」
「フフッ。……もう、どんなキャラなの。普通に日本語で話してるし」
「あ、ごめん」
「まあ、どうせ御者さんしかいないし、一番後ろのここならそれも大丈夫でしょうけど……。……フフッ、アハハッ!」
万友莉の発言を思い返してか、サラが笑い出す。そのせいで万友莉も遅れて恥ずかしさが込み上げて、脳裡に言い訳めいた言葉が湧き上がる。
――別に、ネコを見る度にいつもこうなるわけじゃない。見かけたのはずいぶん久しぶりだったし、この世界でネコに出会うことなんて想像もしていなかった、そこに不意打ちのように見かけたものだから、ちょっとくらい、いや、ちょっとじゃないかも知れないけど、変になるのも仕方ない……はず。
そんなことを思ってから、万友莉はふと思いつく。
「そういえば……、ネコとかイヌとか、そういう魔物はダンジョンで出会わなかったけど……」
「え? ああ、それね……」
万友莉の呟きを聞きつけて、サラが目頭の涙を拭いながら答える。万友莉としては、そこまで笑う? と文句の一つも言いたくなったが、ひとまずサラの言葉に耳を傾けるべく、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「愛玩動物とか、家畜として飼われてる動物とかって、不思議と魔物化はしてないみたいなんだよね。この、馬なんかもそうでしょ?」
言われてみればそうだ、と万友莉は思う。足が六本も八本もあったり、角や翼があったりする馬は、ファンタジィや神話に存在するのは知っている。だが、ドラゴンが実在する(らしい)この世界でも、そういった魔物とは出会っていない。そしてそれはネコやイヌにしても同様だ。
万友莉は、その事実に自然と「良かった」と思って、そう思ったことに落ち込んだ。
「……ん? 万友莉?」
相変わらず万友莉の気持ちの変化に聡いサラに、敵わないな、と思いつつ、万友莉は自分の気持ちを言葉にする。
「ごめん。ネコとかの魔獣がいなくて、良かった、って思っちゃって。でも、じゃあ他の動物ならいいの? って、自分の身勝手さにちょっとへこんだ」
「……でも、それは……」
「うん、言ってもしょうがないことだって、解ってるつもり。ましてや、ダンジョンにいる魔物は普通の動物よりもずっと凶暴で凶悪なんだし、そこは、ある程度はちゃんと割り切れてると思う。でも、例えば……、そう、アニマルウェルフェアって考えは広く実行された方が良い、って解ってても、そんな考え方はただの偽善だ、欺瞞だ、って意見にも、そう言いたい気持ちもちょっとは分かるな、って、つい思っちゃうみたいなもので……。上手く言えないけど……、うーん、でも一番は、自分の、そういう煮え切らなさが嫌なのかも……」
「でも万友莉、良いんじゃない? それは煮え切らなくて。だって、『命』なんて大切なものを簡単に切り分け出来ちゃう方が、人としては恐いと、私は思うよ。大事なのは、いざって時に優先順位を間違えないことで、その時のために、そういうこと考えて色々悩んでおくのは良いことだと思う。でも、それで自分を悪くするのは違うよ。そんなんじゃ、いざって時に、自分を最初に犠牲にしちゃう……。それは、違うよ……」
だんだん深刻な様相を深くしていったそのサラの言葉には、重みがある、そう万友莉には感じられた。
万友莉はその言葉の奥に、深い悲しみが潜んでいるように感じられて、また、その悲しみが隠されようとしていることが、サラの意思や覚悟の強さの表れだと感じられて、強く胸を衝かれた心地になった。
きっとサラは、この世界で生きてきた八年という年月の中で、その言葉がそれほどの重みを持つだけの経験をしてきたのだろう、そう思えば、万友莉は軽々しく何かを言うこともできない。
しばしの重苦しい沈黙の後、先に口を開いたのはサラだった。
「……ごめん、変なこと言った……」
「変じゃない!!」
また考え無しに言葉を口にしてしまった、万友莉は頭の片隅でそんなことを思いながら、だけどこれは間違いじゃないはずだ、と感じる心に従って、言葉が衝動的に溢れるに任せる。
「でも、私は! 絶対にそんな自罰的な理由で犠牲になんてならない! だって、私は、安全な場所で、安全な装備に身を包んだ人形を操るだけの、卑怯者だから。だけどサラは、そんな私を、羨みも蔑みもしないで、否定せずにそのままで仲間に受け容れてくれた。それは、すごく嬉しいことだったんだよ! だから、だから……、もしいつか私が身を挺してサラを守ることがあっても、それは自分を大切にしないからじゃ、絶対ない。それはただ、自分よりもっと大切なものを守るためなんだよ!」
万友莉はそれを言い切ってから、私はこんなことを思っていたのか、とか、もしかしたらまた恥ずかしいことを言ったのかも知れない、というような考えが頭を掠めたが、心はただ、サラに沈んだ顔をしてほしくない一心で占められていて、驚きや羞恥を感じる余裕は無かった。
サラは、万友莉に少し気圧されるような表情でその言葉を聞いていたが、聞き終えるとその言葉を噛みしめるように目を閉じた。わずかの後、目を開いたサラの表情は、なにかに納得したような顔だった。
「……そうか、うん、そうだよね。みんな、そうだった……」
そのサラの言葉が、どんな意味を持つのか、万友莉には知れない。ただ、サラの表情はさっきより少しだけ晴れやかに見えて、万友莉はそれをただ、良かった、と思う。
「万友莉。私は、万友莉が卑怯者なんて思わない。万友莉は自分に与えられたものを、上手に使っているだけだよ。卑怯者って言うなら、そんな万友莉に甘えきってる私の方だよ」
「そんなことは……」
「無い、でしょ? だから、万友莉ももう、そんなことは言わないで? ……だってその、……た、大切な仲間がさ、そんなこと言うのは、やっぱ、嫌でしょ?」
「う……、あ……、……はい」
優しい笑顔で、そして最後は少し恥じらうように伝えられたサラの言葉に、万友莉はなんだか猛烈に恥ずかしさが込み上げて、それだけの声を絞り出すのがやっとだった。




