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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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26.優しさにふれて

 内側に向かって開け放たれていた大きな観音扉の、向こう側の光景を見て、万友莉がまず受けた印象は、役所、というものだった。

 正面向こうには長いカウンタが左から伸びて、その手前のスペースにはベンチが並ぶ。その様が、市役所や銀行などの待合室を連想させたのだ、と万友莉は理解した。

 カウンタは右手の方でL字に奥へ折れて、奥へ続く通路のガイドにもなっている。その通路の手前、右側面の壁には二つの扉が並び、その扉の間には男女を模したとすぐ解るピクトグラム。その下に記されたアルファベットを読むまでもなく、そこがトイレだと万友莉にも知れた。

 そういった光景を天井に埋め込まれた白く光る照明が明るく照らしている。万友莉の目には、それは見慣れたLED照明と変わらないように見えるが、その動力が電力なのか魔法的な力なのか、あるいは別のものなのか、万友莉には判断は付かない。

 カウンタの向こうには今は職員が一人、その背後はカーテンが降りていて中の様子は見通せない。窓口の職員は女性で、万友莉たち、というよりはサラに気付いて、カーテンの奥へ何やら声を掛けた。

 サラはその窓口へ一直線に向かい、受付に声を掛けた。

「アメリア、ただいま」

「お帰りなさい、サラ! 大丈夫だった?」

「もちろん」

 サラと、サラがアメリアと呼んだ女性のやりとりは気安い。万友莉はサラが、ユニオンのチーフとは家族のようなものだ、と語っていたのを思い出し、彼女がそうだろうか、と思うが、見たところアメリアはまだ若く、チーフを務めるほどとは思えない。ただ、そういった年齢を基準とした考え方は日本的な先入観かも知れない、と万友莉は思い直す。

 つい立ち止まってそんなことを思っていた万友莉を、サラが手招きする。万友莉は一拍遅れてそれに気付いて、早足でカウンタに近づいた。

「紹介するわ、アメリア。彼女は万友莉。これから私とチームを組む人よ」

「ワオ! やっとチームを組んでくれるのね、サラ! ああ……じゃあ、その人が……?」

 アメリアは、サラの言葉に喜びを見せてから、万友莉の方へ視線を向けて言葉を濁した。それを見て、この人はある程度は私の事情を知っているのだろう、と万友莉は察する。ただ、サラとアメリアはお互いかなり信頼し合っているように見えて、不安はあまり感じなかった。

 アメリアがサラに視線を戻すと、サラはアメリアと目を合わせながら自身の唇にスッと人差し指を立ててみせる。それは大したことないジェスチャだったが、サラの容姿のせいだろうか、万友莉には、なんだかサラが生粋の外国人みたいだ、と思われた。

 万友莉としては、出会ってすぐの頃はむしろサラの日本人的な言動に見た目とのギャップを感じていて、それがダンジョンで一緒にいるうちに気にならなくなっていただけに、今またサラの新しい一面を見たように感じた。

 そして万友莉は、自分の心中でよく分からない感情が蠢いているのを感じる。

 ――ああいった仕草がこの世界の普通であるなら、私の態度や仕草からマスタであることがバレる可能性があるのではないか、そんな不安が、たぶんある。

 ――日本で暮らしていたと言っていたサラだから、ダンジョンで私に見せていた態度は彼女の“素”なのだろう。そのくらい私を信用してくれていた、それは……嬉しい。

 ――あれほど親しげなアメリアへの態度が“余所行き”ということもないだろうから、あれもまたサラの“素”なのだろう。そのことは少し……寂しい?

 万友莉はそんな風に考えて、自分の感情を分析しようとした。しかし、どれも全くの的外れではないけれど正鵠を射てもいない、そんなもどかしさがあるばかりで、心が晴れることはなかった。

 そうしているとほどなく、カウンタ脇の通路の奥から一人の女性が現れた。当然だがその人も万友莉から見たら外国人的な容姿で、年齢は五十は超えないくらいだろうか、と万友莉には見えた。ただ、その顔立ちからは明確にアメリアとの血縁関係が窺われ、おそらくは母親なのだろう、と万友莉は思う。

「マチルダ! ただいま」

 その女性に気付いたサラが声を弾ませた。

「お帰りなさい、サラ。だけど、チーフと呼びなさい、公共では」

 サラがマチルダと呼んだ女性は、言葉でこそサラをたしなめたが、その表情には喜びが溢れていた。

「えへへ……、ごめんなさい、思わず」

 サラも本当に嬉しそうな、安心したような表情を浮かべていて、万友莉には、サラが家族“みたい”と言っていた関係は、理想的な家族“そのもの”と見えた。

「それでは、報告は奥で聞きます。二人とも、付いてきてください」

 マチルダはそう言いいながら、サラに、それから万友莉に目線を送って、踵を返す。

「行こう、万友莉」

 そう言うサラの笑顔に、万友莉は、緊張がほんの少しだけほぐされるのを感じつつ、二人の後に続いた。


 通路の奥で階段を上り、二階の廊下をマチルダに導かれるままに進むと、やがて両側に扉が並ぶ通路へ辿り着いた。扉は木製で重厚感がある。扉の周囲には部屋の用途を示す表示などは見当たらない。マチルダは通路半ばの扉を開くと、扉を押さえる役割をサラに託し、中へ入っていく。万友莉が中を覗くと、正面に三歩も進んだところにまた扉があって、マチルダはそこのカギを開けているようだった。

「この部屋は、機密性の高い話をするための場所」

 サラが万友莉に簡潔な説明をする。万友莉は、自分はそんなに不思議そうにしていただろうか、と思うが、間もなくマチルダが奥の扉を開いたため、気にするのをやめて、サラと共にマチルダの後に続いた。

 部屋は八畳ほどの広さで、中央にテーブルを挟んでソファが向き合うだけの簡素な内装だった。奥側のソファにマチルダが座り、サラと万友莉に手前側のソファに座るように促した。そして二人が落ち着いたのを見計らって、マチルダが口を開く。

「まずは……、お疲れ様、サラ。改めて、お帰りなさい」

 そのマチルダの言葉に、万友莉の脳は一瞬、混乱し、そして驚きが湧き起こった。それが、流暢な日本語だったために。

「秘密を隠れて盗もうなんて人はまずいないけど、事が事だけに、慎重を期して、ね。この言葉を理解できる人はマスタと関わりの深い人だけだから」

 万友莉が驚いた様子を見て取ったのか、マチルダがそんな弁明をする。万友莉は納得しつつ、更に驚いた。

「……日本語、すごくお上手ですね」

「ありがとう。シゲハルは仕事の関係上、家を空けることは多かったですが、それでも私は彼と十七年連れ添ったのです。そこそこ上手にしゃべれますよ」

 万友莉は内心で、そこそこというレベルじゃないのでは、とは思いつつ、納得したように頷いてみせた。

「それでは、まず……、こちらの自己紹介ね。私は、マチルダ。マチルダ・ヒューズ=サナダよ。『十文字槍の使い手マスタ・オブ・クロススピア』シゲハルの妻で、サラのこの世界での母親代わりです。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「それでは……そうね、まずはあなたの名前を教えてくれる?」

 尋ねられた万友莉は、ちらりとサラの方を見る。サラは、ただ万友莉に力強く頷いて見せた。そこにはサラのマチルダへの信頼が現れていて、万友莉も意を決して日本語で名乗った。すると、サラが「そういえば万友莉の苗字は初めて聞いた」などと言い出して、呆れたマチルダと多少のやりとりをしたが、そこには、万友莉には本物の家族としか思えない気安さがあって、この時に心に過ぎった気持ちが羨望の類いであることを、万友莉は自覚した。

「……では私もマユリと呼ばせてもらうわね。それで、やっぱり、あなた……マユリは、『アルジ』なのね?」

 万友莉は一瞬『アルジ』の意味を捉えかねたが、すぐにそれが『主』、つまりは『マスタ』のことを指すのだと理解して、そのようです、と答えた。

「神殿から運び出されたのは、大きなツボ、だという報告を受けていたけど……、その中に入れられたの?」

「ううん、そのツボが変形してこの鎧になっているんだって。実際、私の槍が防がれたもの」

 少し戸惑うようなマチルダの問いに、万友莉に先んじてサラが間を置かず答える。

「変形……? でも、そうね、“それら”を常識で考えるべきじゃないわよね」

 マチルダはサラが立てかけておいた槍を見つつ、そう言った。万友莉は、その様子からマチルダがサラの事情をかなり詳しくまで知っていると判じて、二人の間にはやはり相当強い信頼関係があるのだ、と思う。

 その後もマチルダとサラは日本語で会話を交わしていく。やりとりされるのはサラが万友莉と出会った時の状況や、この国のエクスプローラがほとんど踏み入らない、あるいはまだ全く踏み入れないフロアの情報などで、それもさほどの時間を掛けずに終了する。

 最後に、万友莉はエクスプローラ登録に必要だという個人情報だけを尋ねられ、細かいあれこれを詮索されることはなかった。それは万友莉にとってありがたいことだったが、同時に拍子抜けでもあり、それで良いのだろうか、と疑問に思う。

「だって、事情を知る人間は少ない方が良いもの。だから、聞かない。あと、あなたも苗字はできるだけ名乗らない方が良いわ。もし必要なら、後見人になる私の苗字から『ヒューズ』だけを名乗りなさい」

 万友莉が疑問を口にすると、マチルダは優しい声音でそう答えた。

「……ありがとうございます、本当に……」

 マチルダの言葉から伝わる優しさに、万友莉は心から感謝の想いが湧き上がり、思わず感謝の言葉を口にして頭を下げた。これだけじゃ到底足りない、と思いつつも、その感謝を伝える術を万友莉は他に思いつかなかった。

「いいの。私にも、……あれ……アイ・シュド・ノウ……、あ、ダサン。打算があってのことだもの。あなたがいてくれたら、サラも無事に帰ってくる可能性が高くなるでしょう?」

 万友莉はその言葉を、決して嘘ではないが、マチルダにとって一番の理由でもない、こちらを思っての偽悪的な言葉だ、と感じた。そして、そう言ってくれるマチルダの想いには報いたい、と強く思う。

「……わかりました。私ができる限り、サラを護ります」

 だから、万友莉の口からは、そんな言葉が自然と溢れ出た。

「ありがとう。だけど、これからはあなたも家族のようなものなのよ、マユリ。だから、あなたも無事でなければいけないわよ?」

「……はい、がんばります」

 万友莉はその温かさに、思わず自分の両親と比較してしまいそうになって、慌ててその思考を追い出す。しかし、考えないようにしたところで、心までは偽ることはできなかった。

 だから、今、自分の意思と無関係に目から溢れるものが二人に見られずに済む姿であることを、万友莉は今までで一番、ありがたいと思った。


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