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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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24/60

24.地上を間近に

 いよいよ万友莉は第一層に足を踏み入れた。

 この世界のダンジョンは(少なくともこの大陸に於いては)全て、地下へ向かって広がっている。それゆえか、ダンジョンに関しては、入り口がある場所を『グラウンドフロア(G)』として、一つ階段を降りたフロアを『1』、更に降りるごとに『2』、『3』と表してゆき、地下ではあるがいちいち頭に『B』は付けないのが一般的だという。つまり、万友莉たちが到達したのは、あと一つ階段を上れば出口、という地点だった。

 ダンジョンには階層間を移動するルートが複数存在するが、地上へ続く道は(『アビス』を除けば)一つしかない。当然、そちらへ近づくほど他のエクスプローラの姿を見かける機会は増える。トロッコは大きな荷物を運ぶ一行が優先されるため、浅い階層では歩いている一団も多いのだが、彼らはそもそもレールの敷かれていないルートへ向かうことが多いように見受けられて、万友莉はそれを疑問に思った。

「サラ、彼らは下では活動しないの? それとも、別のルートの方が便利なのかな?」

「下へ向かうだけならこっちの方が近いから、彼らは別の目的がある人たちだろうね」

「一層でもダンジョン資源は需要が多いの?」

「質は下層の方が良いよ。だけど野菜とかは、新鮮なものを求めれば、どうしても浅い階層のものになるね。危険が少ない浅い階なら畑も作れるし」

「ダンジョンって自動修復はしないの? フィクションではあるよね、そういうの」

「あるよ。ダンジョンはゆっくりと元の形に戻ろうとする性質があって、鉱物とかが安定的に採掘できるのはそのおかげだね。でも、元々自生しているものを栽培するのなら、そのために作った畑が元に戻ることはないんだって」

「なるほど……。でもそれなら、浅い層から魔物を全部排除して降りていけば、安全に質の高い食料が生産できるよね? やってないの?」

「それはダメなんだ。昔、まだ神器がなかった頃、そうやってダンジョンの攻略を進めた国があったらしいけど、十層まで進まないうちに『ディーモンズ・フラッド』って言われてる、魔物の氾濫……別の言い方をするなら、スタンピード、かな、それが起こったんだって」

「魔物が溢れてきたの? 階層を越えて?」

「そうらしいよ。魔物が地上にまで現れて、国が滅びかけたって記録があるみたい。そのやり方がディーモンズ・フラッドの原因だと特定されたわけじゃないけど、そんな危険なことを再現するわけにもいかないから、フロア全域から魔物を排除するのは禁忌になってる。ユニオンが国から独立した組織なのはそういった危険性を国の垣根を越えて共有するためという理由もあるみたい」

 考えてみれば、通路まで追いかけてきた魔物が全くいなかったわけではない。万友莉はそう考えて、セクタを越えることも稀な魔物がフロアを越えるという可能性を無意識に除外していたことに気付く。そして、何となく、ダンジョンに魔物が存在すること自体に、何か意味があるように思われた。

 逆に、魔物が居なかったら? そう考えたとき、万友莉の脳裡に漠然としたイメージが浮かぶ。魔物のいない空間は魔素的な真空のようなものになるのではないか、そんなイメージだ。

 真空の空間が隔離されていなければ、当然、気圧差から空気が流入する。その気体的な働きが、魔素にも同様に起こるとしたら? 魔素を体内に宿す魔物は、その魔素的真空に殺到するのではないか。――万友莉は直感的な閃きに、そんな理由を後付けた。

「……魔物の存在は、魔素の循環を助けてもいる……?」

 ――だけど、魔素はダンジョン深層に引き寄せられるとマイは言っていなかったか?

「……ん? どういうこと?」

『神器による解放に比べれば微々たるものですが、魔物の活動自体が魔素の流動性に寄与しているのは事実です。また、ダンジョンのみを住処とするようになった魔物は、生息圏を守るために、他の魔物の存在しないフロアを感知し目指そうとする本能を獲得した可能性もあります。ですが、それが地上にまで溢れるのには別の要因があると思われます』

  万友莉が考え直そうとした思考は、ほぼ同時にあったサラとマイの反応に遮られた。そして、万友莉は自分が疑問を自覚無く口に出していたことに気付く。

「えっと、なんていうか……。魔素を取り込んだ魔物を倒すと、魔素に流動性が生まれる。だから、魔物がいなくなったら、その場所は魔素が失われて、魔物なりダンジョンなりに不都合があって、それを正そうとして魔物が普通じゃない動きをしたのかも。って、そんな可能性が思い浮かんで、それが声に出ちゃっただけ」

「えっ? 万友莉は『マギ(Magi)スター(Stir)理論』を知ってるの?」

「……なにそれ?」

「魔物を倒す、それがダンジョンの魔素をかき混ぜることになって、ダンジョン資源の品質が向上する。簡単に言えばそんな理論。というか、私が知ってるのがそれくらいなんだけど……」

「そうなんだ……。私が知ってるのは……『神器』が教えてくれたから」

 すんでのところで「神器」を日本語にした万友莉は、慌ててマップを見るが、幸いにしてすぐ側に人の反応はない。身バレに繋がる発言には気をつけなければ、と思いつつ、万友莉は念のため声量を抑えて、言葉を続ける。

「……それによると、神器で魔物を倒す方が普通に倒すよりも魔素の循環を助けるんだって」

「そう、それ。マスタが活躍するダンジョンがある国ほど豊かになるって。それがマギ・スター理論の根拠だっていうのは聞いた」

「ふーん。この世界にはたくさんいるの? そういう研究をする人たちが」

「もちろんいるよ、たくさんかどうかは知らないけど。学問で一番有名なのは、クェズラント……この国だね。前に話した『アプティテュード・ダイアグノシス』のメソッドは学術分野と相性が良いみたい」

「なるほど……」

「でも、万友莉の……“それ”って、そんな知識まで教えてくれるんだね。というか、喋るの?」

「あー……、ちょっと待ってね……」

 万友莉は意識をアヴァタからオペレーションルームの自身に戻す。このあたりのオンオフはすっかり慣れたものだ。

「ねぇ、マイ。サラにあなたのこと、ちゃんと話しても大丈夫?」

「彼女の基本的な人格は善性と見受けられますし、万友莉が信頼しているのであれば宜しいのでは」

「え、あぁ、マイが嫌じゃないかっていう確認だったんだけど、良い、ってこと?」

「……はい、問題ありません」

「分かった」

 それだけを確認して、万友莉は意識をアヴァタへ移す。

 マイに言われて改めて気付いたけど、結局、私はサラをすっかり信用している――万友莉はそんなことを、視線がアヴァタの主観に安定するわずかな時間で思う。

「ありがと、サラ。さっきの質問だけど、私の“これ”にはアーティフィシャル……じゃなくて……プセウド? な、インテリジェンス……ううん、パーソナリティ? アイデンティティ? ……とにかく、そんな、自我(エゴ)みたいなものがあって、対話ができるの。私は“彼女”を『マイ』って呼んでる、というかそう呼んでくれって言われたんだけど」

「マイ? それって所有格? それとも日本語?」

「マスタ、『なんとか』、インテリジェンス、の頭文字、M、A、I、で『マイ』。あ……、『Aはアゥグズィリアリィです』だって。今のも含めて私とは日本語で意思疎通してるから、あえて分類するなら日本語の名前かな」

「ああ、補助する知能、なるほど。万友莉が“シー”とか“ハー”って呼ぶってことは女性的で、しかも日本語を話すんだ……。うーん、ほんと不思議だよね。何なんだろうね?、“神器(これ)”って」

「それはマイも知らないみたいだけど……。でも、マイが言うには……『神器の主な役割は、魔物を倒すことでダンジョンの魔素の循環を促すこと』なんだって」

「……あぁ、そういうことか、ようやく理解できた。私、“これ”を手にしてから、なんとなく魔物を倒すことを求められているように感じてたけど、それが理由だったんだ。安心したよ、“これ”が、呪われた装備じゃなくて」

「サラはそんな風に思ってたんだ?」

「だって、フィクションにあるよね、血に飢えた、とか、魂を求める、みたいな呪いの武器」

「あー、うん、あるね」

「“これ”は、手放すわけにはいかないし、たとえ手放しても、最初の時みたいに、また私の手元に突然現れるだろうし。現象だけ見たらそんな呪いの武器っぽい、って、万友莉も思わない?」

「……うん、思うかも。だから私の“これ”にはマイの機能が付けられたのかな」

「私みたいな勘違いが起きないように、アップグレードした? ……神様によって?」

「それができる、そういう類いの……存在(being)?」

「ふむ、天上の(celestial)存在(being)、みたいな?」

「んー? そんな感じかな。もしそんなものがいるなら」

「……いるんだろうね。ダンジョンでも不自然なのに、神器なんて、自然に生まれるものとは思えないし。……でも、一般の人からしたら、神器を持ったマスタがそういう存在なのかな。それなら、マスタと言うより、マイスターだね。『私が! 私たちが!』……なんちゃって」

「? ……ジャスト・キディング……、今のはジョークだってこと?」

「…………オゥカイ、万友莉、忘れて、お願い。……『そりゃそうだよ……私が生まれるより前のアニメだもん……万友莉が解るわけ……』」

「?」

 最後は要領を得なかったけど、マイについては特段思うところは無いようで良かった。万友莉はそう思って、サラが受け容れてくれたことに、自分が思っていた以上に安心しているのを自覚した。


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