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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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22/60

22.救助と獲物

 通路の出口に差し掛かり、向こうに遠目に見えたそれを、万友莉は最初、恐竜か? と認識した。二足で立つ姿や、太い尻尾がそう思わせた。

 だが、その魔物たちが人間を壁際に追い詰めているのを見て万友莉が思わず駆け出すと、すぐに最初の認識が間違いだったことに気付いた。

(カンガルー!?)

 最初ツノと見えたシルエットが大きな耳であることに気付くと、万友莉にはもう、そうとしか見えなかった。

ワッチャウ(watch out)!!」

 駆け出した万友莉のすぐ背後でサラが声を張り上げる。事前に、ツボ・マップにまとまって動く探険者たちらしき反応があるという情報を共有し、もしそれが魔物に襲われているようなら、なによりまず魔物の排除を優先すること、そんな基本指針を確認しておいたおかげで、万友莉の突然の行動にもサラが後れを取ることはなかった。

 万友莉はそんな事前の打ち合わせを失念して反射的に合図もなく飛び出してしまったことを一瞬後悔したが、結果的には問題無い、と、すぐに意識を魔物へ切り替えた。

 カンガルーらしき魔物は、やや前傾した状態で背の高さが対峙する人間とほぼ変わらない。人間たちは一人が倒れていて、一人がその傍らに屈んでいる態勢。それを守るように三人が魔物と対峙している。魔物は手前に三体が見え、その奥にもまだ何体か居るようだ。マップをちらと見て、その周囲に他の動体反応が無いことだけを確認――万友莉は魔物に駆け寄るわずか数秒ほどで大まかにそれだけを認識して、サラの声に反応してこちらを向いた一番手前の魔物に、躊躇いなく斬りつけた。

 万友莉の振るった竜骨の剣は、闖入者に気付き威嚇しようという姿勢を見せた魔物を、肩から袈裟に切り裂く。万友莉はその魔物に間髪入れず蹴りつけ、飛び退く。ほぼ同時、他の魔物たちはめいめいに飛びずさった。万友莉は斬りつけた魔物の体が完全に分断され、もう動けないだろうことを瞬時に横目で確認して、それ以外へと意識を向ける。

 距離が開き、魔物たちは一斉に万友莉に向かい、威嚇するような声を上げる。次の瞬間、万友莉から見て一番右手前の魔物の首が飛ぶ。万友莉は視界の端に、サラが槍を横薙ぎにしながら踏み込み、すぐに飛び退いたのを朧気に捉えた。

 魔物は残り――六体。素早くそれを確認した万友莉は、それら全てを間接視野に収めながらにじり寄るように間合いを詰める。魔物たちはそれを警戒しながらも、万友莉の右手側――サラだろう、と万友莉は認識した――を気にするそぶりも見せる。

 次の瞬間、万友莉の左手側から「ケェェッ!!」という声が上がる。先ほど魔物に襲われていた探険者が、完全に万友莉とサラに気を取られていた魔物の不意を突いたものだ。

 その声に、他の魔物たちが動揺した、と見た瞬間、万友莉は一番手近な魔物に斬りかかる。万友莉の地を滑るような跳躍は一瞬で魔物との距離を詰め、先刻同様に一刀で斬り捨てた。

 サラも同時に仕掛けている――万友莉は不思議とそんな確信があった。だから迷い無く次の、サラの邪魔にならないだろう魔物へ向かう。

 万友莉は背中を見せて逃げようとしたその魔物も一刀に斬り伏せ、次、と見る。その視線の先に、サラが最後の魔物を仕留める瞬間を見た。

 万友莉が自分より迅速なサラの手際に、さすが、と思いつつ、襲われていた探険者たちの方へ向き直れば、そちらも間もなく片が付いた。

 一同、油断なく周囲を見回して、動く魔物の居ないことを確認する。

 そうして、万友莉は息を吐くことができてようやく、首に、熱と強い脈動を感じた。


「ありがとう、君たちのおかげで助かった」

「助けになれて良かったわ。倒れていた人は大丈夫?」

 万友莉とサラに歩み寄ってきた襲われていた探険者の一人に、サラが対応する。男はサラより頭一つ分ほど背が高く、体格も良い。装備はサラと似たような動きやすさを重視したもので、盾だけは体格に見合った大きなものを、今は肩から背に掛けていた。

「意識はあるが、頭を強く打ったようで油断はできない」

「他の人は……治癒魔法を試しているの?」

「ああ、外傷のようには目に見えないから、文字通り“おまじない(spell)”のようなものだが」

「三十に近い階層の魔素量なら、きっと効果があるわ」

「ありがとう、私たちもそう祈るよ」

「助けはまだ必要?」

「いや、必要ない。引き返すだけなら我々だけで十分だ。ああ、そこの『ルー(Roo)』の素材は好きにしてくれ」

「了解。あなたたちの無事の帰還を祈るわ」

「ありがとう、あなた方も」

 そちらの鎧の人もありがとう、万友莉へ向けてそう声を掛けてきた男に、万友莉は「お気になさらず(no worries)」とだけ答えて、仲間の元へ戻っていくその背を見送った。

「……返事は今ので良かった?」

「うん、少なくともエクスプローラどうしなら、あれくらいが一般的だよ」

 ここまでの道中、万友莉はサラからエクスプローラとしての基本もいくらか教わっていた。今回のようなケースでは魔物の排除を優先する、というのもその基本の一つだし、男とサラのやりとりもそうだ。助け合うが、過干渉はしない。サラの主観によれば、それはトラブルを避けるためといったような消極的な理由ではなく、お互いを尊重しあってのものだという。

「私のためにマニュアル通りの受け答えをしてくれたの?」

「ううん、みんなこんなものよ。ともあれ、万友莉の最初の経験がみんな無事で済んで良かったね。ところで……、どうする、これ?」

 これ、とサラが指さす先は、先ほど倒した魔物だった。

 落ち着いて魔物を見て、万友莉はまず、その手に目がいった。異常に発達しているのだ。人間の腕と比べればずっと頼りない前足の、しかし拳の部分だけが人のものより大きくすらある。遠目に見れば、まるでマンガのようにボクシンググローブを嵌めているように見えるかも知れない、と万友莉は思った。

 そして万友莉は、そんなコミカルなイメージもあるような動物を全く躊躇なく斬ることができたことを不思議に思ってから、自分が「助けなくちゃ」というような使命感にも似た衝動に突き動かされていたのだ、と気付いた。その気持ちだけで無我夢中だったから、魔物の異常さにも気付かなかった、もしくはその異常さが意識にまで上らなかったのだ、と。

 万友莉は初期を除けばこれまで、サラと出会う前も、サラと出会ってからも合意の上で、無駄な戦闘は避けてきた。それは、先を急ぐ意図が強かったけれど、やはり殺生に対する忌避感も無縁ではない。だが今回に限れば、万友莉の脳裡にはそんな思いは全く無かったと言える。

 誰かを助けるためなら他の動物を殺すことも仕方ない。万友莉はそれを人間の傲慢だとも思うし、そんな理由で殺生を正当化しようとする自分は、少し嫌だ、と思う。だが、万友莉は今回のことに、後悔は、全く無かった。

 また同じような状況があれば、きっと同じように躊躇しない。自分の躊躇が人死にを生む方がよほど嫌だ、と万友莉は思う。

 ――それはそれとして、だ。万友莉はそう意識して気持ちを切り替える。

「……カンガルーだよね? これ」

「そう、“ここでも”『ルー』って省略して呼ぶね」

 サラが「ここでも」を小声にしたのは、今は他の人の耳に入る可能性があるからだろう、万友莉はそう思って、その気遣いを嬉しく思う。そして、わざわざそう言うからには“あっち”でもそう呼ばれていたということなのだろう、と理解した。

 そんな呼び方のことは知らなかった万友莉だが、カンガルーについて知っていることもあった。

(本当は一通り試してみたいけど……、ここで神器の力を使うわけにはいかないし、仕方ないか……)

 そう思って、万友莉は断腸の思いで決断する。

「サラ、全部は荷物になるから、背中の方だけ頂きましょう」

 カンガルーの肉は高タンパク低脂質で、野生のため臭みもあるが味は悪くない。そんなことを知識として知ってはいても、いままでに実食経験は無い万友莉としては、これは千載一遇とさえ言える機会で、これが最大限の譲歩だった。

「背中のあたりだけ?」

「そう、『もったいない』けど、ロースだけ。でも、本命は……サーロインやフィレだね!」

「お、おぅ、良い部位だね……。あー……万友莉、ずいぶんお肉に詳しいね?」

 何やら今までになく気迫みなぎる万友莉に、サラは少し気圧された様子で尋ねる。

「私、栄養士の免許を持ってるからね」

 言ってからようやく、万友莉はサラの少し戸惑うような様子に気付き、これまでとは違う戦闘の後のせいか変なテンションになっているな、と自覚した。


 ――ちなみに。

「美味しいよ、十分。この国の人になら上級品ですらあるかも知れない。だけど……、私は“あれ”を知ってるから……」

 これが、カンガルーの魔物の肉を食べたサラの感想だった。

「あ、でも、あの味を知ったこと、後悔はしてないからね。それどころか感謝してる。だから万友莉は悪くない」

「うん、分かるよ」

 つい竜肉と比較してしまうのは仕方ない。だからサラの感想は、むしろ、わかりみしかない――万友莉は、サラに深い共感を覚えつつ、そんなことを思った。


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