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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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20/60

20.対話

「……改めて、本当に何も無いところから物が出てくるの、変な感じだわ……」

 おそらくは三百グラム以上の肉をぺろりと平らげた後、しばらく余韻に浸るように静かだったサラが、万友莉がお茶を淹れようとケトルを虚空から取り出したのを見て口を開いた。

「えっと、ツボの『収納』の役割という感じでしょうか……」

「なるほど……。でも、カモフラで袋とかは背負った方が良いよ。さすがに他の人の前でそれはしないだろうけど、武器しか持ってないのも不自然すぎるからね」

「ああ、そうですよね……。あの、この世界に、フィクションにある『マジックバッグ』みたいなアイテムとかは無いんですか?」

「あ、私も考えたことある。でも無いみたいだね。少なくとも、まだ見つかったことはない。か、有っても見つけた人が秘密にしてるか」

「じゃあ、中身もある程度は偽装しないとですね……」

 万友莉は、最初に出会ったのがサラで良かった、と思う。別の人物と出会ったとしても、おそらくはマイがフォロゥしてくれただろうけど、マスタであることを隠そうとすればするほど、何かしら襤褸(ぼろ)を出していたのではないか、万友莉はそんな自信のなさには自信がある。だが、出会ったのはサラで、こちらがマスタであることをいきなり見抜いてくれたおかげで、万友莉は過剰に自分を偽らずに済んだ。

 万友莉はそんなことを思いながら、火に掛けたケトルが湯気を上げ始めるのを見つめていた。魔法的な力を使えば、最初から適温の湯を出すことも可能なのだろうけれど、万友莉はこうして湯が沸くのを待つだけの時間が不思議と好きだった。サラは、今は口数は少ない。それが、お腹がくちくなったせいか、本来の性格なのか、万友莉には判断できないが、万友莉はこんな沈黙も苦にならない。

 ほどなくして湯が沸き、万友莉は茶葉を投入する。発酵させずに蒸したもので、緑茶に似た風味がある。茶葉は、万友莉にはありがたいことに、ここまでほとんどの階層で補充できていた(マイが勝手にやってくれることだが)。深層のものほど旨味が強く感じられるが、中層以上で採れたものもさっぱりしていて悪くない。万友莉はそのときの気分で使い分けたり混ぜたりしている。今回は濃厚な肉の後なので、すっきりめだ。

 湯飲みに注がれた茶を万友莉から受け取ったサラは、それを一口すすって「ほぅ……」と息を吐く。万友莉はそんな仕草を、日本人的だ、と感じた。それが、異世界の、こんな薄暗いダンジョンで、見た目は日本人離れしたサラが行っている、という非現実的な状況に、しかし、自分が酷く遠いところへ来たのだ、という感慨と共になぜか強い現実感を突然に実感した。一方でそれは万友莉にとって、今までこの世界を、現実だと思いながらも、どこか客観的に感じていたのだ、という理解でもあった。

 その実感には、悲しいとか寂しいというような感傷はなく、かといって理不尽に対する憤りもない。ただ、この世界に、今更“すとん”と自分の足が着いたような感覚だった。

 万友莉はそんな感覚に、しかし心は何も感じていないようなのを、ただ不思議に思う。心はとても凪いでいるようでもあるし、色々な感傷がありすぎて感じられないだけのようにも思われる。

 万友莉がその正解を探ろうとしたところで、サラの声が耳に届き、万友莉は現実に引き戻された。

「いやしかし、ドラゴンはいるらしいとは聞いていたけど、本当にいて、しかもこんなに美味しいとは……」

 ただただ感心する様子のサラに、万友莉はふと疑問に思う。

「あの……、今更ですけど、私が嘘をついているとは思わないんですか?」

 その万友莉の言葉に、意外そうな表情を浮かべた後に笑みを浮かべ、サラは言う。

「なんだろう、この世界の、魔素のせいなのかな? なんとなくだけど、言葉の中に含まれる感情というか意思というか、ぼんやりだけど解る気がするんだよね。だから、万友莉は嘘はついてないと思う。少なくとも、万友莉から見てドラゴンだと思ったヤツの肉なんでしょう?」

 言われて、万友莉はこの世界で最初に周りにいた人たちの言葉から、その感情まで理解できたような気がしたのを思い出す。そして、もう一つ。

「……そういえば、直接見たことないです。ドラゴン」

「え? どういうこと?」

「穴に落とされて、その衝撃で直下にいた巨大な生物を倒したって言いましたよね? 私はその時、この神器の中からでも外を見ることができたんですけど、見えたのは倒した魔物の内側だけで、それで神器がその魔物を全部『収納』してくれて脱出はできたんです。で、結局、その魔物がドラゴンだったっていうのは神器がそう教えてくれただけで、実際に見てはないんです。その後にダンジョン進んできた時も、ドラゴンかも知れないような大きな生物がいるっぽいところは全部迂回してきたので、それがドラゴンなのかも直に確認してませんし……」

「……なるほど。うーん……」

 何か考える様子のサラに、万友莉は自分の説明が下手だっただろうか、と不安になるが、かといって、もっと良い伝え方は思いつかない。

「とりあえず、万友莉の神器はすごく便利なんだってことが分かったよ。私も神器から意思みたいなものを感じる時はあるけど……。ん、まあいいか」

 万友莉は、そのサラの言葉から、色々と聞きたそうな雰囲気と、それをすっぱりと割り切った雰囲気を感じ取った。それは、さっきまでのサラとの会話では感じなかったもので、この世界では言葉に含まれた感情を感じ取ることができる、と認識したせいだろうか、と万友莉は思う。

 だが万友莉はすぐに、本当は私が無意識にサラに対して壁を作っていたせいかも知れない、と思いつく。

 思い返せば、この世界で目覚めたばかりの時は周囲で何が起きているのか、『知りたい』という思いを持って周囲に耳をそばだてていた。地上にもダンジョンほどではなくとも魔素は存在するそうだから、その、知ろうとする意志が魔素と結びついて、魔法のように、言葉に込められた感情までを知り得た。そう考えると納得できる。

 それはつまり、サラの言葉からその感情まで窺えなかったのは、“私が”サラのことを知ろうとする意思を持たなかったからではないか――万友莉はそう思う。

 そしてきっと、それはサラに限ったことではなかった。“向こう”でのことまで思い返されながら、万友莉の胸中に、そんな思いが不意に浮かび上がる。

 いつからだろう、人付き合いを苦手と感じるようになったのは。だけどきっとその頃にはもう、自分から他人を拒絶していたのではないか。万友莉はそう考えると、その思いつきがひどく正しいことのように思えた。

 魔素なんてものの無いあの現実で、人の思いを知ろうなんていうのはできるはずもない、とも万友莉は思う。自分のことさえ、解らないのに。

 だけど、最初から解りっこないと決めつけて、そのための努力さえ最初から放棄してはいなかったか。

 就活の失敗に、それが影響してるかどうかまでは分からない。いや、直接ではなくとも、遠因ではあるのかも知れない。なら、もっと早くそんな自分に気づけていたら、もう少しくらいは上手い生き方ができたのではないか――そんな思いが自然と湧き上がってきて、万友莉は頭の中に黒くどんよりとした闇が広がるような感覚を知覚する。

(……ああ、このままこの方向に考えたらダメだ)

 万友莉は、嫌な覚えのある感覚に、努めて思考を停止した。そしてそのまま、嫌な感覚をやり過ごそうとする。

「……どした? 大丈夫?」

 うつむいたまま動きを止めた万友莉の耳に、サラの心配そうな声が届いて、万友莉は現実に立ち戻る。

「あ……、すいません、ちょっと……、自己嫌悪、みたいな……」

「……そっか。まあ、もしドラゴンじゃなくってもさ、美味しかったから全然良いよ。そんなに気にしないで!」

 万友莉は、その言い方からは、サラが少し勘違いしてくれている、と感じた。だが同時に、その声の中に、心から万友莉を気遣ってくれているのが感じられて、万友莉は心が軽くなったのを実感した。

「……うん、ありがとう」

「どういたしまして。……でもそうか、それなら一度、本当にドラゴンかどうか見てみるのも良いんじゃない? マスタが二人がかりならどうとでもなるだろうし。大きなヤツって、どのくらい潜ったらいるのかな?」

「あ、えっと……。ここって、上から何階層目なんですか?」

「あ、そうか、アビスの底が何階か判るんだ。ええっとここは、数え間違いが無ければ、三十九かな」

「それだと……」

『落着した階層は九十九階層になります』

「っ……、じゃあ、あの穴の底が九十九階層になるはずですから……、八十近くまで潜らないとドラゴンかも知れないくらい大きいのはいないと思います。胴体部だけで五メートルくらいあるワニだかトカゲみたいな魔物なら、もっと浅い所にいましたけど、あれはドラゴンと呼んで良いのか……」

「八十か……。シゲさんたちと一緒でも六十手前までが限界だったからなぁ……。でも、マスタが二人なら……、万友莉が前衛を務めてくれればいけるかな……? 万友莉はどう思う? 防御は鉄壁みたいだけど」

「あぁー、その……、深い階層は、虫とか増えるんですよ、おっきな……」

「……なるほど、そう来たか。でもまあ、元が昆虫でしょ? それなら――」

「中型犬サイズの、『G』とか……」

「ヨシ! 帰ろうすぐ帰ろう地上を目指してがんばろう!」

「あ、やっぱりアレは苦手なんですね……」

 コミュ強、陽キャ。サラに対するそんな印象から、自分とはまるで正反対だ、と感じていた万友莉だったが、その鮮やかな手のひら返しには少しだけ親近感を覚え、思わず笑みを浮かべた。


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