17.出逢い
「万友莉、これまでとは異質な動体反応を検出しました。この世界のエクスプローラの可能性があります」
さあ、この階層もサクサク進むぞ。階段を上りきった万友莉がそう気合いを入れた矢先に、マイからその報告はもたらされた。
「えっ……、えっ?」
万友莉は喉元がキュッと強ばるのを感じて、緊張を自覚する。
「ただし、その動体反応は一つであるため、魔素濃度から推測した現在の階層を考慮すれば、人に近い形をした魔物の可能性も捨てきれません」
「あっ、えっ、……どういうこと?」
「ログによれば、このダンジョンの攻略進度は三十階層ほどであり、現在地はまだそれよりは深い階層であることが予測されます。一人だけでここまで侵入できる人間がこの国にいるとするなら、パーティを組めば既にもっと深くまで攻略されているはずですし、ならば考えられるのは他国の優秀なエクスプローラか、そもそも人間ではない存在だろう、という推測です」
言われてみれば、ゲームなどでは、確かに人型の魔物というものは存在した。ブタやイノシシ、トカゲ、魚などがヒト化したもの、鬼のように元より人型のもの、中には竜人というような存在もあっただろうか。ともあれ、万友莉はこれまで、そういった存在を考慮したことすらなかったと今更になって気付いた。
また、そういった存在があり得るなら、魔物ではない『人側』にも獣人のような存在がいるかも知れないし、精霊とか神といったような存在だってあり得るのかも知れない。万友莉はそんな可能性も思いつく。
以前、この世界のことを常識では測るまい、と考えたはずなのを思い出して、万友莉は苦笑する。自分はまだまだ常識に囚われていたのかも知れない、と。
とはいえ、まだ何も判明してはいない。事実、ここまでそのような異形には出会っていないのだ。無駄に可能性ばかり広げて暗鬼を恐れても意味がない、と万友莉は気持ちを切り替えた。
動体反応は、上のフロアに続く道の方からこちらへ向かっているようだ。通路を渡っていることから人である可能性が高いと思われるが、魔物が絶対に部屋から部屋へ移動しないと決まっているわけでもない。
まだ距離は開いているため、万友莉も少し前進することにした。
余計な魔物を警戒しなくていいように、できればセーフルームで待ち受けたいが、次善としては通路でのエンカウントだろうか。相手の進行スピードはさほど速くはない。通路よりも部屋で進行が鈍るのは魔物を相手取っているせいのようだ。それならやはり、相手は人だろうか? この世界の人と(アヴァタ越しとはいえ)直接対面するのは初めてだ。一人でダンジョンに潜るくらいだから、相当なマッチョだろうか、話は通じるだろうか、そうだ英語で話しかけないといけない、最初はなんて声を掛けたら良いだろう、ハロー? ナイストゥミートュウ? その前に敵意がないことを伝えるべきか、それなら武器は納めておかないと――友莉の頭の中に、そういった考えがぐるぐると巡る。
あれこれ考えすぎても不安が増すばかりだし、過ぎてみれば杞憂でしかなかったなんてこともざらだ、万友莉自身そう解ってはいても、思い悩まずにはいられない。これは性分と決めつけていたが、自分に自信が無いからなのかも知れない、と考えられるようになったのは一応は進歩と言えるのだろうか? ――いつしかそんな風に考えが逸れていることに気付いた万友莉が慌ててマップを見れば、問題の反応はもう次の部屋にあった。
(ああもう、何やってんのよ!)
魔物がいる部屋ではちゃんと周囲を見ていたはずだが、記憶はぼんやりしている。魔物が滅多に入ってこない通路では完全に自分の考えに没頭していた。
神器に護られていることに慣れて危機感を失っている――万友莉は今更そう思い至り、気を引き締めなければ、とは思うが、今はそれどころではない。
思考がとっちらかっている、そう自覚して、今、この世界の人との対面を前にして、自分は全く冷静ではない、と万友莉は判断した。意識して深呼吸して、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
今いる通路は十メートルほど先で曲がり角になっている。動体反応はもうその向こう側から侵入してくる。今慌てて先に進めば相手を驚かせてしまうかも知れない。万友莉はそう考えて、完全に足を止めた。
剣は鞘に収めた。腕に括り付けてある盾まで収納してしまうのは逆に不自然かも知れない、と思い、すぐに構えられるような心構えだけして、万友莉は両腕を自然に下ろした。
いよいよ反応が曲がり角に差し掛かる、というところで、両手を上に上げた方が良いだろうか、と万友莉は思いつく。しかし、そのジェスチャがこの世界で通じるとも限らない、と思い、さらには、どうやって話しかけるかまだ決めてなかった、と思って焦燥感に駆られ、そもそも人であると決まったわけじゃない、と思って、万友莉はますます慌てた。
そのせいだろう、万友莉はそれに、反応が遅れた。
万友莉の目が相手を捉えた次の瞬間、その相手は万友莉がアッと思う間もなく、十メートルはあった間合いを一瞬で詰めながら、両手で持った“何か”を突き出した。
一応はしておいた心構えが生きたか、万友莉は反射的に盾を装着した左腕を持ち上げた。だが、万友莉の目は、その“何か”が、今まで強力な魔物の攻撃に耐え続けてきた盾を容易く貫くのを見た。
白銀の――鋭い刃。槍の穂先。万友莉の目はそれを捉えたが、脳がそれを理解するより速く、それは万友莉の肩口に突き刺さろうとする。
――ガィィン!!
金属がぶつかり合うよりもいくらか低いような、衝突音が響いた。
その瞬間、万友莉は相手が目を見開いたのを見た気がしたが、相手はすぐに飛び退いてしまい、詳細は知れない。
だが万友莉には、その“相手”が、“人”だ、という認識は確かにあって、反射的に口を開いた。
「ちょっと待っ……じゃない! ウェイト! プリーズ、ウェイト! えっと、アイハヴノーホスティリティ!」
万友莉は慌てて両手を挙げて、そう叫びながら、自然と相手を観察していた。
その手に持つのは、槍だ。それを両手で構え、先端を微動だにさせず万友莉の喉元に向けている。自然に立っているような、まるで力みのない構えにみえるが、次の瞬間にでも爆発的な瞬発力を見せそうな雰囲気がある。距離は四、五メートルは離れているが、先ほどの動きの鋭さを見るに、必殺の間合いだろう。
装備は、急所はしっかり覆われているようだが、全体的には軽装に見える。頭部を護る兜も鉢金のように前部の守りを目的としたものなのだろう、その後ろからは一つに束ねられた、肩甲骨に被る程度の長さの髪が垂れているのが見えた。体格的にも、一目で女性だと判る。その顔立ちは、万友莉の目には白人系に見えるが、それを考慮しても、万友莉とはさほど年の差はなさそうに見えた。
「…………」
「あ、アー……、ドゥユーアンダスタン……ワットアイムセイイング?」
じっと向けられる視線と槍先に耐えかねて、万友莉が、緊張でたどたどしくなった英語で、そのわずかな沈黙を破った。
しかし、そう声を掛けても相手は身じろぎ一つしない。言葉が通じてないのだろうか、英語じゃないなら、どうしたら良いのか、万友莉がそう考え始めたところで、その女性は突然槍を下ろし、構えを解くと、フゥー……、と深く息を吐いた後、こう言った。
「オゥカイ。ユーアーノットァエネミィ」
万友莉は、良かった言葉はちゃんと通じていた、と思いつつも、その言葉に違和感を感じた。だがその違和感は、こちらを騙そうとか、そういう悪意ある類いのものではないとも感じられる。
――では、どこがおかしいと感じているのだろう? 発音にはクセがあるようだが、違和感を感じるのはそこじゃない。なら……?
そんな万友莉の困惑を、全身鎧の上からでも見て取ったのだろうか、その女性は軽く微笑んで言った。
「フフッ。マイネームイズ、サラ・ノース=ウツギダ。……日本では面倒だから母方の姓だけでウツギダ・サラって名乗っていたけどね」
「…………えっ?」
その、見た目は白人女性の口から飛び出した流暢な日本語に、普段マイとは日本語でやりとりしているにもかかわらず、万友莉はその事実を認識するのに多少の時間を要した。




