15.ままならぬファンタジィ
ダンジョン脱出への道、二日目――へ向かう前に、万友莉は『ツボカタログ』とにらめっこしていた。
万友莉としては、神器のみに頼らないでもいいだけの力をつけるために、アヴァタという安全な環境ではあるが、自らの力でダンジョンを進む、というマイの方針に否やは無い。しかし、いきなり深層からというのは、実際にやってみればスパルタが過ぎるとも思うし、なにより、今後“アレ”や、同じく苦手とする多足類系の魔物が現れた時、できれば接近せずに戦える手段が欲しかった。
そんな目的でカタログを見ていけば、まず目に付いたのは『弓』だった。その説明をマイに求めれば、竜の骨や腱を材料に、そこに込める魔素の“質”を剣とは変えることで高い弾性と強度を両立し、高性能なものが生成できるという。
「魔素の『質』っていうのは?」
「魔素の、精神的活動に感応する性質を利用することで、簡単に言えば、『硬くなれ』と念じて込めれば硬く、『柔軟になれ』と念じて込めれば柔軟にすることができるのです」
「精神って……マイの?」
それは万友莉に、AIが自我や意識を持つのか、という、陳腐にも思える命題への答えを期待させたが。
「魔素をツボポイント化することによって、そのような面にも融通が利くのです」
返ってきた返答は、万友莉には力業、あるいはご都合主義とも思える程度の内容だった。
「……なんにしても、弓って、使うなら練習が必要だよね……」
そう思い至れば、万友莉は改めて習熟に少なくない時間を費やす気にもなれず、弓を使う可能性は諦めた。
ならば、と思ってカタログを見れば、案の定『クロスボウ』を次の項目に見つけた。マイ曰く、これも弓同様にドラゴン素材によって強力な発射力を持つが、速射性には期待できないという。また、十分な殺傷力を得るには、ボルト(矢)も竜の骨で生成するのが適している、と言われれば、頭の片隅に竜骨の料理への利用という可能性がこびりついている万友莉としては「もったいない」と思ってしまう。
「なら、銃器か……」
「残念ながら、『火薬』は、『原子力』などと同様に、武器や兵器への利用に限らずこの世界では禁忌とされているため、それに関連するものはツボポイントでも実現できません。しかし――」
「えっ? どういうこと? 禁忌になってる、ってことは、そういうのが既にあった、っていうこと?」
マイの言葉に、思わずそんな疑問を口にしてから、万友莉は自分がなんとなくこの異世界をもっと単純な『剣と魔法のファンタジィ』のような世界だと考えてしまっていたことに気付く。
「知識としては、あります。ダンジョン中層から深層でたまに発見される『旧文明の遺産』には、そういった知識を記したものも存在しますので」
「旧文明……」
「この世界のダンジョンは、かつての地下シェルタが魔素によって変質、拡張したものだという説もあります。事実、遺産に記された大規模な地下シェルタが存在していたとされる場所と、ダンジョン入り口の場所は重なる事例が多いため、これは信憑性の高い学説です」
「……ねえ、ここは未来の地球なの?」
この世界で目覚めてすぐ、王と呼ばれる人間がスーツ姿だったこと、そして彼らが英語で話していたこと。マイの話にそういったことを加味すれば、万友莉の考えがそこに至るのは当然だった。
「可能性の一つではあるでしょう。ダンジョンで発見された遺産がこの世界由来のものであることが証明できれば、その可能性は高まると思われます」
「由来? ……あ、私が転移してきたなら、そういったものも地球から転移してきた可能性もあるのか……。ん? ……でもさっき、ダンジョンの場所とシェルタの場所が重なるって言ってなかった?」
「旧文明の地図の該当部と比較して、この大陸の地図は似ている部分もありますが、同一ではありません。にもかかわらず入り口の場所が重なるため、この世界では大規模な地殻変動や天災による変化として認識されていますが、それは似て非なる世界からの転移を完全に否定するものではありません」
「地球の……パラレルワールドの可能性?」
「簡潔に述べれば、そうです。それを明確に否定する材料の無い概念は、可能性としては排除することもできません」
「そんなこと言ったら……。ううん、今更か……」
信憑性を無視すれば可能性なんて、考えようと思えばどうとでも妄想できる。そもそも、そんな妄想すら現実にするかも知れない魔素なんてものがある世界だ。何が起きたって、何が事実だって、不思議じゃない。そう考えれば、万友莉には、これ以上この世界について考察することは徒労でしかないと思えてくる。
「まあ、この世界のことはとりあえずいいや。それでマイ、さっき途中で遮っちゃったけど、まだ何か言おうとしてなかった?」
「はい。火薬は利用できないため、万友莉が想像する銃火器類は生成できません。しかし、電磁気力を利用したコイルガンやレールガンなどであれば生成は可能です。ただしその二例では、前者は殺傷力に、後者は運用コストに問題がありますし、そのような、他に利用する者のいない武器を人前で使用すれば、神器使いであることを疑われることになりかねません」
「それは、深層で使う分には大丈夫じゃないの? あと、コストって、ツボポイントだよね? なんかまだすごいたくさんあったけど、それでも?」
万友莉もツボポイントの細かい数字までは把握していないが、最初に四十二億九千万以上あったものが、先ほど見えたところでは四十三億は越えていた。マイによれば、最初を除き、魔物を駆除した際にツボポイントに変換する魔素は八割ほどで、残り二割は本来そうあるように拡散させている、とのことだが、それでも一日で一千万ほども増えたことになる。
「人のサイズで使用できるレールガンでも、一丁の生成に一千万以上のポイントが必要な上、魔素の力を借りても砲身は消耗品とならざるを得ず、修復に都度数百万のポイントが必要となるでしょう。さらには、射撃一撃につき必要な電力発生や飛翔体生成にも数十万から数百万のポイントが消費されると予測されます」
そう聞けば、万友莉は熟考するまでもなく諦めた。コストもさることながら、砲身が消耗品だというなら、いざというときの信頼性に不安が残る。
「……結局、飛び道具には頼れないのか……」
そう落胆しかけて、万友莉は別の可能性を思い出す。
「そうだ、魔法は……? 神器と関係ない、普通の」
ツボポイントで石鹸なども生成できたために今はもう使っていないが、万友莉は、以前、体の汚れを落とすのに呪文のようなものを唱えて魔法を使った事実を思い出す。それこそ魔素が“何でもあり”なら、攻撃魔法だって使えるのではないか? 万友莉はそう思いついたが。
「ダンジョン深層の魔素濃度なら強力な攻撃性魔法を発現することは可能です。しかし、呪文詠唱の必要性に加え、魔素濃度に比例して魔物の魔法現象への抵抗力も増していることが予測されるため、効果には疑問が残ります」
「……ダメかぁ……」
結局また心を無にして巨大な虫を駆除していかなければならないのか、そう思い、万友莉の心中は暗澹となる。
それに気付いて、気持ちを切り替えなくちゃ、と思う万友莉だが、やはりどこかに諦めきれない気持ちがあるのだろう、最後の悪あがきとばかりにカタログのページを進めていく。
やがて、『ツボ』という字が意味を失ってただの形となり、その形すらも脳が認識しているか怪しくなった頃、万友莉はカタログの中にそれを見つけた。
――『ツボ魔法』。
それは、ツボポイントを利用することで、この世界の理を超越した魔法、だという。ならば、魔物の魔法への抵抗力さえ無視できるのではないか。万友莉はこれがいわゆる“チート”というヤツなのではないかと期待した。
しかし。
――ツボ魔法は、ツボポイントを利用する都合上、ツボの内部で特殊な魔法的現象を発生させ、それを外へ放出する形で実現する。この際、内部に他の干渉が懸念される現象や存在などは、あらかじめ排除しておく必要がある。
説明文にそんな記述があった。つまるところ、それを使おうとするのなら、万友莉は外に出る必要がある、ということだ。
「いや、無い、無い。無理、無理」
こんな、色々な意味で恐ろしい魔物が跋扈するダンジョンで、外に出る。万友莉はそれを想像しただけで全身が粟立つのを感じ、即座にその可能性を棄てた。
――この時、万友莉は、心に魔物への恐怖とは違う何かが引っかかった気がしたが、それはあまりにも曖昧模糊として、万友莉の意識がその何かを明確に拾い上げることはなかった。




