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ツボの中から異世界 ~A step towards a new world~  作者: みたよーき


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10/60

10.緩和

「えっ……? えっ!?」

 自分が、いきなり先ほどまでと全然違う場所に立っている。あまりに突然のことに、万友莉は焦りよりも恐怖に襲われ、心臓が早鐘を打ち始めるのを感じた。

 慌てて周囲を見回すが、万友莉の目に動くものの気配は映らない。ただ、先ほど間接的に見ていたよりも、ずっと広い空間だと感じられた。

「ちょっと……、マイ? マイってば!」

 びくつき、忙しなく周囲に視線を散らしながら、思わず荒げたその声は、しかし少し震えているのが自覚できて、万友莉は苛立ちと共に情けないような気持ちにもなる。

「落ち着いてください、万友莉。周囲に危険が無いことは確認済みです」

「危険が無いって言っても!」

「落ち着いて、自分の身体を見下ろしてみてください」

「自分の……って……?」

 言われて、万友莉が反射的に手を持ち上げながら視線を下ろすと、自分の手のひらが目に映る。しかし、なんとなくそこに違和感がある。そして遅れて、自分が先ほどまでのパジャマ姿でないことに気付いた。

「このスーツ……さっきのアヴァタの……」

「そうです。現在、万友莉の感覚はアヴァタと一体化していますので、自分の身体を動かす感覚でアヴァタを操作できるはずです」

「操作、って……」

 そう意識しようとすると、途端に頭の中がこんがらがりそうになって、万友莉が「違う違う」と思うと、同時、自然と頭が振られた。その意図せず行った動作を自覚して、万友莉は、普段自分が自分の身体をどう動かしているかなんて、いちいち意識などしてないのだ、ということが実感された。

 ただいつも通りにすればいい、万友莉が努めてそう意識すると、身体が少し強ばっているような感じはあったが、自分はそこにただ普通に立っている、と感じられた。そうして自分として認識すれば、腕も思い通りに動くし、歩くことも普通にできる。今マイに、この身体がアヴァタであるというのが嘘だ、と言われても、そっちの方が信じられるくらいだ、と万友莉は思う。

「違和感はありませんか?」

「……ちょっとだけ、身体が硬いような気がするけど」

「おそらくそれは、スーツのストレッチ性の問題でしょう」

 万友莉がそう意識して身体を動かしてみると、確かにスーツの着心地の影響だという気がする。動いた時にもっと突っ張っていたりすればすぐに分かったかも知れないが、このスーツの生地はテンションがかなり高いようで、喉元、手首足首までをぴったりカヴァしたまま、動きをあまり阻害するようには感じられない。それでも引っかかりが全く無いわけではないのだが、そのスーツの違和感の“少なさ”が、自身の身体の違和感と勘違いした理由なのだろう、と万友莉は納得した。

 しかし凄いものだな、万友莉はそう思いながら、改めて自分の手に視線を落とした。よく見れば、肌がいつもよりつややかな気はする。肌の色味は、周囲が薄暗いために比較は難しいが、血管らしきものもあるし、手のひらにはきちんと皮線もある。自分の手相など細部まで明確に覚えてはいないが、そこにハッキリとおかしな点は見いだせない。何となく違和感はあるのだが、万友莉にはその正体は断定できなかった。

「それでも、本当にあのアヴァタなんだ……」

 ――自分でない何かが、自分自身と変わりないなら、私って、何だ?

 そう思うと、万友莉の脳裡に一瞬、この身体が粉々にはじけ飛び、そのまま自分というものがどこまでも拡散して消えてしまうイメージが、漠然とした不安とも恐怖ともつかない感情と共に、ばっと膨らんで、消えた。

 その突然襲って来た漠然とした感情に、万友莉は覚えがあった。引きこもるようになってから幾度も感じた、全く予兆なく突然心の内に現れる不安、恐怖。それに似ていたからだ。

 だから万友莉は、その感情を、受け流すことができた。自分一人だけがようやく収まる狭く閉じた場所をイメージし、そこで身を固く縮こまらせ、外の嵐が過ぎるのを待つようにして、ただじっと、心を、頭脳を、無へ、無へ。

 やがて万友莉は、自分が奥歯を強く噛みしめていることに気付く。それは、嵐をやり過ごし、自分に立ち返った合図でもあった。そして、意識してゆっくり、深く呼吸を繰り返し、ようやく“生きて、ここに居る”自分を確かなものと見いだせる。

 これは、半ばルーティン化している万友莉の防衛反応だった。

 そうして気持ちが落ち着いてくると、万友莉には今の自分の正しい“立ち位置”が感じられてきた。何も考えず普通に周囲を見回せば、ダンジョンに直に立ってそれを見ているようにしか感じられない。だが、万友莉の感覚で“自分の意識を一歩引く”と、自分はあの大きな装置の中にいる、と、何となくだが感じることができた。

「万友莉、そのまま自分をアヴァタから切り離すことを意識してみてください」

 そのマイの声も、落ち着いて意識すると、アヴァタの耳でなく万友莉自身の耳が認識しているのだと分かった。

 万友莉は言われたまま、自分の意識をアヴァタから“もっと引く”と、ふっ、と景色が遠のいて、次の瞬間、本来の自分自身に戻っていた。

「……マイ? できればこういうのは先に説明なり注意なりが欲しかったんだけど」

「それは失礼しました。今後に活かします。ともあれ、無事で何よりです」

「無事、って……何か、その言い方だと危険な可能性があったみたいなんだけど?」

「はい、万友莉が自己同一性の一部を見失い、軽度のパニックに陥る危険性を三割程度、そのうち深刻なパニックとなる可能性もわずかながら、推測していました」

「だったらなおさら先に説明してよ……もう」

 どんなに流暢に話していても、やはりマイという存在は、生身の人間とは本質的に違うものなのだ。そんな理解を得て、万友莉は、怒るよりも諦めに近い感情を覚えるのだった。


「ふあぁぁ~っ……」

 疲れた筋肉に沁み入るような、ほどよく温かいお湯の心地よさに、万友莉は思わず変な声を漏らしてしまう。その心地よさに、引きこもる内に背中に届くまで伸びた髪が湯に浸かるのも気にせず、肩までしっかり身体を湯に沈めた。

 あの後、万友莉は、マイとさらに色々とやりとりをしたのち、落着した空間内を歩き回った。当然、動き回ったのはアヴァタでだが、トレーシングシステムはよほど正確なのか、疲れまでしっかりフィードバックされた万友莉の身体は、その前の体力測定と合わせて、くたくたになっていた。おかげで身体を洗うのも億劫だったのだが、万友莉がマイに言われたとおりに“呪文”を、その結果をしっかり意識しながら口に出して唱えると、垢や汗などが混じったものだろう汚れが、足下にボロボロっと落ちた。マイによれば、これはツボポイントと関係ない、この世界の理による魔法とのことだが、万友莉はさすがに驚きつつも、疲れのせいだろう、その事実をどこか投げやりに受け容れた。

 湯の中で万友莉が心地よさのままに脱力すると、風呂のふちに乗せた頭を支えに、身体は水中に浮かび上がる。全身を伸ばしきってもなお余裕のある浴槽に、変な遠慮をせずに正解だった、と万友莉は思う。脱衣所を除いて二坪ほどという浴室は、ぱっと見、自宅の浴室の倍ほどの広さで、浴槽は倍以上もあるように見えた。それを見た瞬間は、広すぎたかな、とも思ったのだが。

 おかげでとても寛ぐことができている、と感じていた万友莉だったが、リラックスするにつれて、精神的に張り詰めていたものもほぐれてしまったのだろう、次第にその心中にはネガティヴな感情が渦巻き始めた。

 なぜこんなことになっているのだろう、ここはどこなのだろう、ドラゴンなんてものが存在してこんな魔法のようなことが普通に起こるこの世界で生きていくことができるのだろうか、生き延びるためにはこれからどうしたらいいんだろう、……どうして、私がこんな目に遭わなければいけないんだろう。

 気がつけば、万友莉の目からは涙が溢れていた。

 生き抜いてやる、そう決めた時の気持ちは本物だ。自宅でひたすらに鬱屈と過ごす、あの日々に戻りたいとはやっぱり思わない。だからといって、右も左も分からないこんな場所、こんな世界で、不安にならないはずがない。この神器が、どれほどすごい力を持っていたとしても。

 きっとまだ心のどこかに、次に寝て目を覚ませば、またあの自宅の布団の中で目覚める、なんて淡い希望があるのだろうな、そんな考えが万友莉の脳裡に浮かぶ。

 今日はめまぐるしく過ぎる状況の中、濃密すぎる体験をした。自分の中の『常識』が粉砕されるような体験だ。だけど明日、自室で目覚めたとして、自分が変われるとは思えない。これが夢なら、きっとこれほどに強烈な体験も遠からず消え去って、また鬱々と、ただ漫然と日々を生きる自分に戻ってしまう。それもまた、恐い。

 だけど、今どれだけこんなことを思い悩んでも、きっと時間は、ただ事実を厳然と、残酷に、私に突きつけるのだ。だったら……。万友莉はそう思うことで、努めて思考を打ち切った。

 自分は思い悩めば悩むほど、いたずらに不安を助長するばかりだ、そのくらいの自覚はある――そう自らに言い聞かせるようにして。


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