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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

幽閉され処刑を待つ私の文通相手が実は【爆炎の魔女】だったようで、ドラゴンに乗って国を焼きに来ました。

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/06

 冷たく湿った石壁。そこには窓すらなく、わずかな隙間から差し込む月光だけが、私の今の居場所を照らしていた。

 古塔の壁を這う冷気が、ボロボロになったドレス越しに体温を奪っていく。


 伯爵令嬢であったはずの私、アルマ・レティシアを待っているのは、明日執行される身に覚えのない罪による処刑だ。


「お姉様、お疲れ様。あなたの婚約者も、伯爵家の跡継ぎの座も、全部私が美味しくいただいちゃった」


 義妹のあの勝ち誇った笑顔と、かつての婚約者の冷ややかな視線を思い出すたびに胸が締め付けられる。無実の罪を着せられ、この「一度入れば二度と出られない」と言われる古塔に放り込まれてから、もう三日が経っていた。


 私はいわゆる「出来の悪い令嬢」だったらしい。

 義妹が父の書斎から消えた重要書類を私の部屋に隠しても、「私がやりました」と言わんばかりの証拠に、誰も私の言葉を信じなかった。

 婚約者だった王太子は、涙を流す義妹を抱き寄せ、「アルマ、君のような卑劣な女は、二度と太陽の光を浴びる資格はない」と冷たく言い放ったのだ。


 そんな私でも、一度も心を折らずにいられた理由がある。

 私は震える手で、首から下げたペンダント――魔法の琥珀瓶を取り出した。


「……ねえ、リア。あなたは今も、土をいじっているのかしら」


 その瓶を拾ったのは私がまだ七歳の頃だった。

 母を亡くしたばかりで、屋敷の中に私の居場所はどこにもなかった。父は仕事に没頭し、新しくやってきた継母と義妹は、すでに「家族」という完成された輪を作っていた。

 夕暮れの庭の隅、生い茂る雑草に埋もれた「星屑の井戸」と呼ばれる古井戸のほとりで私は泣いていた。

 そこで土に半分埋もれていたのが、太陽にかざすと星が閉じ込められているように光る、不思議な琥珀色の小瓶だった。


「……お母様。私、とっても寂しいの」


 ふと、母が生前に聞かせてくれたおとぎ話を思い出した。


『アルマ、どうしても寂しくてたまらない時はね、星屑に願いを託してごらん。きっと、世界のどこかにいる誰かが受け取ってくれるから』


 私は泣きじゃくりながら、持っていた画用紙の端をちぎり、震える指で精一杯の文字を書いた。


「だれかわたしとおともだちになってください」


 誰にも見つからないようにその紙片を琥珀瓶に入れ、枯れ果てた井戸の底へと投げ落とした。


「……届くはず、ないよね」


 自嘲気味に呟いて立ち去ろうとした、その時。

 井戸の底から、ゴゴゴ……と地鳴りのような音が響き、目も眩むような「紅蓮の光」が天に突き抜けた。

 驚いて覗き込むと、投げたはずの瓶がふわりと重力を無視して、私の手元まで浮き上がってきたのだ。

 震える手で蓋を開けると、そこには私が書いたものとは違う、少し癖のあるけれど温かい文字が並んでいた。


『はじめまして! 私はリア。アルマのお隣の国で農家をやってる、ごく普通の女の子だよ。井戸から手紙が届くなんてびっくりしたけど、私もお友達が欲しかったの。よろしくね!』


 井戸の中から戻ってきた瓶の中には、知らない女の子からの返信が入っていたのだ。

 相手は自称・平凡な農家の娘「リア」。

 それ以来この瓶を通じて、彼女は私の歪んだ世界に唯一の「正解」をくれ続けた。 


 不思議なことにこの魔法の瓶は、その後井戸を通じずとも私の手元と彼女の手元を転送で行き来するようになっていた。


 偶然繋がった彼女との文通は、私の唯一の呼吸口だった。

 私は彼女に自分の境遇を隠して「ただの令嬢」として接したけれど、彼女の返信はいつもどこか普通の女の子とはズレていて、それでいて圧倒的な肯定感に満ちていた。


 例えば、私が義妹に大切にしていたドレスを切り裂かれたとぼやいた時。


『ひどいね。私だったらその子の家系ごとこの世からデリート――あ、ううん。お花畑の肥料にしちゃうかも! アルマ、悲しまないで。アルマには、世界で一番綺麗な服を私がいつか用意してあげるから』


 例えば、私が王太子に冷たくされた夜、寂しさを埋めるように手紙を書いた時。


『その男、見る目がないね。脳みそが腐ってるのかな? アルマ、そんなやつより私の隣の国に来なよ。私がアルマを王様にしてあげられる……、なーんて、農家の娘の冗談だよ! えへへ』


 リアは、自分は「お花を育てるのが好きで、お洗濯が苦手な、どこにでもいる女の子」だと言い張っていた。

 リアは私の話をいつも優しく聞いてくれた。

 厳しいマナー教育や、義妹との確執に疲れた時、リアからの手紙はいつもお日様の匂いがした。


『今日はね、お花を育てるのを頑張ったよ。私、お花を育てるのが得意なの。アルマの国にも、いつか私が育てたお花をいっぱい咲かせられたらいいな』


 文面に滲む、おっとりとしたリアの笑顔を想像する。

 送られてくる押し花はなぜかほんのりと暖かさを帯びていて、凍える夜にそれを頬に当てると不思議と眠りにつけたのだ。


 でも、それももう終わり。


(……ごめんね、リア。私、約束を守れそうにないわ)


 「いつか本物のお茶を一緒に飲もう」という約束。

 震える指先で、私は最後になるであろう手紙を書き始めた。


 私がこの塔に繋がれるまでの日々は、緩やかな絞首刑のようだった。

 父が後妻を迎え、連れ子としてやってきたのが義妹のミレーヌだった。

 出会った当初、私は彼女を本当の妹のように愛そうと決めていた。けれど、彼女の瞳の奥に宿るどろりとした独占欲に気づいたときには、もう遅かった。


「お姉様、そのペンダント素敵。……でも、私の方が似合うと思わない?」


 そう言って笑いながら、母の形見の宝石を平然と床に叩きつけ粉々に砕いたあの日。私が抗議すると、彼女は信じられないような速さで自分の頬を叩き、涙を流して父の元へ駆け込んだ。


「アルマお姉様に、お母様の形見を隠しただろうって、叩かれたの……!」


 父は、私の言葉など一度も聞かなかった。

 再婚相手に骨抜きにされていた父にとって、私は「亡き妻に似た、疎ましい過去の遺物」でしかなかったのだろう。


 そして、決定打は婚約者だった。

 第一王子・カイル。幼い頃から共に育ち、愛していると信じていた人。

 彼はミレーヌが仕掛けた「アルマが隣国に情報を流している」という稚拙な偽造証拠を、精査することもなく信じ込んだ。


「アルマ、君には失望した。ミレーヌは君の裏切りを知って、私に泣きついてきたよ。……君のような薄汚い女に、この国の王妃になる資格はない」


 カイルの隣で、ミレーヌは勝ち誇ったように私を見下していた。

 味方は誰もいなかった。屋敷の侍女たちも、保身のためにミレーヌに従い、私に腐った食事を出すようになった。

 孤独。空腹。そして、愛した人たちからの拒絶。

 そんな地獄のような日々の中で、リアとの文通だけが、私に「アルマ」という名前を思い出させてくれた。


『リア、今日はお庭のお花が全部抜かれちゃったの。私が育てていたわけじゃないけど、なんだか悲しくて』


 私がそう書けば、リアからはすぐにこんな返信が来た。


『そっか。……ねえアルマ、そのお花を抜いた奴の家の庭、一晩で溶岩地帯に変えてあげようか? あ、冗談だよ! 代わりに、私がもっと綺麗な「光る花」の種を送るね!』


 翌日、瓶の中に届いた小さな種は、夜になると私の部屋を優しく照らした。

 その光を見つめながら、私は何度も涙を拭ったのだ。

 

 ――そして今、その種さえも取り上げられ、私はこの石牢にいる。

 ミレーヌは牢の格子の外から楽しそうにこう告げた。


「明日、あなたが処刑された後、私はカイル様と正式に婚約するの。お姉様、あなたの席はもうどこにもないのよ」


 すべてを奪われた。

 明日には、私は「魔女に魂を売った反逆者」として処刑される。


(……せめて、最後くらいは。リアに、本物の私を知ってほしかったな)


 私は羽ペンを走らせる。涙がインクを滲ませるけれど、止められなかった。


『リア。ごめんね、私、嘘をついていたの。私、本当は明日処刑される罪人なの。あなたと会ってみたかった。本物のお茶を淹れて、あなたの育てたお花を一緒に見たかった。……リア、あなたはそのままでいてね。平凡で、優しくて、お花を愛する女の子でいてね』


 手紙を瓶に詰め、願いを込めて送る。

 いつもなら数時間はかかる返信が、その夜はわずか数十秒で戻ってきた。


 瓶の中で光る紙片。

 急いで取り出し月光に透かしたその文字は、いつもの丸っこい可愛いフォントではなく、紙を切り裂くような鋭い筆致だった。


『――アルマ。一時間だけ待ってて。あなたの国の結界、今から全部ぶち抜くから』


 え……?

 言葉の意味がわからず呆然とする私の耳に、遠く、夜の静寂を切り裂くような「咆哮」が届いた。

 その直後。

 ドン、と腹の底に響くような震動が塔を揺らした。


「な、なんだ!? 何が起きている!」


 塔の階下で見張りの兵士たちのうろたえる声が響く。

 私はよろよろと立ち上がり、唯一外が見える小さな通気孔に顔を寄せた。

 

 夜空が、燃えていた。

 いや、燃えているのではない。この国を全方位から守っているはずの「絶対守護の魔導結界」が、まるでガラス細工のように、真っ赤な炎の礫によって叩き割られているのだ。

 

 結界をぶち抜く? 

 この国、アスカロン王国の結界は、建国以来一度も破られたことのない最強の盾だったはずなのに。


「……嘘、でしょ」


 暗雲を裂いて現れたのは、巨大な翼を広げた数多のドラゴンたち。

 その先頭、ひときわ巨大な紅蓮のドラゴンの背には一人の女性が立っていた。

 夜風に長い髪をなびかせ、手にした杖から王城の尖塔さえも一撃で溶かすほどの魔力を放っている。

 

 その時、手元の琥珀瓶が激しく発光した。

 吸い込まれるように意識が瓶へと引き寄せられ、頭の中に「声」が直接流れ込んでくる。


『……ごめんね、アルマ。ずっと嘘をついてた』


 その声は文通で何度も想像した、リアの優しくて少し高い声。

 でも、今の彼女の声には、触れれば切れるような鋭利な冷たさと、私への狂おしいほどの情愛が混ざり合っていた。


『私、実は平凡な農家の女の子じゃないの。私の国ではね、私のことを「爆炎の魔女」なんて呼ぶ人がいるみたい。あ、でも、お花が好きなのは本当だよ? ただ、私が一番得意なのは、人を灰にする魔法を「育てる」ことだっただけなの』


 リア――いいえ、隣国最強の魔導師アドリアーナ。

 彼女が杖を振り下ろす。

 次の瞬間、私の視界は真っ白な光に包まれた。


 凄まじい衝撃。けれど不思議と痛みはない。

 私の周りだけ柔らかな温風の壁が守ってくれているのがわかった。

 

 轟音とともに塔の壁が内側からではなく「外側」から、紙細工のように引き剥がされる。

 崩れ落ちる瓦礫の中から月光を背負って、一人の女性が降り立つのが見えた。


 黒いローブを翻し、真紅の瞳を怒りに燃やした彼女は、私を見つけた瞬間子供のように顔を綻ばせた。


「アルマ! やっと会えた……! 本物のお茶、飲みたかったんだよね? 今すぐここを更地にして、最高のティーサロンを建ててあげるからね!」


 彼女は私の手を取り、そのまま抱きしめる。

 その温もりは、文通の瓶から感じていたあの温かさそのものだった。


 塔の下からは、カイル王子やミレーヌたちの悲鳴が上がっている。

 無理もない。たった一人の「友人」を救うために、彼女は一国の軍隊に等しい戦力を、たった一時間でここに集結させたのだから。


「リア……、本当に……、あなたなの?」

「うん。アルマのリアだよ。さあ、あなたをいじめたゴミ掃除を始めましょうか。汚いものは全部、私が焼き払ってあげる」


 リアは私を守るように背に隠し、塔の下に集まってきた王国の騎士団を見下ろした。その瞳には、私に向ける慈しみとは真逆の、底知れない破壊の意志が宿っていた。


「アルマを、その犯罪者を引き渡せ! それは我が国の囚人だぞ!」


 塔の下でカイル王子が剣を抜き放ち、声を荒らげている。彼の後ろには、怯えながらも「お姉様を連れ戻して!」と叫ぶミレーヌの姿もあった。

 彼らはまだ、自分たちが何を相手にしているのか理解していない。アルマの隣に立つ、この可憐で苛烈な「厄災」が何者であるかを。


 アドリアーナは私を抱き寄せたままくすりと笑った。


「アルマ、あそこに並んでいるのが、あなたを泣かせたゴミたち?」

「リア……」

「返事は要らないよ。あなたの目は、もう全部知ってるって言ってるもの」


 アドリアーナが軽く指を鳴らす。

 それだけで空を埋め尽くしていたドラゴンの一体が、王国の騎士団の目の前に着弾した。凄まじい衝撃波でカイルたちは無様に地面を転がる。


「な、なんだ、この怪物は……!? ドラゴンの軍勢なんて、伝説の『爆炎の魔女』じゃあるまいし……!」


 カイルのその呟きに、アドリアーナは楽しそうに首を傾げた。


「正解。でも、残念ながら報酬は『死』だよ。……私のアルマから、住む場所も、家族も、誇りも奪った罪は重いんだから」


 彼女が杖を一振りすると、王国の騎士たちが持っていた剣や槍が一瞬で溶けてドロドロの鉄塊に変わった。悲鳴を上げて武器を放り出す兵士たち。


「リア、待って! 殺さないで!」


 私が思わず彼女の袖を引くと、アドリアーナは「ええー?」と不満そうに頬を膨らませた。文通の時と同じ、年相応の少女のような仕草。けれど、その背後では無数の炎の槍が、カイルたちの眉間を狙って静止している。


「どうして? こいつら、アルマを殺そうとしたんだよ? 一度更地にして、新しい種を植え直した方が早いと思うんだけどな」

「ダメよ。そんなことをしたら、あなたが人殺しになってしまうわ」


 私の言葉にアドリアーナは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 そして、ふにゃりと、心底幸せそうに笑ったのだ。


「……あはは! やっぱりアルマは最高。こんな目に遭わされても私の心配をしてくれるんだね。……うん、私、もっとアルマが好きになっちゃった」


 彼女は私の額にそっとキスをすると、冷ややかな視線を下の群衆へ投げた。


「わかったよ、アルマ。殺すのはやめてあげる。その代わり……、この国、私が買い取っちゃった」

「……え?」


 アドリアーナは懐から宝石で飾られた分厚い羊皮紙を取り出し、カイルたちの前に放り投げた。


「それはお隣の帝国が発行した『領土割譲の承認書』。あなたたちの国王は、私の魔力と我が国の財力を見せつけたら、震えながらこれにサインしたよ。つまり、今この瞬間から、この国は私のプライベート・ガーデン――『アルマの庭』なの」


 カイルが這いつくばってその紙を読み、顔を真っ青にする。


「バ、バカな……、父上が、国を売ったというのか!?」

「当たり前でしょ。売らなきゃ今頃、王都は灰になってたんだから」


 アドリアーナは無造作に空中を歩き、絶望するミレーヌの目の前まで降りていった。


「あなたが、アルマのドレスを切り刻んだっていう義妹さん? あなたのその綺麗な髪、全部むしり取って、アルマの部屋の絨毯の素材にしてあげようか?」

「ひ、ひいいっ! 助けて、カイル様ぁ!」


 ミレーヌがカイルに縋り付くが、カイルはすでにアドリアーナの圧倒的な魔力に腰を抜かし、ガチガチと歯を鳴らすことしかできない。


「あ、カイル王子だっけ? あなたはアルマに『太陽の光を浴びる資格はない』って言ったよね。……いいね、その台詞。そっくりそのまま返すよ。これからの人生、地下の肥溜めで一生太陽を拝まずに過ごしなよ。……あ、隣にいるお似合いの婚約者も一緒に入れてあげる。優しいでしょ?」

 

 アドリアーナの影から這い出した漆黒の鎖が、二人を逃さぬよう絡め取る。


「やめてくれ! 私が悪かった! アルマ、助けてくれ! 愛しているんだ!」


 カイルの見苦しい叫び。私はそれを、驚くほど冷めた目で見つめていた。


「リア。……私を、連れて行って」


 私のその一言で、すべてが決まった。

 アドリアーナは満足げに頷き、指を鳴らす。

 カイルとミレーヌ、そして私を陥れた者たちは、魔力の縄で引き摺られ、彼らが私を閉じ込めたあの暗い場所へと連行されていく。


 それを見届けたアドリアーナが再び私の隣へ舞い戻り、悪戯っぽく笑った。


「お待たせ、アルマ。……ねえ、気になってるでしょ? 私がどうして平凡な女の子のふりをしてまで、あなたと文通を続けていたのか」


 彼女は私の手をそっと握り、少しだけ照れくさそうに視線を泳がせた。


「七歳の頃、私が初めての大きな戦争で心を壊しかけていた時……、井戸からあなたの手紙が届いたの。『誰かお友達になって』って。……あんなに真っ白で、打算のない言葉に触れたのは初めてだった。あの日から、私は爆炎の魔女じゃなくて、『リア』として生きる時間が一番の宝物になったんだよ」


 彼女は私を抱き上げ、ドラゴンの背へと飛び乗った。


「さあ、戻ったらお茶の時間にしましょう、アルマ! 私の国にはあなたに紹介したいお兄様も、最高のお菓子職人もたくさんいるんだから!」


 燃えるような夕焼けの中、私たちは飛び立った。眼下にはもはや私を縛るもののない、ただの広い世界が広がっていた。

 アスカロン王国は、アドリアーナの手によって新たな時代を迎えることになるだろう。私を陥れた者たちの未来を知ることはないが、私の心はすでに過去から解き放たれていた。


 そして今、私は隣国の、アドリアーナが用意してくれた美しい離宮にいた。窓からは色とりどりの花々が咲き誇る庭園が見える。

 温かい日差しが部屋に満ち、すべてが夢のように穏やかだった。


「アルマ、お待たせ。今日は特別に隣国で一番美味しいと評判の茶葉を用意したんだ」


 そう言って入ってきたのはアドリアーナの兄であり、この国の第一皇子であるフェリクス様だった。彼はアドリアーナが私に紹介してくれた、優しく誠実な人物だ。


「フェリクス様、ありがとうございます。リアは?」


 私が尋ねると、フェリクス様は苦笑した。


「アドリアーナなら新しい領地の視察に行ったよ。君に安心して暮らしてもらえるようにって、張り切っていた。少し働きすぎなのが心配だが、君のためとなるとあの子は本当に強いんだ」


 彼の言葉に私は胸が温かくなった。アドリアーナの友情は、私の人生を変えてくれた光だ。

 フェリクス様が淹れてくれた紅茶は、本当に美味しかった。

 口にした瞬間華やかな香りが広がり、優しい甘さが心を解きほぐしていく。冷たい塔の中で渇望していた、本物の味だった。


「美味しい、です…」


 思わず声が漏れると、フェリクス様は嬉しそうに微笑んだ。


「そうか、気に入ってもらえて嬉しい。君の笑顔を見ていると妹の気持ちがよくわかるよ。あの子は君との文通でどれだけ救われたか、いつも話していた」


 フェリクス様の大きな手がそっと私の手に触れる。ドキリとしたが、その手はとても温かく安心できた。琥珀の瓶から感じていた、あの魔法の温もりのようだ。


「アルマ。これからは、ここで心穏やかに過ごしてほしい。君を傷つけるものは、私が――そして口うるさい妹が、決して許さない」


 真剣な眼差しで見つめられ、私は顔を赤らめた。彼の隣にいると心臓が不思議な音を立てる。

 その時、勢いよくドアが開いた。


「アルマ! フェリクス兄様! 新しいお茶会を私抜きでなんてずるい!」


 アドリアーナが少し頬を膨らませながら入ってきた。彼女の元気な声を聞くと自然と笑みがこぼれる。


「リア、おかえりなさい。大丈夫だよ、一緒に飲もう」

「アルマ!  私もアルマを世界一幸せにするからね! お兄様に負けないくらい!」


 アドリアーナが私の手をぎゅっと握りしめる。

 フェリクス様とアドリアーナ、大切な人が私の両隣にいる。

 かつての孤独な夜、冷たい石壁の中で私はすべてを諦めていた。けれど、魔法の瓶が繋いでくれた縁は、私を地獄から引き揚げ、こんなにも温かな場所へ連れてきてくれたのだ。


「……ふふっ。私、今とっても幸せだわ、リア」


 私が微笑むと、アドリアーナは文通の時と同じ「えへへ」という少しドジそうな笑い声を上げた。

 窓の外には、アドリアーナが私のために咲かせた、燃えるような真紅の花々が風に揺れている。


 もう、怖いものなんて何もない。

 私の周りには今、世界で一番温かくて、少しだけ騒がしい、幸せな「爆炎」が咲き誇っているのだから。



【END】

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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女の子同士の最強な友情は、すべて解決すると思います!

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