第2話 ああ空高く
樹海でも死ねず、グシャグシャに泣き散らかしながら卓也は樹木のあいだで蹲って「迷子になっちゃったよ〜」と泣いていた。昭和五十五年、十二月二十九日。この日は月曜日で、月曜日といえば卓也にとっては大切な日だった。なんと近所の月に一度だけ開くパン屋の開店日がその日なのだ。
パンを食べることをとりあえずの目標にして帰ろうとしてみたけれど、普通にバカなので目印もつけずに樹海を彷徨い、そさて普通に方向音痴でもあるので当たり前のこととして迷子になった。
シクシク泣きながらとりあえず歩かないことには始まらないと考え、しばらく泣いてから歩き出した。今日はとても寒い。このままの格好でいたら風邪を引いてしまう。クライムコンバーターの力は借りたくない。使えば使う度に化け物になってしまうという都市伝説的な代物ではあったので、そういうのを鵜呑みにしてしまうと、使いたいとは思えなかった。
人間のまま死にたい。
「どこだよ此処ばかやろう‥‥‥どこだよマジで‥‥‥マジでどこだよ此処‥‥‥うう、ううう‥‥‥」
せめて山から降りたい。ここはあまりにも寒過ぎる。卓也は必死で歩いて、歩き疲れたころ、やっぱり死ねないんだろうなと絶望して、とりあえず横になってみることにした。そうしてしばらくしていると、小さな少女の泣き声が聞こえてきた。
親子がこの樹海で自殺をはかったらしい。母親らしき女が首をくくって揺れていた。しかし‥‥‥少女が泣いている。どうやら、母親は最期の葛藤で親心に勝てず、娘を殺してしまうのを辞めたらしい。母が死んでしまったので少女は死体の傍らで泣いていたのだ。
「きみ!」
卓也は涙を拭いて、気を引き締めて、少女に駆け寄った。
「助けに来たよ、山を降りよう」
卓也は嘘をついた。樹海の近くに住んでいる人が怪しい親子が樹海に入っていくのが見えたからその話を聞いて気になってついてきたという嘘。母親の遺体を背負って、少女の手を引いた。
こういう時、クライムコンバーターの怪力があって良かったと思った。少女は途中疲労と寒さのせいか風邪を引いて寝込んでしまった。しばらく悩んでから変身した。黒い強化皮膚と赤い複眼、クローブ、ブーツ。空に飛んでから、道があるのを見つけて、樹海を出た。
変身した卓也の垂直跳びは最大六十メートルである。
その道を歩き、人里があるのを見つけると、卓也は変身を解除して胸をなで下ろした。すぐに交番に駆け込んで、警官に事情を話すとすぐに少女は病院に運ばれていった。
「君はなぜあの樹海へ?」
「死のうと思ったんですけど、無理だったので‥‥‥」
クライムコンバーター・バックルを無理矢理つけられたところを隠して、事情を話すと、警官は複雑な顔をした。警官の名は倉瀬純一と言った。歳は三十二歳でこの街の外れにある農家の息子らしい。
「君はうちが引き取る」
「えっ?」
「放っておけない」




