第10話 広縁の君を
やはり、何か秘密があるのかもしれない。
二葉はそんな事を考えながら広縁で本を読んでいる親友を見る。橋本という家からやって来た倉瀬卓也。兄の純一いわくどういうわけかあの男は死にたがっており、まともな精神状態ではなかった。
では何故そうなってしまったのか。別に生まれつき死にたがりという訳ではないだろう。何故そのような人間になってしまったのか。大きな問題を抱え込んでしまったからだろう。ではその大きな問題とは何なのだろう?
本人に直接聞いてみればスッキリするかもしれないが、悲しい事に二葉はまだポンポン秘密を打ち明けてもらえるほど信用されてはいない。
じぃーっと見つめていると、ふと卓也と視線が合う。少し赤色の入った茶色の瞳。彼は情けなく垂れた前髪をがしっとかき上げながら「どうかしたか?」と言わんばかりに眉を上げた。
「何読んでんの」
「郷土館そばの本屋にあったんだ。〈水都偉人伝〉……水都をつくったいろいろな人の話が書いてある。とてもおもしろいよ」
「文学少年だなあ。怪談読めよ」
「いけずだなあ。俺が怖いの苦手ってわかるでしょ」
「わはは」
ごまかした。
思わず。
もし例えば二葉がここで「お前のことをもっと深く知りたい」なんてことを少しでも言葉を選んだとして打ち明けてみれば、卓也はどのような反応をするのだろうか。
二人しかいないこの客室が二人だけの世界になってしまうような、生ぬるい夏の気配が流れるなかで、彼はどのような顔をしてくれるのだろうか。
カラッとコップのなかの氷が鳴いた。
どちらかが腕を伸ばせば頬に手が届くような距離で、二人は理由も分からずに見つめ合っていた。
そうしているところに進一と光太郎がやって来た。進一はなにやらセクシャル的な営みがあったんではないか、というような二人の距離感にすこしピリつきながらも、何もわかっていないふりをして卓也に「作務衣着ろよう」と言った。
「俺は作務衣いいよ、こっちのほうがいいんだ」
「なんで作務衣よりつなぎのほうがいいんだよ」
「卓也は変だからなあ」
「あはは……」
彼は私服となるといつも灰色のつなぎ服を着ていた。服がめくれて腹が出ることが無いから。卓也は誤魔化すように笑ってから、二葉の頬に手を当てて、微笑む。
「君の言いたいことは、俺たちにはまだ早すぎるから、言わない」
「…………いけずはどっちなんだ……」
「どちらもでしょ。俺たちお似合いのコンビなんだ」
「そうやってからかうんだ! ほほぉ〜! 少し前までビクビクしていたばかりの激弱男のくせに、少し女にモテるようになったからといって、今度は親友すら口説き始める」
「過剰反応すぎない……? 別に女性に好かれるようになったのと君に語弊のある事を言っちゃったのは無関係だろ! なんなんだ君!」
さっきまでの柔らかい熱気をなかったようにするように、いつものふざけ尽くした軽口を。氷のように。




