007 〝這いよる混沌〟
「あら?私の正体、気づいてなかったのかしら?」
「いや、今日が初対面なのに気付くも何もないでしょ」
え、今の一瞬で君の正体を悟れって?
いやいや、それはさすがに無理があるって。初対面だよ? 僕たち、今日であったのが初めてだよね?
「あら?あなた、完全に記憶が戻ったわけではないの?」
「虚空記録層、アレに干渉したの君だったのか」
戻ってないしいきなり投影されてもわからんて。
たぶんこの女の言いよう的にあれは僕の前世とか...たぶんそんな感じのサムシングの記憶だったんだろう。
だけど、投影するなら先に行っておいてほしかったかなぁ。
ダンジョンの異変かと勘違い...いや実際に異変は異変なんだろうけどとにかく何者かが僕に害を与えようかとしているのかと勘違いしちゃったじゃないか。
「僕が見たあの〝夢〟――結局四天王を倒したところで終わったよ?」
たぶん、この女は僕の〝夢〟の全容を知っている。だから投影できたんだろうし、全て知っていないとこんな自信満々に記憶が戻ったのなら女を知っているはずだ、的な発言はできないだろう。
だけど、一つ疑問があるとするならば。
――どうして投影させたのはこの女自身のはずなのにどこまで僕が見たのか知っていないのか?
その一つである。
僕の一言に否定しないことから投影させたのはこの女だと確定している。
どんな術を使ったのかはわからないけど、少なくとも僕の〝魔術〟ならどこからどこまでの記憶を投影させるか、という指定をしてから術を行使する。それが魔術行使のための最低限の設定であり、安全のための保障でもある。
じゃあ、この女の使う術は違う?そもそも僕より強いんだし触手ぶんぶんしたりしてるんだし僕とは根本的に違う力を使用した可能性はあるけれど、それでもそれくらいの設定はあると思うんだよなぁ。
疑問を込めた目つきで女を見つめる。
「――あぁ、さすがにすべてを思い出させるのは彼らが許さなかったのね」
彼ら――つまり、この女以外にもダンジョンに潜む何者かがいるということ。
予感はしていた。ダンジョンから出ることができないように厄介な〝理〟を作り出した存在がいると、それは知っていたから。
そして多分、この女のそれら上位存在の一人なんだろう。
楽しみだなって。これから女が話すであろう内容を想像しながら、僕はそう思うのだった。
...
......
.........
「さて、それじゃあ私の自己紹介と行きましょうかね」
どこからともなく女が取り出した椅子に座り、二人対面。
どっちから話せばいいんだろうと少し気まずい雰囲気が流れ始めようとしていた時、女が口を開いた。自分のコミュ力のなさが憎いよ、本当に。
「ある程度予想はしていると思うけど――」
「――〝神〟のさらに上、名前はないけど取り敢えず〝上位存在〟なんて呼ばれてる。そんな存在なんでしょ?」
「よくわかったわね。だから今からこのダンジョンから外に出してあげることもできるわよ?」
うっ...お願いしたい。けど...けど!
せっかくここまで頑張ったんだからダンジョン踏破までは行きたいんだよなぁ。
せっかく10年も続けてたのに今地上に戻って配信を切ったら、それはそれでネットでたたかれそうな気もするし。あと何か気に入らない。
本当に最下層があるのかという問題はあるけど...うーん。ここは断っておくべきかな。
あ、そうだ。コメントも見とこう。
:やばい!社不が返ってくるぞ!!
:防壁や!東京第一ダンジョンに防壁を!!
:ニュースで東京を捨てるべきかの討論始まってて草
:社会不適合者はお断りです
「...帰りたくない」
「あら、面白い顔をしながら断るのね。いいのよ?正直に帰りたいって言っても」
「いや...コメントで社会不適合者は帰ってくるなって見えたから帰りたい気持ちも消え失せた」
「あら」
「...」
...そこまで僕って社不かな?確かに倫理観とかに関してはぶっ壊れちゃった自覚はあるけど別に人殺したりしないよ?
腹立ったら殴るとかはあるかもしれないけど、それでもねぇ?それくらいは正当防衛として成り立つでしょ。
...え、成り立たない?というか僕が殴ったらひとたまりもなく死ぬ?
...自業自得だよね、うん。トレーニングしたら僕に殴られても死なないさ。ウェルカムダンジョン。
「と、とにかく。それで君は何でこの層にいたの?なんかボスの上に座ってたけど」
「あぁ、暇つぶしで適当にうろついてたらちょうどあなたの気配がしてから待ってたのよ。ただちょっと記憶がない状態で会うのも気まずいから記憶を復活させようとしたのだけど――」
「見事にほかの〝上位存在〟にしてやられたと」
「一応、〝上位存在〟じゃなくてあいつらは〝旧支配者〟。私は〝外なる神〟っていう呼称があるのよ?」
ッスーーー、〝旧支配者〟?〝外なる神〟??
「あれれおかしいな。僕の記憶違いでなければそのどちらもその気になれば人類も地球も滅ぼせるくらいのクトゥルフ的存在だと思うんだけど」
「あら、あなた私のこと知ってるじゃない。私の名前、聞く?」
「...怖いけど」
「〝ニャルラトホテプ〟――それが私の名前よ」
うーん混沌。なんだっけ?混乱とか人の苦しむ顔が好きな外なる神の1柱さんじゃないですかー。
てことは〝上位存在〟って〝クトゥルフ神話的存在〟のことを言っていたのね?そりゃ人間の僕程度じゃ手も足も出ないわけだわ。
よく僕発狂しなかったな。SAN値チェック成功したのかな。
「〝這いよる混沌〟さんがなんでこの世界に来てるのよ...」
「あなた、なかなかに詳しいのね。ちなみに私以外の神も続々と地球に来てるわよ?」
おかしいな。クトゥルフ神話の神々って大体ものすごい大きさしてるし概念的生物だし倒せないし封印されてるはずなんだけど。
それらが地球に集合してる?なにそれ。
「怪獣大決戦でも始まるの?ねぇ。今すぐ地球から逃げた方がいいのかな」
たぶん〝這いよる混沌〟――肉体端末を使って人と遊んでることの多いニャルさんだからこの地球は無事なんだろうけど、ほかの〝外なる神〟が地球に来たらひとたまりもなくすべて崩壊するよ?
〝副王〟とか来てみろ。ひとたまりもなくみんな発狂するから。東京がカオスになっちゃう。
「安心してくれていいわよ。今のあなたなら〝奉仕種族〟くらいなら簡単に倒せると思うから。というか、ダンジョン900層を超えたあたりから階層ボスは大体〝奉仕種族〟になってるはずよ?」
「だからあんなに気持ち悪い見た目だったのか...僕よくSAN値直葬されなかったな」
「【虚空記録層】を使える人にSAN値なんてあるわけないじゃない。あなたも立派なこっち側よ?」
「...えっ?」
そもそも、生命に冒涜的な見た目をしている階層ボス――ニャルさんのいう〝奉仕種族〟を普通に倒し、なおかつそれを喰らっている時点でSAN値なんてないに等しいのかもしれないけど、それはまあ置いておくとして。
クトゥルフ神話trpgで〝外なる神〟とかの信仰者が発狂するのは膨大な情報量に耐えきれないから、もしくは世界の真実を知ってしまい、自身の存在意義を見失うから的なアレを聞いたことがある。
もしそれが本当で、なおかつこの世界でもそれが適応されるなら――まだまだ弱い状態でもダンジョンを含まないほぼ全ての世界の情報を得ることのできる【虚空記録層】を容易に耐え、真実を知ってなお人格を保持している僕は〝外なる存在〟を見てもSAN値が減ることがなくなる、という可能性もあるのかもしれない。
信じたくはないけれど、僕はすでに外側の存在に足を踏み入れているのかな?
...いや、それにしてはまだ〝旧支配者〟に勝つことなんてできないみたいだしそれはないか。まだ僕は人間。そう、まだ僕は一応人間なのである。
「どう?――あなたがダンジョン踏破なんて目標を掲げている限り絶対に地上に出ることはできないんだし、あなたも〝外なる存在〟になってみない?」
「...え? 僕、外に出れないの?」
「あら?あなた本当にダンジョンに最下層があると思っているの?」
「...え?」
――ないの????
あとがき――――
徐々に評価が上がっていていてうれしいtanahiroです
新作とか最近書きダメしてるのであと少しでまた新作が出ると思います
...まぁ昨日新作を出したばかりなんですが()
星評価、コメント、いいね、作品/作者フォローよろしくお願いします!
私のモチベが尽きた場合何の知らせもなく失踪するかもなんでぜひともコメントなどで私のモチベをさせていただければ...幸いです




