002 虚空記録層
「おかしいなぁ...」
あたりを見渡すも、そこに広がるのは洞窟のような光景だけ。
――この事実自体に、異常さはみじんもない。
されど、僕も。そして僕の配信を見る視聴者も、みな、同じ違和感を抱いていた。
じゃあ、いったい何に違和感を抱いているのか?それは簡単。
:魔物、いないね
:敵、いないね
:静かだなぁ
:平和だなぁ
:今日だけはR18G消せるかな?
――そう、異様に敵が現れないのだ。
ここ一時間くらいは、ずっと。
「さっきまではちゃんと敵出てきてたよね?」
:おう
:いつも通りの悲鳴ASMRが続いてたぞ
:一時間くらい前からかな?
:魔物出てこなくなったねぇ
コメントをずらーっと読むと、肯定する声が多数見える。
うーん、やっぱりこれはダンジョンの異常かぁ。
――そういえば、ダンジョンには異常という概念がある。
といっても、正式にそう名付けられているわけではなく僕がそう呼んでいるだけなんだけど。
簡単に説明すると、異常というのは異様に出てくる魔物の数が多くなったり、強くなったり。それまた逆に、敵が出てこなくなることもある。
大体の場合、前者のように魔物バーゲンセールのような状態だと次の層で敵が弱くなったりする。
――じゃあ、後者の場合はどうなるか?
想像は簡単だろう。端的に言えば、ボスが強くなる。
敵が弱くなるだけなら、ボスが強くなったりするだけでいい。
しかし...今のこの状況を見ればわかる。
今この層には、おそらく一体も魔物はいない。
つまり――今の僕では倒せないほどの力を持つボスがいる可能性が出てくるのだ。
「ダンジョンの異常とはその層を中心とした前後の層での均等を保つための現象。僕はそう考えてきた」
:だったな
:一時期お前ダンジョンに関する考察勢みたいなことしてたもんな
:たしか地上でもその可能性が高いって言われてた
:朝のニュースでその考察シーンが切り抜かれてたから覚えてるぞ
僕のつぶやきに対し、多くのコメントが肯定してくれる。
嬉しいね、人気者になるというのは。
...だけど、今の状況だとこのコメントに喜んでることはできないかな。
「僕の予想が正しければ...この層のボスは、僕に対処できないほど強い」
:だろうなぁ
:お前の10年の配信の中でここまで敵がでてこなかったことないもんな
:そりゃあそこまで強くなるのが普通ってもんか
:選ばれしもの、それが宿命
コメントを流し見、続けて僕の考えを述べる。
「だけど、ほんの少し。限りなく可能性は薄いけれど...1000層のボスが異常を起こしてる可能性もある」
これまでたくさんの異常に立ち会う中で、一回だけそんなことがあった。
たしか、499層くらいのとき。
出てくる敵が、まるで僕の存在が知覚できないかのように僕を認識せず、そのままボス戦まで行けたという経験が。
ボスが特別強いのかの警戒したが、特にそんなことはなく。
「えっ、なんだったの今の?」って拍子抜けたのを覚えている。
だけど、後々考えれば自分の向かってきた方向――つまり、その時の448層の方――から轟音が聞こえてきたことで、異常があったのはその前のそうだったってことがわかった。
「だけど、なぁ」
本当に、その可能性は低いと思う。
だって、特に後ろから音が聞こえてきたりはしないんだもの。
感じることといえば前の方から異様に生物の気配がしないだけ。
うーん...前へ進む足がすくむくらいには怖いね。
「何があるか知る方法ないかなぁ」
考えるも、いい方法は思いつかない。
こういうときだけ変に動かなくなるこの頭が憎らしいよ。
:ためしに【虚空記録層】つかってみたら?
:でた
:便利すぎる魔術ね
:ほぼ神の権能だろその術
「あぁ、それいいかもね」
さすがに何が起きてるか、そこまでアクセスする権限はないと思うんだけど...まぁ、やってみる価値はあるかな。
僕のレベルでどこまでの情報が得れるのか、最近検証してなかったし。
これを気に同時に検証までやっちゃおう。
異常のせいだとはいえ、今は魔物がいないんだ。情報量に耐えられなくなっても、多分死ぬことはない。
そこまで考え、僕は魔法陣を展開。黝い魔法陣がぐるぐると回りだす。
ここから魔力を流し込み、詠唱するといったところで――僕は違和感に気づいた。
...え?これまでって魔法陣の色、青色だったよね...?
:あれ?
:魔法陣の色が違う
:レベルアップでもしたか?
:前までは青色だったと思うんだけど…今は青黒い?
即座にコメント欄を確認すると、どうやら僕の違和感は当たっている様子。
魔力の巡りなど、すぐに違和感がないか確認するけど、特に何も見つからない。
「え?これってこのまま魔術使っていいやつ?」
大丈夫かな。このまま使ったらいきなり爆発したりしないかな。こめる魔力量、少なめにしてみる?それだったら爆発したときの威力も小さくなるかも...よし、そうしよう。
コメント欄は特に見ない。このままコメントに頼ってたら依存しちゃう気もするし、特に何も考えずに魔力を流し込み、僕は唱えた。
――《虚空記録層》
膨大な情報が僕の頭に流れ込む。
少し頭痛はするけど、まだ処理しきれないほどじゃなっ...
――――――――――――
夢を、見ていた。
僕ではない、誰かの夢を。
だけど...僕の記憶ではないはずなのに、なぜかわからないけれど...どこか、懐かしい気がしていた。
「なぁ、お前。本当にやるのか?」
知らない少年。だけどどこか見覚えのある少年が僕に問いかけてくる。
「うん、僕はやるよ。流石に、死にそうだと思ったら逃げはするけどね」
対し、僕は...この夢の主人は苦笑しながらそう溢す。
明らかな僕の意識があるのに、明晰夢のようにはいかない。だからこそ、これが誰かの記憶のリプレイだと、しっかりとした意識を持った僕は察していた。
――この夢の世界は、現代ではない。
夢の主人の記憶もある程度与えられたおかげか、この世界の情報が僕にはよくわかる。
この世界は、僕らでいう魔物によって全てを支配された――まさに中世ヨーロッパの剣と魔法の世界。
腕力も、魔力も。特に秀でた所のない人間種が、魔物どもに勝てるわけもなく、家畜として支配されていた。そんな世界だ。
――しかし、そんな世界でも命知らずというものは存在する。
「魔物に勝って、かつてのように人間の土地を奪い返す。それって、とってもロマンあることだと思わない?」
この夢の主人は、魔術が得意だ。
それこそ、まるで僕みたいに自身で魔術を創り出したりする。不思議なことが一つあるとするなら、この夢の主人も僕と同じ魔術――【虚空記録層】を使うということ。
もしこれが単なる夢なら、僕に都合がいいように作られただけなんだろうけど...僕の予想通り誰かの記憶なら、僕とこの夢の主人は何かで関わりがあるということになるんだろう。
「だからさ、僕は行くよ。もし僕が旅中で死んでたら...あいつバカだったなぁって。そう笑ってくれ」
僕の意識に関係なく、この体はそう言い放つ。
呼び止めようとした男の姿を最後に――僕の視界はまた、暗転した。
――――――――――――
「さて、どうせ私に会ってもらうならある程度記憶を取り戻してもらおうと干渉したわけだけど...だめね、知らなくていいこともで思い出そうとしているわね」
1001層のボス部屋。
女は相変わらず、重力によって苦しむボスの上に座り、嗤う。
「ここで夢止めるのも面白そうだけど...どうせなら、どこまで思い出すのか気になってきたわね」
重力を緩め――締め付ける。
まるでボスをいたぶるようにその動作を繰り返しながら、女は語る。
「あぁ。彼、配信もしていたのね?それじゃあ、視聴者たちにも彼の夢、見せてあげようかしら」
虚空に向けて、手刀を一閃。
すると、まるでそれがあたりまえかのように空間に亀裂がはいる。
――ダンジョン。
そう。それは、ダンジョンの入り口の亀裂に酷似していた。




