001 予感
1000層を突破して、1日が経った。
あれからすぐ1001層に降りて結界を張り、気絶するように眠った。僕が思っていたよりも、1000層でダンジョン踏破ではないという事実は僕に重くのしかかってきていたらしい。
いい加減早く帰りたい、とは思うものの。【帰還】のスキルを持っている人が活動しているのは主に5層前後。
僕を抜いた探索者の最前線が20層とのこと。
いまから地上に戻ろうものなら、少なくとも980層は走って戻らなければいけないことになる。最前線に【帰還】がいることをを前提として話しているので、おそらくもう少しは走らなければいけないだろう。
そんなの、少なく見積もっても5年はかかる。成長して過去の層の敵は簡単に倒せるようになったとは言え、それだけ距離があるのだ。
…だったら、まだ先に進んだ方が賢明かな。
起きたばかりでまだ動きにくい体を奮い立たせ、体を起こす。
――《支度》
ダンジョンでの日常を過ごす用の魔術――【支度】を使用して寝袋は片づけた。
「…だるいなぁ」
寝起きだからか、つい口からこぼれる。
体をかるくはらい、腰に刀をひっかける。
さて、コメントはっと。
:起きて第一声がそれか
:もうちょっといい朝の挨拶はないのか
:全世界にお前の朝の挨拶報道されてるぞ
:ちなみに地上じゃ今夕方の5時です
「え、まじで?」
起きて最初に知ったのは僕が立派な昼夜逆転していることだった。
えぇ、規則正しい生活を心がけてたのにいつの間にこんなことになっちゃったのかな?戦ってるうちに体内時計が狂ったのかもなぁ。
:まじで
:お前の配信追いたかったら昼夜逆転不可避
:ちゃんと健康にいい生活しろ
:夜10時にはねましょう
「っていっても、僕ココじゃあ時間見れないからなぁ」
残念ながら、配信ができてコメントが見れても、時間を見る手段はない。
昔は時計をつけていたけど、たしか100層攻略の時にボスに壊されたから。
この端末、コメントはみれるのになんで時間見れないんだろ?
ていうかこのドローンくん、僕が昔即興で作り上げた追尾機能つきドローンにカメラ溶接しただけの粗悪品なのになんで壊れないんだろ?
バッテリーとかどうなってんだ…怖いし覗くのはやめとこう。
ここでこれが壊れたら僕は発狂する自信がある。
若干配信できてる状況に感謝しつつも、コメント欄を見る。
:でもなぁ
:教育に悪いよ?
:その見た目で夜更かしされちゃあ地上の子供に悪影響
:ほんとに成人してる?
「してるって!不老になっただけで!!」
:ずるいよなぁ
:でも死ねないんだもんなぁ
:俺もなりてぇよ、不老
:でもダンジョンかぁ....
僕が属性として”不老”を得たのは、ダンジョンの500層を突破したくらい。
毎年変わらぬペースでダンジョン攻略を進めているため、つまりは5年前に不老を得たことになる。
...おかしいな、5年前って僕が18歳の時だったはずなんだけど。
そのころからこんなショタみたいな見た目で...?うーん、悲しいしこのことを考えることはやめよう。
せっかく今は不老のせいで成人しているようには見えないという理由が使えるんだ。この現状に最大限にすがらせていただこうではないか。悲しいことには変わりないけどね?
「まぁ、君たちも不老になりたいならダンジョンに潜ってみたらどう?運がよかったら普通に手に入るかもよ?」
別に、僕が不老を得たのは500層突破記念というわけではない。
気づいたら、なんかそこにあった感じ。
もしかしたら気付かぬうちに何かの実績的なものを達成解放して不労を得た可能性はあれど、確証があるわけではない。というか、僕は神様的な上位存在がポンって付与してくれたんじゃないかなと思ってる。だから誰にでも可能性はあるんじゃないかなと。
それに、これは僕の持論だけど。可能性があるなら飛び込んで守るのも一つの手だと思う。だから僕は攻略終わるまで配信きれないなんていうバカな配信し始めたんだし、早く外出たいなという渇望はあれど後悔はしていない。
「僕の時はバリバリ違法だったけど、今はダンジョンに入るのも徐々に許可され始めてるんでしょ?」
:おう
:流石に限界はあるけどね
:社会風刺的にも探索者として働くの認められてきたし
:まぁ一応自衛隊としての所属になるんだけどな
:なんだっけ?自衛隊ダンジョン課か何かに登録しなきゃなんだっけ?
うんうん、流石に許可されていってるみたい。
だから僕がテレビに出てるんだろうなって。
本場の自衛隊さんたちのダンジョン部門が攻略している――いわゆる最前線まで潜ることは許可されていなくとも、ある程度の攻略は許可されているだろうし、是非ともこちら側に来てもらいたい。いつでもウェルカムだよ?僕は。
というか、探索者って自衛隊扱いなんだね。
一応公務員ってことになるのかな?給料とかどうなんだろ。流石にないか。
「え、じゃあさ。給料とかってどうなってるの?探索者って稼げるの?」
無法探索者代表みたいなことしてるけど、地上に出れないだけあって僕は稼ぐこともできないからなぁ。
:倒した魔物の部位を持って帰れば
:情報をうる手もあるぞ
:ただし情報はこの配信からいくらでも取れるからあんま高くは売れない
:トラップとかこの配信見とけば特徴はわかるもんなぁ…回避法は当てになんないけど
いやいやトラップの回避法、僕の方法以上にちゃんと対処できるのないでしょ。
――そう思った瞬間、運悪くトラップを踏んでしまう。
あぁ、今回は矢のトラップか。久々に見たな。
腰に吊るした刀を抜き、ここに矢が来るだろうなと予測した位置に刀を置く。
コンマ数秒後、スパッと僕の前で矢が真っ二つになった。
「ね?簡単でしょ??」
:意味不
:人間?
:肉眼で抜刀するとこを見ようと頑張った俺氏、目が痛い
:↑コンマ数秒の動作を認識できるわけない定期
…無理かぁ。
あ、でも。探索者の人なら見破ってくれたりしないかな?
これは期待できるかも。聞いてみよう。
「ダンジョンに入ってる人なら今の動作も理解できるのかなぁ?」
若干勘で矢の場所を予想してるとこはあるけど、動作自体は見破れて欲しい。
というか見破ってくれないと僕が悲しくなる。それだけ僕に追いついてくれる可能性が低くなるってことでしょ?
:あんたから見れば俺らの最前線で戦ってる奴らもカス同然だよ…
:肉体強度魔力量スキルそのどれもがおかしい
:魔術使えるからこそその階層まで行けた…わけでもねぇな。こいつフィジカルおかしいし普通に行けたか
:↑最初の頃の配信見てみろ魔術で殴るよりも拳の方が気持ちいことに気づいてバイオレンスな風景駄々流し配信になってるぜ
:CGって疑われてたこともあったなぁ
…規格外、それは悲しいものである。
「よし!そんなことは置いといてさっさと進みますか!」
気の沈んだままダンジョンを進むことは難しい。いつも以上に命の危険が伴ってしまう。
さすがに死ぬのは嫌なので、即座に気分を切り替えつつ、僕は再び刀を握った。
前に現れる敵を手慣らしに切り払いつつ、前進する。
「今のペースでいけば今日の夜までには1001層を攻略できるかな」
淡い希望は持てた。今日のモチベーションは十分。
それに、今日はどこか調子がいい。こういう日に限って何かが起こるんだけど、それはこの際無視するとして。
それでもやっぱり何かが起こるんだろうなという予感を抱きながらも、僕は前進するのであった――
――――――――――――
「あら?久々に気配を感じるわね」
ダンジョン――1001層のボス部屋。
そこには、片腕を振り上げた1人の女性の姿があった。
「うーん...あぁ!あの子ね、人にしては適正が高いっていう...あいつらのお気に入り」
その部屋に、ボスの姿はない。
ならば、彼女がボスなのか? ——否、そうではない。
「うーん、せっかくこの層まで遊びに来たんだし...どうせなら、彼と少しは遊んであげようかしら」
少し喜色のにじんだ声をだしながら、彼女が無造作にその手を振り下ろす。
――ドオオオォオン
その瞬間、なにかから解放されたかのように空から触手の生えた大蛇が落下してきた。
――権能【重力】
それは、神格を持つ生物にのみ可能なスキルを超える力。自身の司る概念を掌握し、自由に操作する。そんな力。
彼女はやすやすと、その力を扱う。
まるでその力があるのが当たり前かのように。
「うーん、このペースで進んでくれるなら...うん、私が進まなくても今日中にはここまでたどりついてくれそうね」
その顔に笑みを浮かべ、彼女は大蛇の上に腰を掛ける。
”彼”でさえ、容易に倒すことはできないそのボスをいとも簡単に打ち倒す、その力。
そして、ダンジョンに関して何かを知っていそうなその態度。
――運命の邂逅は、あとわずかのところまで来ていた。




