ハチャメチャバレンタインデー
「髪型よし、制服の身だしなみよし、チョコレートよし。うん、ばっちりだ」
上戸優子は鏡の前で独り言を放つ。
それもそうだ。本日はいつもより特別な日なのだからだ。
2月14日。それは女子たちが憧れる日でもあり、男子へチョコレートを渡す日。いわば、バレンタインデーだ。
なので、優子がいつもより気合を入れるのはおかしくはない。なにせ、優子はもう高校三年生だ。
今年は高校生の最後のバレンタインになるのだ。
なので、優子は覚悟をする。
相手に自分の思いを伝えるようにするのだった。
その相手とは義弟の古殿大輔。子供のころから幼馴染でもあり、いつも頼りにしている義弟だ。
だから、自分に潜めている思いを大輔に伝えるのだった。
そこで、愛の告白をするのだった。
「お姉ちゃん、がんばるよ!」
と、優子は気合を入れる。
今年こそ、本命チョコを好意を抱いている大輔に渡す。
時間は放課後、帰る直前に渡すのだ。
なぜ、放課後に渡すのかというと、心の準備をする時間が欲しかったからだ。
シャイな優子は登校前に家で渡すことはできなかったのだ。
なので、放課後、大輔が教室を出るところで渡し、思いを伝える。
完璧な作戦だったのだ。
なので、疑う余地もなく成功するのだと思っていたのだ。
「行ってきます!」
と、玄関の扉を開くと優子はスキップしながら、登校していくのだ。
本日の天気は晴れ。曇り一つなく、肌寒い日でもあった。
真っ白な息をする朝は苦手だった。
でも、負けない。
本日は勝負の日だ。
恋する乙女はなんでもできちゃうのだ。
「待っていてね。弟君」
と、優子は独り言を言いながら、スキップして登校するのだった。
◇ ◇ ◇
やがて、放課後を告げるチャイムが鳴り響く。
教室の生徒たちは緊張感から解放されたかのように、雑談をし始める。
しかし、優子はまだ緊張していた。
なにせ、これからチョコレートを思い人に渡すのだからだ。好意を抱いている相手にチョコレートを渡す。緊張しないはずがないのだ。
「お姉ちゃん、がんばるよ!」
と、優子は自分自身に活を入れる。
……これから本命チョコを渡すのだ。
だから、気合を入れないといけない。
そう思うと、優子は慎重に教室から出ていく。
そして、三年の教室のある三階から二階へと降りた。
向かうべき場所は2年A組。古殿大輔が属する教室だ。
計画はこうだ。
大輔が教室から出ていくところに、偶然出会ったようにする。そして、告白と共にチョコレートを渡す。これが計画なのだ。
「わたし、ファイト!」
気合を入れると、2年A組の教室の前に到着する。
教室の中を覗き込むと、そこには思い人の大輔が自分の席に座っていた。窓の隣に座っている大輔は、退屈そうに、大きく口を開けてあくびをする。
きっと、本日はチョコレートをもらっていないのだろう。
「……かわいそうな弟くん」
と、優子は思わず声をあげた。
ここで、教室の中に入って、チョコレートを渡せればいいのだけれど。
でも、そんな露骨に渡すことはできない。
乙女心というものもあり、恥じらう自分もあった。
勇気のない自分は中に入ることはできないのだった。
あれ? さっきまで気合が入っていたのに、なんで、いまになって怖じ気ついてしまったのか。
でも、元の作戦通りにする。それは、大輔が出てくるときに渡すのだ。
そう完璧な作戦だ。
「あれ?」
しかし、優子はとあることに気づく。
それは思い人である、大輔が中々教室から出ようとしないのだ。
ただただ、退屈そうにあくびをしながらも、教室の隅っこで窓の外を見ている。鞄を手にして、席を立とうとしないのだ。
……もしかして、待っている。
「そんなのありえない!」
「そこで、なにをやっているのかしら?」
優子が顔を左右に振っていると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには金色碧眼の美少女と茶髪の美少女が立っていた。
優子はその二人の顔を見てあたふたする。
金髪碧眼の少女は生徒会長の窪内彩。イギリス人のクォーターで完璧な美少女だ。
茶髪で清楚な少女は大輔の友達の豊麻衣。アイドル部の少女で人気がある美少女だ。
二人とも2年B組の生徒だ。
優子はそんな二人の美少女を前に怖気づく。
……言えない。弟君にチョコレートを渡しに来たのだと。
「まさか、あなた。大輔君に声をかけようとしているの?」
図星のように彩はそう語ると、優子は、う、としか言いようがない。
後ろに隠しているチョコレートをもぞもぞとする。
しかし、そんな動作は麻衣に見破られる。
「あ、彩ちゃん。上戸先輩がチョコレートを持っている。きっと、大輔君に渡そうとしている」
「ふええ、ち、違うわ! これは、そう! 毎日の感謝の気持ち! 弟君への毎日の感謝!」
「やっぱり、貴方もチョコレートを大輔君に渡すのね」
彩はどこかあきれた態度をするのだった。
年上といえば、彩のほうが大人の態度をとっている。
凛々しく、堂々としているのは、やはり大人の対応だ。
しかし、優子はとある言葉に気づく。
それは……
「も? というのは、彩ちゃんも?」
……彩はも、と言っているのだ。
「そ、そうですわ。これは大輔くんにはいつも生徒会の仕事を手伝ってもらっているわ。これくらいはしないとね」
「でも、手作りチョコレートは本命では?」
「そ、それは言わないの!」
麻衣を罵倒する彩だった。
……めずらしい。彩ちゃんがこんなに狼狽するなんて。
完璧な天才美少女、窪内彩がこのような醜態をさらすのは珍しい。
「え、じゃあ。麻衣ちゃんも弟君にチョコレートを渡すの?」
「はい! 私のプロデユーサーをしてもらっているので、感謝と告白をします! じゃあ、行ってきます」
「ちょっと、待ちなさい。駆け抜け禁止!」
麻衣が教室の中に入っていこうとするが、彩に制される。
麻衣は、なんですか? と言ってから首をかしげる。
「抜け駆け禁止。それは言いましたわよね?」
「じゃあ、どうするんですか?」
麻衣がそういうと、彩は腕を組み考える仕草をする。
「そうねえ。大輔君がここに来るのを待って、誰かに声をかけるのをまつしかありませんわ」
「……非効率ですね」
「でも、抜けかけ禁止には適していますわ」
……確かに。
と、優子は彩と麻衣の会話に納得する。
そして、三人は仲良く扉越しに大輔の様子を眺める。
大輔は相変わらず、優子たちには気づかず、窓の外を眺めていた。
窓の外にはえい、おう、えい、おう、と陸上部が元気よく、冬の風に負けずに特訓している声がしたのだ。
……おかしい。なんで、大輔君は席に座ったままなのだろう。
「ねえ、彩ちゃん」
と、優子はそんなことを考えていると、麻衣は声をかける。
「なんですの?」
「大輔君。教室から出ようとしないのだけど」
「そうですわね」
「これじゃあ、渡せないよ?」
麻衣は不機嫌のように浮かべると、彩は手を顎に当てながら考える。
「か、彼にも用事があるのではないの?」
「ひょっとして、私たちを待っているのでは?」
麻衣がそういうと、優子と彩は目を大きく見開くのだった。
……それは盲点だった。
もしかすると、大輔君はチョコレートを渡すのを待っているのだろうか。
そこで、彩は違う可能性を示す。
「いや、勉強の居残りじゃないの?」
「100点満点を取った大輔君が、補修するなんて考えられないですよ」
「じゃあ、もしかして……」
……本当に私たちを待っている?
チョコレートを待っているのか?
そんなのありえない。何かの間違いだ!
と、優子はぶんぶんと顔を左右に振り、その可能性を否定する。
「いやいや、あの鈍感な大輔君ですわよ? そんなことはありえないですわ」
「でも、おかしいじゃない。みんな、大輔君に予定を入れていないよね?」
「す、するわけないじゃないですの。こういうのはサプライズが重要ですわ」
「じゃあ、なんで、大輔君は出ようとしないの?」
「そ、それは……ほら、友達の約束を待っているとか?」
「いつもぼっちの大輔君が?」
麻衣の言葉に二人は考える。
教室に友達がない大輔君がどうして、教室を出ようとしないのか。
……もしかして、本当に私たちを待っているの!?
優子の顔は赤くなり、ぽっと軽く爆発する。
それを見た麻衣ははあ、と溜息を吐き出してから、教室野中に入ろうとする。
「じゃあ、大輔君が待っているので、わたしはこれで」
麻衣が教室の中に入ろうとすると、彩と優子は彼女の肩をがちっとつかむのだった。
「待ちなさい。抜け駆けは禁止よ」
「そ、そうだよ。お姉ちゃん、泣いちゃうよ!」
「え、そのルールまだ適用ですか? 彼、明らかにチョコレート待っている顔をしていますよ?」
……確かに、大輔君は退屈そうにしている。
きっと、チョコレートを待っている。
しかし、抜け駆け禁止条約があり、教室の中に入ることはできない。
大輔が教室の外に出て、声を掛けられるのを待つしかない。
「うー。三人で一緒に入って、渡すのはだめですか?」
「そ、そんな恐れ多いことできないわよ。大輔君に迷惑がかかるわ」
「本当に迷惑ですかね?」
「め、迷惑よ。ここは、大輔君が出てくるのを待つの」
と、彩は二人を説得する。
三人は扉の端に貼り付け、教室を覗き込む。
……やはり、大輔君は動こうとしない。
ただ、大きなあくびをするだけだった。
優子はぎゅうと手作りチョコレートを握りしめる。
昨日は四時間もかけて、作ったチョコレートだ。ここで渡さなければ、昨日の努力は水の泡へと消え去る。それはやってはいけないことなのだ。
それにしても、大輔は動こうとしない。
なぜなのか?
……もしや、女の子からチョコレートを待っているのだろうか。
「ねえ。中に入って、渡そうよ」
しびれを切らしたのか、麻衣はそう提案する。
しかし、彩はどこか緊張をした表情を浮かべ、頬を赤らませる。
「だ、だめよ。ここは焦ってはいけないわ。彼がわたくしたちを待っていないかもしれないわ」
「だから、不意打ちするの」
「ろ、ロマンチックじゃないわよ。そんなの」
「この女。面倒くさいなあ」
……それは口にしないのがお約束だよ。
と、優子は苦笑いを浮かべるだけだった。
それにしても、大輔が動かない。
一体、どういうことか?
補習でもない、誰かと待ち合わせしているようでもない。
じゃあ、何を待っているのだろうか。
……もしかして、私たち以外の違う子?
いやいやいや、そんなことない! だって、あの鈍感な大輔君にチョコレートを渡せるのは、私たちしかいないよ。
と、優子は左右をぶんぶんと顔を振る。
すると、そんなときに、またとある少女が教室にやってくる。
「ちょっと、先輩たち。邪魔」
青いツインテールの紙を揺らしながら、かわいいい女の子がもう一人やってきた。
優子はその女の子に面識がある。
その子は、つい最近、大輔の義妹になった子。
名前は確か、古殿巫女。
「あ、うん。ごめんなさい」
と、優子が一歩引くと、巫女は教室の中に入っていく。
そして、さっきとは明らかに違うトーンの声で大輔に近づいていく。
「お兄ちゃん! お待たせ!」
それを聞くと、大輔はどこか退屈そうに巫女のことを眺める。
「なんだよ。巫女。教室にいろっていうから、いたんだけど。大事な用か?」
「うん、すごく大切な用事」
大輔はその義妹の言葉はわからず、ただ退屈そうな顔を浮かべる。
けれど、巫女は真剣な顔になる。
そこで、大輔は態度を改まる。
「わかった。お前が大事な用事というなら、そうなんだろう」
頭をポリポリと掻きむしる大輔。
そして、席から立ち上がり、義妹の巫女のほうに顔を向ける。
「で、用事はなんだ?」
「はい! バレンタインチョコ」
と、巫女は鞄の中から何かの包みを取り出して、大輔に手渡す。
「手作りのチョコレートよ。家庭科の授業で作ったの」
巫女はそういうと、扉のほう、優子たちがいる所に顔を向けると、べえ、と舌を出して揶揄した。
そこで、優子たちの頭上に稲妻が走る。
……そうか。大輔が教室で待っていて、中々教室から出ようとしないのは、義妹との約束があったからだ!
これは抜かれてしまった!
と、優子たちは驚き、話し合うのだった。
「いけませんわ! 抜け駆けされた!」
「うちも入りましょう」
「そ、そうだね!」
ここはもう同盟を組むしかない。
なので、三人は慌てて教室の中に入り、自分たちが用意したチョコレートを大輔に渡すのだった。
「だ、大輔くん、これ、チョコレート。あげる」
「プロデユーサーさん、チョコレートです!」
「弟君! 手作りチョコレートだよ。受け取って」
いきなり、美女の三人が制揃いで大輔にチョコレートを手渡す事件が起きたのだ。
大輔はうお、とどこかびっくりしながら、一歩足を後退する。
そして、三人の顔を眺めながら、いつもの爽やかな笑顔になり、お礼を言う。
「みんな。ありがとう。おいしく頂くよ」
と、お礼をいうとみんなのチョコレートを受け取ったのだ。
「くそ! あの野郎チョコレートもらってる! しかも、学校の美女から」
「うらめしや!」
残りの男子生徒の恨みの声が2年A組の教室に響き渡る。
それは負け犬の遠吠えに等しい音ではあったのだ。
◇ ◇ ◇
「チョコレートの感想を待っているわ」
「食べないと恨みますからね。プロデューサー」
分かれ道。彩と麻衣がそう告げると、大輔は手を振る。
「みんなのチョコレートの感想を言うから、心配するな」
いつもの爽やかにそう言い放つ大輔だった。
鈍感な大輔はそれが本命チョコだとわからず、義理チョコだと思っている。でも、一つ一つ感想を述べるようにする。律儀な男なのだ。
彩が走り出すと、麻衣はその後を追ったのだ。
「ふん、負け犬め。お兄ちゃんは渡さないから!」
と、巫女はどこか鼻を鳴らしてそう告げる。
大輔はただ苦笑いを浮かべることしかできなかったのだ。
優子はそんな光景を眺めながらも、どこか後悔しながら、大輔の大きな背中を見つめる。
……失敗した。
本当はチョコレートを渡して、告白する予定が台無しだった。
まさか、義妹の巫女に抜けかけされるなんて、思いもしなかった。
これも、恋のライバルなのだ。
侮れない恋敵である。
……これから、私も努力しないといけない。
ふん、と鼻を鳴らし、気合を入れる優子だった。
「じゃあ、お兄ちゃん。あたし、買い物があるから」
「荷物持ちしようか?」
「いい。それより、優子先輩を送ってあげて」
「へ?」
目をぱちぱちとさせる優子。
いきなり、バトンを渡されたので、どうすればいいのか、わからなかった。
「じゃあ、あたしは先に帰るね」
「え! 巫女ちゃん! ちょっと待って!」
優子はそう止めるけど、巫女は聞く耳を持たずに走り去っていく。
二人だけ取り残されてしまった。
……どうしよう。
と、少し困り果てる優子だった。
そんなちょっと困っている優子に、大輔は声をかける。
「どうした、優姉」
「ううん。なんでもないの、弟君。さあ、帰りましょう」
と、どうしようもない表情を浮かべて、彼と並んで歩く。
「今年はチョコレートをたくさんもらった。来週までにはチョコはいいかな」
「あはは。口が甘くなっちゃうね」
優子がそういうと、大輔は頭をポリポリと掻き乱す。
……チャンスは今しかない。
と、優子はそう思った。
神様。私に勇気をください。
と、ぎゅうと、手を握りしめる。
そして、大輔を呼ぶように、足を止めて大声で彼を呼ぶ。
「ねえ、弟君」
「どうした? 優姉」
大輔は足を止めて、振り返る。
そこに立っている優子は足をプルプルと震えながらも、口を震わせた。
「実は……今日、渡したチョコなんだけど」
「うん。それがどうしたの?」
大輔は首をかしげる。
……神様、私に勇気をください。
と、祈り、優子は告白をしようとする。
深呼吸をしてから、大輔、大好きな弟君にこう笑って伝える。
「それ、ほ、本命チョコだから」
「え?」
大輔はその意味を知らない様な顔になる。
「じゃあ、私、先に帰るね!」
と、優子は走り出した。
……言ってしまった。告白してしまった。
これだと、大輔の顔をよく見れない。
鈍感な大輔なら、その意味を知らずにわからないのだろう。告白された、なんて思わないだろう。
でも、それでいい。
明日になれば、元通りの上戸優子になるのだ。
今日起きたことは、バレンタインのハチャメチャイベントなのだ。
初めましての方は初めまして。ウイング神風です。
最近数々の短編を執筆しています。
もし、読んでいて、楽しく感じたら⭐️を入れてください。
よろしくお願いします。