side story 影山翔太 後編
八箇純玲。
彼女とは、何年の付き合いになるだろうか。
オレさまはそろそろ高校を卒業するから、多分15年近くだ。
交際を始めてからは、5年くらいだろうか。
かなりの長い付き合いだし、結婚だって
それなのに、彼女のことがよく分からなくなることがある。
オレさまがどれだけ彼女の奇行に振り回されてきたことか……。
思い出しただけでも、少しうんざりしてしまう。
でも、そんなマイナス感情以上に、ニヤニヤしてしまう。
たくさんの時間を共有してきた。
デートをしてきた。
一緒に食卓を囲んできた。
遊んできた。
話し合ってきた。
もう、オレさまの人生のほとんどは、純玲と一緒の記憶ばかりだ。
まあ、それでもわからないことが出てくるんだから、彼女はかなりの変わりものなのだろう。
「何をしてるんだ?」
「へんがお の れんしゅー」
純玲は姿見の前で、自分の顔をぐにゃぐにゃと変形させている。
まるで粘土みたいに。
正直、かわいい顔が台無しだ。
ここは純玲ともう一人が住んでいる部屋。
オレさまは毎日のように遊びに来ている。
「やるなら1人の時でやってくれないか? 蛙化現象が起きそうなんだが」
「そんなこと言ってる時点で、蛙化現象なんて起きないでしょ」
「まあ、そうだけど」
純玲はすんごいバカっぽい顔を作っては、自分で笑っている。
なんか、見ているだけで頭が痛くなってくる。
「イチャイチャしているな、若人ども」
頭が痛くなるような女性と言えば、この場にはもう一人いる。
九条麗舞。
オレさまに女装を叩きこんでくれた、大事な師匠だ。
だけど、今はソファに深く座り込んで、ノンアルビールをグビグビと飲んでいる。
(出会ったときは、もっと若々しかったんだけどなぁ)
今は年齢上に老け込んでしまっている。
病気の影響はあるのだろうけど、不摂生の方が影響は大きそうだ。
「すみれー。もうビールないんだけど」
「それ以上飲んだら痛風になるでしょ!」
「糖質ゼロ、プリン体ゼロだから、らいじょーぶらいじょーぶ」
「つまみ、何食べてる?」
純玲はテーブルの上の皿を指さした。
「白子と明太子とレバニラ炒め」
「全部プリン体まみれでしょっ!」
「ああ~~。もっていかないで~~」
純玲がビールもおつまみも持っていくと、師匠はだらしなく縋りついた。
ノンアルコールビールで、人はここまでダメになるものなのだろうか。
2人の問答はもうしばらく続きそうだし、暇だ。
(トイレ掃除でもしておくかぁ)
オレさまはトイレに入って、キレイに磨いた。
念入りに壁まで掃除が終わった頃には、リビングは静かになっていた。
のぞいてみると、師匠は寝息をたてていた。
「何があったの?」
「突然寝た。本当の酔っ払いみたいに」
「師匠……」
ここまでだらしないと、哀れみすら感じてしまう。
「手伝って」
「おう」
純玲が頭側を、オレさまは足を持って、師匠を持ち上げる。
重さ的には逆にすべきなのだけど、いつも純玲が頑として譲らない。
多分、嫉妬しているんだと思う。
オレさまと師匠の顔が近づくと、かなり嫌そうな顔をしているから。
流石オレさまの彼女。かわいい。
無事に運び終えると、オレさま達はくっつくようにソファに座った。
もう師匠の目を気にする必要はない。
「師匠、だらしなくなったなぁ」
「仕事だとシャキッとしてるんだけどね」
「……想像できない」
「まあ、たまに我慢できなくてノンアルビール飲みだすけど」
「それは簡単に想像できるな」
純玲は何かがおかしかったのか、クスクスと笑った。
「それにしても、女装をうまくなったね」
「おかげ様でな」
「昔は『かわいい』だったのに『今はカッコかわいい』になってる。女装というより、男装の令嬢みたいな感じ」
「これでも、ちゃんと男なんだけどな」
純玲ははオレさまの股間をみながら「そうだね」と言った。
もう少し恥じらいは持てないものだろうか?
でも、そんな彼女が好きだ。
「なあ、キスしていいか?」
「なに、いきなり」
オレさまが唇を近づけると、純玲は受け入れてくれた。
「なあ、女装していないオレさまのことは好きか?」
「まあ、どっちかと言ったら、女装している方が好きかな。前世は男だったし」
「そうか。でも、ありのままオレさまで、キスしてもいいか?」
「なんで?」
オレさまは慎重に言葉を選んでから、口を開く。
「本当の自分を見てほしんだ」
こちらとしては真剣だったのだけど、純玲は小首を傾げた。
「隠している自分が、本当の自分なの?」
「……普通はそうだろ」
「好きな自分が、本当の自分だと思うけど」
オレさまは戸惑った。
難しい問題の答えとしては、安直すぎる。
「そんな、単純でいいのか?」
「単純な答えは嫌い?」
「単純ってバカみたいだろ」
「単純って、すっごくスマートじゃん」
純玲は「にやり」と自信ありげに笑った。
「知ってる? 単純なものってすごく壊れにくいんだよ」
「ものと考えを一緒にするなよ」
「あ、確かにそうだ」
純玲は「しまった」と言わんばかりに、口を手で隠した。
なんだか、力が抜けてしまう。
色々考えているのが、バカバカしくなってしまう。
でも、そんなものでいいのかもしれない。
答えなんて、本当の自分なんて、自分の心持ち一つで変わる。
なら楽しくて緩い方がいいに決まっている。
こんな風にいつも肩の力を抜かせてくれるから、彼女の隣は居心地がいい。
「なあ、ずっと一緒にいてくれるよな」
「どうだろ」
「そこは嘘でも肯定してくれよ」
「人が死ぬのって、結構唐突だから」
彼女は母親を亡くしているし、前世で刺された経験もある。
だからからなのか、死生観が達観している。
ふと、彼女の横顔を見ると、息を呑んでしまった。
憂いをもった顔が、あまりにも儚げだったから。
「……純玲」
オレさまがか細い声で呼ぶと、純玲は振り向いた。
そして、キスをした。
やわらかくて、いい匂いがする。
このために生きていると思えてしまう。
恋人同士になってから、何回キスをしただろうか。
きっと、100回は超えている。
それでも全く飽きないのだから、すごい。
この時間がずっと続いてほしい、と思ってしまう。
とっても幼稚な願いだ。
口にするのも恥ずかしい。
でも恥ずかしいだけで、願っていけないわけじゃない。
大体、恋愛だって恥ずかしいことだ。
キスだって恥ずかしいことだ。
恥ずかしいことは、なんだかんだで気持ちがいい。
この恥ずかしさが永遠に続いてほしいと、心の底から願っている。
これでサイドストーリーも完結です
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございましたm(__)m




