side story 三戸喜怒哀楽 前編
僕にとって、音楽ってなんだろうか。
最初にパッと浮かんでくるのは『楽しいこと』『自分が特別になれる、キラキラした魔法』。
ステージに立てば、みんなが僕を見てくれる。
僕の声一つで、みんなが喜んでくれる。
いや、本当にそれだけなのだろうか。
もっと大事な気がする。
うーん。
大事なことを教えてくれる、先生みたいなものかな?
◇◆◇◆◇◆
「あの、喜怒哀楽さん?」
声が聞こえて、僕はゆっくりと瞼を開けた。
すると、あどけない少女の顔が目に入った。
服は身に着けていなくて、僕と一緒の布団に寝ている。
彼女は僕のファンだ。
(たしか、中学2年生だったかな)
メールのやり取りをしていたのだけど、昨日一緒にファミレスで食事をして、部屋に誘った。
そしたら、体の関係を求められて、一緒に寝た。
本当はいけないことだとわかっているけど、求められたからしょーがない。
断るのはかわいそうだったし、僕も溜まっていてちょうどよかった。
いつも思うけど、別に誰とセックスしてもいいでしょ。
こんなに気持ちーのに、みんなが我慢している理由がわからない。
「喜怒哀楽さん、少しうなされてましたよ」
「えー。そうなの?」
自分では全く自覚がなかった。
そんなに酷い夢を見ていた記憶はないんだけど。
「あの、喜怒哀楽さん」
「ん? どうしたの?」
とても熱っぽくて、潤んだ瞳が向けられる。
次に言われる言葉が良そうで来てしまい、思わず眉が歪んでしまう。
「喜怒哀楽さん、好きです」
「……うん」
歯切れの悪い返事しかできなかった。
僕には、恋とか愛とかがよくわかんない。
ラブソングとか失恋ソングを聞いて「いい歌だなー」とは思うけど「あるあるー」とはならない。
多分、僕には恋とか愛とか難しいものがわからないんだ。
ただ、恋する女の子はかわいいと思う。
もじもじしていて、抱きしめたくなってしまう。
僕に恋しているなら、本当にかわいい。
この『かわいい』が恋なのだろうか。
でも、僕がいくら『かわいい』って思っても顔が赤くなったり、もじもじすることもない。
(……よくわかんない)
よくわかんないことは、考えても仕方がない。
切り替えていこー。
「さて、今日も生きていくか―」
「なんですか、それ」
僕が背伸びすると、女の子はクスクスと笑った。
「歌を歌いたい、ってこと」
「本当に歌が好きなんですね」
女の子は不器用な笑みを浮かべるのを見て、僕は少し複雑な気持ちになった。
(本当に楽しそうに歌う、か)
何度も言われてきた言葉だ。
それ以外の褒め方をされたことがない。
なんでだろう。
もっと『うまい』と『感動した』とか言われてもおかしくないはずなのに。
だって、僕が歌にハマったのは『上手』とか『90点』とか言われたことがきっかけだったから。
家族で初めて訪れたカラオケボックス。
両親の出会いの場で、初めてキスをした場所だと言っていた。
今思えば、それ以上のこともしていたのかもしれない。
両親はその時のことを思い出したせいか、そのまま熱いキスをしていた。
いつもそんな感じだった。
子供の前でも遠慮なしにイチャイチャしていたし、当時の僕はそれが当たり前だと思っていた。
裕福なわけじゃなかったけど、いつも幸せな雰囲気が漂う家庭だった。
ちなみに、その時には妹が一人いた。
当時の彼女は4歳ぐらいだったかな。
両親が一度「間違ってデキた子供」って言っていたのを聞いたけど、僕にとっては生意気ながらもかわいい妹だった。
彼女はずっと親のスマホでYoutuberの動画を見ていて、カラオケには興味がなさそうな様子だ。
僕も最初はカラオケに興味なんかなかたったけど、誰も歌わなかったから、もったいなく感じて歌ってみた。
音楽の教科書に載っているような歌。
学校の授業で何度か歌ったことがあったから、お試しにはちょうどよかった。
その時は知らなかったんだけど、カラオケには採点機能がある。
歌い終わった後、派手な音と演出で、点数が表示された。
『90点』
小学校のテストではいつも50点以下だった僕にとっては、衝撃的だった。
唖然としながら家族の顔を見た。
「え、喜怒哀楽、めっちゃうまいじゃん!」
「すごいぞー。喜怒哀楽」
「お兄ちゃん、やるじゃん」
褒められて、すごく嬉しかくて『90点』が僕の心に刻まれた。
それが僕の『歌の原点』だった。
このカラオケ以来、歌に夢中になった。
中学校も高校も、ずっと歌を歌い続けた。
別にプロになろう、とかは考えていなくて、歌うのが好きで歌い続けていた。
だけど、高校の後の進路相談で、考えさせられた。
自分の将来。
1時間ぐらい考えたら、答えが出た。
歌のプロになろう。
大学にも進学したくないし、歌う自分以外は想像できなかったから。
出来る出来ない、じゃなくなくて、やれる気がした。
やれる気がしたなら、やるしかない。
そうして、僕は上京して、今も昔も歌を歌っている。
でも、変わったことだっていっぱいある。
「あの、そういえば、娘さんはどうしたんですか?」
女の子はキョロキョロと周りを見ながら言った。
「あー。純玲ちゃんか」
「とってもかわいかったですけど、一緒に暮らしてないんですか?」
確かこの子は、純玲ちゃんがライブハウスに来た時にいたはずだ。
それで覚えていたのかな。
「ちょっと色々あってね」
「奥さんとも、うまくいってないんですか?」
「奥さん、って言ってもいいのかな。結婚もしてないから」
「え、そうなんですか?」
「別に、結婚しなくても子供は出来るしね」
純玲ちゃんは、僕の両親風に言うと『間違って出来た子供』だ。
別に子供が欲しくてセックスしたんじゃない。
スキンシップとしてセックスをした。そしたら、徳美ちゃんが妊娠しちゃった。
それだけ。
子供、徳美ちゃんから逃げた。
その後なんも文句を言われなかったら市、彼女も納得してくれたんだろう。
「そうなんですか」
「ねえ、もう一回しない?」
「あの、わたし、もう帰ります」
そう言うと、女の子はさっさと服を着てしまった。
「お邪魔しました」
まるで逃げるように、帰った。
(僕、何か変なことを言ったかな?)
まあ『女心は難しい』って言うし、考えるだけ無駄か。
あくびを掻きながら、服を着て洗面台に向かう。
バシャバシャと洗った顔を上げると、自然と鏡に映った自分の顔が目に入る。
(結構老けたなぁ)
もう27歳だ。
もう若いとは言えなくなってきた。
しかも、僕は痩せているせいか老け顔だ。
(そういえば、高校の同級生が子供が産まれた、って言ってたっけ)
なんていうか、少し悔しい気持ちになる。
いや、僕もちゃんと娘がいるんだけど。
あっちはちゃんと結婚して、幸せな家庭を築いている。
でも、こう思うようになっただけ、僕も成長している。
(最初は自分の子供なんて怖い、って思っていたんだけどなぁ)
最初は自分に子供がいる、という事実が重かった。
小さな命一つ背負うのが、メチャクチャ怖かった。
だから、逃げ出した。
でも実際に娘に会うと、考えが180度変わった。
(とってもキラキラしてた)
僕の子供が、生きて動いている。
それが奇跡みたいに思えて、感動してしまった。
なんというか、人間ってすげえ! 僕もすげえ! って思った。
だから、娘に好かれようと努力を続けてきた。
まあ、それでも嫌われているんだけど。
それでも血がつながっているんだから、分かり合えるはず。
顔を少しかび臭いタオルで拭くと、スマホが鳴った。
「あ、純玲ちゃんからだ」
娘から連絡がくることなんて、滅多にない。
僕は舞い上がるような気持ちでメッセージを見て――
絶句した。
突然ですが、サイドストーリーを始めました
ちょっと補足的な話です
合計4人分のサイドストーリーを公開する予定。
三戸喜怒哀楽の後編は明日の朝に更新予定です
あと怖いので、セルフレイティング付けました