第14話 失踪って一大事なんですよ?
誘拐された後、オレは九条と打ち合わせをした。
幼稚園からここは遠いから、九条に連れて行ってもらわないといけないのだけど、そこで問題が生じてしまう。
九条が誘拐犯として疑われる可能性がある。
まあ、事実なのだけど、捕まってしまったらオレも困ってしまう。
オレを子役にしてもらう約束を叶えてもらえなくなってしまうから。
だから、嘘のシナリオをでっちあげる必要がある。
必死にひねり出したシナリオは、以下の通りだ。
オレはお遊戯会の練習が嫌になって、幼稚園を抜け出して、迷子になった。
すると偶然に九条が通りかかって、保護してくれた。
だけど、オレが怖がって話さなくて、どこから来たのか聞き出すのに時間がかかってしまって、遅くなってしまった。
つまり、全部オレがやったことになってしまう。
そうするしかないのだけど――。
(釈然としない)
オレがルンルン顔の九条をにらみつけると、彼女はニマニマと笑った口を開く。
「じゃあ、泣く練習をして」
「なんで?」
「さっきのシナリオで泣き止んでいるのも、目の周りが腫れてないのもおかしいでしょ」
オレは「確かに」と頷いた。
「だけど、そんなすぐに泣けと言われても……」
「優秀な子役なら、それぐらいできるけど?」
「いや、オレはまだ子役じゃないし……」
うじうじしていると、しびれを切らしたのか、九条はガバッと立ち上がった。
「あーもー。めんぐさい。じゃあ、こうしてやる」
彼女はこともあろうに、オレがずっと抱きしめていたエナドリを奪い取ろうとしてきた。
「や、やめろっ!」
「泣かないなら、こうするしかないでしょ」
「ふざけるなっ! 命よりも大事なんだ!」
「そもそも私がエサとして置いたやつなんだから、私のものでしょ」
「ケチ臭いババアだな」
「ケチ臭くても結構!」
いくら抵抗しても、九条はエナドリを奪おうとしてくる。
こうなったら、あの手を使うしかない。
「やめて……お願い……お姉ちゃん」
できる限りの上目遣いをして、懇願した。
かわいい幼女の泣き落としだ。効かないわけがない。
「ぐっ……。悪意が見え透いているのに……!」
九条は悔しそうにしながらも、手をひっこめた。
「そんなあざとい演技ができるのに、なんで泣く演技ができないの……」
「どうやって泣けばいいか分かんないんだよ」
オレがボヤくと、九条はため息を吐きながら言う。
「想像しなさい」
「想像?」
「そう。泣きたくなるほど悲しいことを想像すればいい」
「例えば?」
「私にエナドリを取られて、目の前で飲まれる、とかね。あなたなら号泣するでしょ」
なるほど。
その恐怖なら少し体験したから、想像しやすそうだ。
(想像……)
頭の中でシミュレーションしていく。
エナドリを強引に奪われて、プルタブを開けられて、勝ち誇った顔で飲まれて、煽り散らかされる場面を。
想像を正確にしていくほど、現実の出来事のように思えて、自然と涙がせりあがってくる。
「ぅ……うぅ……」
「お、その調子その調子。その分なら大丈夫そう」
どうやら及第点のようだ。
この想像の恨みは後で晴らしてやろう。
そうしてオレは九条に連れられて、幼稚園へと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
幼稚園に着くと、予想以上に大事になっていた。
警察が動いていたし、幼稚園の先生どころか、ガールズバーの従業員まで駆り出されている。
ママが使えるだけのコネクションを使って、オレを探し出そうとしたのだろう。
ママは必死に探し回った後のようで、滝のような汗をかいている。
(うわ、メチャクチャ気まずい)
まさか、軽い気持ちで脱走して、ここまでの人のお世話になるなんて……。
しかも、ママはこの世の終わりみたいな顔をしている。
責任の半分は九条にもあると思うけど、彼女は平然とした顔をしていた。
流石サイコパス。
「ほら、いくよ。さっさと泣いて」
「わかった」
オレはさっきと同じ要領で泣いた。
そして、九条に抱きかかえられて、ママたちの前に顔を出す。
「レマちゃん……と、スミレ!?」
ママはオレの姿を見つけるや否や、九条
「もう、どこに行っていたの……」
ママはポロポロと泣きだした。
だけど、すぐに顔を引き締めて、周囲の人たちにオレが見つかった報告と、協力のお礼を告げていった。
ひと段落すると、九条は説明を始めた。
前述した嘘ばかりのシナリオだ。
好きな人に嘘をつくことに全く罪悪感を抱いていない。
それどころか『会えてうれしい』とすら思っていそうな顔をしている。
事情を知っているだけに、恐怖で本当に泣きそうになってしまった。
「本当にありがとう。レマちゃん。今度いくらでもお礼するから」
「いいのいいの。それよりも久しぶりに会えてよかった。最近、」
「あー。うん……ちょっと」
ママの顔には『子供の教育に悪そうだから避けていた』と書かれていた。
それから九条も帰って、この事件は終わりを迎えた。
家への帰り道。
ママはオレを抱えながら、次の言葉を囁いた。
「ねえ、スミレはどこにも行かないでよ」
「うん」
オレはというと、眠気が襲ってきていて、まともに思考できていなかった。
色々ありすぎて、疲れてしまったせいだ。
「ママはスミレがいないとダメなんだから」
「うん」
「きっとパパも夢を叶えたら戻ってきてくれるから」
「うん」
「ママはスミレのためだったら、何でもできるからね」
「うん」
(なんか重いなぁ)
眠りそうになりながらも、そう思った。
さっきから、言葉の奥に少しドロドロしたものを感じる。
そうだ。
このタイミングなら、アレを訊けるかもしれない。
「ねえ、ママ」
「なに?」
「九条――のお姉ちゃんに聞いたんだけど、ママには『咲春』っていう恋人がいたの?」
「そうね」
「その人がパパ?」
「ううん。スミレのパパは違う人。その後に出会ったの」
「なんで別れたの?」
「……なんていうか、この人には私は必要ないんだなぁ、って思っちゃったから」
徳美がなんでそう思ったのか、よくわからなかった。
だけど今、確実に言えることはある。
「……オレにはママが必要だよ」
ママは足を止めて、オレの小さいほっぺに頬ずりをしてきた。
「うん。ずっと、ママが守ってあげるんだから。スミレは安心していればいいの」
(余命が残り少ないのに?)
つい、心の中で呟いてしまった。
もう眠気が限界で、まぶたも開けられない。
「……うん」
ママのぬくもりと少しの不穏さを感じながら、オレは微睡の中へと落ちていった。
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