婚約破棄……さらにその方が聖女そちらの方は新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私アイリス・フローリア公爵令嬢は、婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄宣言されてしまいました。
全く、卒業パーティーで周辺国からの貴賓がいらっしゃる場で言いますか?普通。
殿下の神経が理解できませんわ。
「婚約破棄……ですか」
「そうだ! 貴様はイリーナのことを嫉んで嫌がらせをしていた!」
「そうですっ! わたし、いつもアイリスさんにいじめられて~」
と殿下の横にやたらと胸を強調した娼婦みたいな恰好をした女性が、殿下の腕に絡みついて、貴族令嬢とは思えない言葉遣いで怯えたような表示で私を見てきました。
「はて……そちらの方はどちら様でしょうか?」
「ひどいっ! わたしが男爵令嬢だからって、そうやっていつもわたしのこと虐めるんですねっ!」
「おい! イリーナのことをいじめるな!」
いやいや、今のでいじめるって……ないわぁ……。
「それで、婚約破棄でしたっけ? きちんと陛下の了承はもらっていますよね?」
「? なぜ父上の許可をもらわないといけない」
殿下は私たちの関係が王命での政略だというのを、理解していないのかしら。
これが王太子なんて……
「……まあいいです。婚約破棄は了承しましたわ」
「ふん。素直に私の言うことを聞いてればいいのだ」
「皆の者。本日は私たちの卒業を祝う大切な日だ。私にとっても長年の婚約が破棄になって非常にめでたい日だ」
そんなに簡単にうまくいくかしら。この婚約の意味も碌に理解してなさそうな殿下に。
まあお父様が言うには、公爵家は元々殿下との婚約には乗り気でないとのことなので、陛下次第ではありますが、私も婚約破棄できるならそれはそれでめでたいことだわ。
「さらにもう一つめでたいことがある。ここにいるイリーナを聖女に任命する!!」
そう高らかに宣言する殿下とそれにうっとりして殿下に抱き着いているイリーナ様。
それに対し私をはじめ、会場にいる方全員が凍り付いた。
「さらにそこにいるアイリスを聖女の地位からはく奪する!!」
追い打ちをかけるように殿下が仰ったことに、会場中がざわざわとしている。
殿下が仰ったことはそれほどに、驚くものだったから。
「レオナルド!!!」
と会場中に響き渡るほどの怒気を秘めた声がしました。
それと同時に会場にものすごい勢いで殿下のお父様、皇帝陛下が入っていらっしゃいました。
「父上。実は大変喜ばしいことが……」
「この馬鹿者がぁぁぁーーー!!!」
「あばびれっ……!」
と陛下にぶん殴られてしまった殿下は情けない声を出しながら2、3回中を舞っていきました。
「ち、父上……」
「貴様、自分が何を言ったのかわかっておるのか」
「私は正しいことをしております! この女はあろうことか聖女の地位を不当に得ていた。私はそんなの認めない!」
「そんなふざけた口を今すぐ閉じよ!」
と追加で1発殿下を殴りました。
どうやら殿下は聖女のことを何も理解してないようですね。
王族ならしっかりと教わっているはずなのに、何でなんでしょうね。
「陛下。これはいったい何の余興ですか……?」
「き、教皇猊下……」
あらあら。教皇猊下までいらっしゃってしまいましたわ。
こうなったらもう、どうにもなりませんわね。
「聞けば。アイリス嬢を聖女からはく奪すると? 殿下に何の権限があって言っているのです?」
「うるさい! 王子である私にはその権利がある!」
「……話になりませんね」
「お、おい何をするっ!」
「レオ様っ!」
あっという間に殿下と男爵令嬢は、教会騎士の手で拘束されてしまいましたわ。
「教会関係者以外が聖女の任命権を行使。さらには聖女の身分を詐称。これは教会への立派な叛意の意思有りとみなす。明朝、お主らは処刑だ」
「しょ、処刑……」
「国王、親である其方にも責任を取ってもらいます」
「そ、そんな……」
その言葉に陛下の顔がみるみると青ざめていく。
今更後悔しても遅いですわ。殿下を甘やかしてきたツケが回ってきたのです。
「ふざけんじゃないわよ! わたしは関係ないわ!」
男爵令嬢がさっきまでの様子が嘘のように、みっともなく喚き散らしてますわ。
かわいそうな気弱な令嬢の設定はどこにいったのかしら?
まだ事の重大さが理解できてないようですね。
「イリーナ様でしたっけ? あなた、聖女検定はお持ちで?」
「聖女検定? 何よそれ」
その言葉に、会場に集まった人たち、彼女の横にいる殿下ですら驚きの表情をしております。
「……呆れた。平民ですら知ってることですのに、そんなこともわかりませんの」
「ひどいっ! レオ様~。アイリス様がまたわたしを馬鹿にしました~」
イリーナ様の言葉に、殿下はかける言葉が見つからない様子。
私はそんな二人を無視して教皇陛下に確認することにしました。
「教皇猊下。イリーナ様という方は、聖女検定何段ですの?」
「ふむ……少し待て」
教皇猊下は空間魔法で教会に保管されている聖女検定保有者のリストを取り出すと、速読魔法でイリーナ様の名前を調べている。
「イリーナ……ないのう」
「まぁ! それじゃあ彼女は検定をお持ちでないのに、聖女の名を無断で使用したのですね?」
これはただの処刑じゃすまないわね。
「あんたたち二人だけで納得してるんじゃないわよ!」
「……聖女というのはですね。教会によって階級に分けられ厳しく管理されているの。それが聖女検定」
聖女検定は、教会が聖女を正しく判定し、任命するために作成されたもの。
平民も含めた全ての子供は、生まれたときに教会が魔力適性を測定され、聖属性の魔力持ちと判断されたときは聖女検定5級が与えられます。
その後取得できた聖魔法やその規模によって級位が上がり、段位を得られるようになって初めて教会より聖女と任命され、聖女を名乗ることを許されます。
ちなみに聖女検定5級~1級までは、聖女見習いと呼ばれ聖女を名乗ることは許されません。
教会はそれを管理し、各国の聖女の数のバランスが崩れないように、調整しております。
ゆえにどの国も、国王でさえ、教会に逆らうことは許されません。
「聖女見習いが聖女を名乗った場合の罰則は、犯罪奴隷落ちで終身教会の下女扱いでしたが、検定を持っていない人の場合は……」
「不死化処理をされ、神に許されるまで聖火炙りの刑じゃな」
「嘘……」
その言葉を聞いて、事の重大さに殿下とイリーナ様は気付いたのか、顔が青ざめてすでに死んだ表情をしている。
……今更遅いですわ。
「連れて行きなさい」
と教皇様の指示を受けた教会騎士の方々が、殿下たちを連れ出していく。
「いや、いやー! わたしは悪くない! すべてこの男のせいよ!!」
「アイリス、申し訳なかった! 君のことをちょっと困らせてやろうと思って。本当は君のことを愛している。だから私とやり直そう!」
などとお二人は苦しい言い訳をしていますが、もはや私にできることは何もありませんわ。
ご自身の行動が招いた結果……因果応報ですわ。
その後の彼らの処遇ですが……
国王陛下は、息子の行動の責任を取らされ奴隷落ち。
今は鉱山で働かされているそうですわ。
奥様の王妃様は、殿下の教育には全く関わらせてもらえなかったので、特に処罰されることはありませんでした。
ただ王妃様も聖女であらせられ、私も尊敬するお方でした。
自分にも責任はあるとして、教会で修道女として生涯を送ろうとしたのですが、隣国の皇帝陛下の奥様に選ばれてしまいました。
元々皇帝陛下は王妃様のことが好きだったらしいのですが、王妃様は国王陛下との結婚が教会より決められていました。
仕方なくあきらめていたところ、今回の騒動を受けて教会を説得したようですわ。
教会側も、帝国の聖女の数が少し減少気味だったので丁度良かったようです。
それになんだか王妃様も心なしかうれしそうな気がします。
もしかして王妃様も……いえ、これ以上詮索するのは無粋というものですね。
どうか王妃様には幸せになってもらいたいです。
次に処罰されたのは、殿下の教育係を務めていた方たち。
殿下をきちんと教育することができず、教会への叛意を疑われた王国側は、彼らの爵位を降格させ、教会に多額の賠償金を支払うことになりましたわ。
同じ処罰をイリーナ様のご実家の男爵家も受けました。
さらに男爵家は私に対する慰謝料も追加で支払う羽目になったとか。
イリーナ様は男爵家のメイドとの庶子であることが判明したようで、男爵夫人は男爵様と離縁なされてご実家にお戻りになったそうです。
そのためすべての責任は男爵様がお取りになることになったとか。
費用の殆どは王国が立て替えることになりましたが、請求は当然各家々に行いました。
その結果全員の家が領地をすべて手放し、最終的には皆平民になられましたそうです。
残りは今回の事件の主犯のお二人ですね。
まずレオナルド様は、勝手な聖女の任命権を行使。さらには、聖女検定を持っていない方を聖女と詐称した罪により、処刑よりも重い刑に処されましたわ。
不死化処理をされ、神に許されるまで奴隷として生活することを余儀なくされました。
男性である殿下は聖火炙りにできないため、鉱山奴隷として24時間休みなく働かされ、男性女性問わず慰み者にされ……それはもう、大変な日々を送っているそうですわ。
そして最後に男爵令嬢のイリーナ様ですね。
彼女もレオナルド様と同様に、自身を聖女と詐称、それも聖女検定をお持ちでない方の詐称という罪で、教皇猊下が仰ったとおり、不死化処理をされ、神に許されるまで聖火炙りの刑に処されました。
世界中を巡礼している聖火の中では今も彼女が炙られ続けていることでしょう。
お二人とも不死化処理の影響で精神を崩壊することもありません。
神に許され死を迎える時まで正気で居続けなくてはいけません。
……いつか神に許さる日が来るといいですね?
私としてはレオナルド様との婚約が破棄できたので、イリーナ様には感謝しかありませんが。
そんな私は今日も聖女として国のためにその身を尽くしていく所存です。
近々聖女検定5段の試験もあることですし、より一層修練に励みませんと。
皆さま、聖女検定をお持ちかどうかは、きちんと確認しないとダメですよ?