【短編】厭世のコネクタ たとえ名前を知らずとも、アナタの愚痴を知っていたい
久々の短編投稿です。
おじさんと金髪少女とガキの冒険譚の一コマです。
元々長編で構成していた話の切り抜きなので、キャラごとの設定を想像していただけるとよりお楽しみいただけるかなと思います。
比較的平和なストーリーなので、安心して追っていただきたいと考えています。
ガタリガタリと――砂煙を巻き上げ、荷台は砂の海を裂いていく。
照りつける日差し。視界の先には黄金一色の地平線。
そう、“黄金”。地も。樹木も。飛び交う蝶たちも。彼の地は砂と金が覆う新訂禁足地“ゴルゴ―・ライン”。
商人たちが一度は夢見るまさしく黄金郷を背に――壮年と思しき商人は大きな大きなため息をついた。
「ああぁぁ……」
この地に踏み入れた時は、喜んで荷台に敷き詰めていた。しかし今ではそれも小包一つのみ。
持ち帰れない限りは無価値に同義だと、観念したのは三日目の夜だったか。
「おい、わざわざ無駄に唸るなぁ……余計に辛いじゃろう」
荷台からの返事までも、とろとろに腑抜けている。
ここしばらく右を見ても、左を見ても日光を照り返すほどの潤光沢の山。
つまりは――そこかしこで日光を好き勝手に反射するせいで、四方八方から燻焼状態なのだ。
「んなこと言ったって、こっちは炎天下の中手綱握っているんだぞ?」わざと仰々しく吐息し、額の貴重な水分を拭い落とした。
「ウチは別に夜でもいいのじゃぞ?」
「……初日の夜のこともう忘れたのか?」どうやらここの原生生物は夜に活動するらしい。不本意ながら、命がけの実地調査の賜物である。
無論、荷台で涼んでいる彼女も同様らしく、「くふふ」と笑みを浮かべている。はなからこちらをからかうつもりらしい。
さて今夜の食卓でどう復讐してやろうかと頭を捻っていた矢先、ふと足元に視線を落とした。
自分の間隣の日向では、先程拭った汗が音をたて蒸発している。
――今度は本気でため息を零した。
「おい、“お嬢”の言う通りだぞ!ため息ばっかりついてると幸せが逃げていくんだぞ!?」ああ……忘れていた。後方高所よりミスマッチなほど甲高い声が聞こえる。
「ああぁ……そんな大きな声出すなぁ……こっちまで疲れてくるわ……」
声の主は、器用に荷台の屋根の上で腰をつけ、ぶらぶらと足を揺らしている。行儀よく背筋を伸ばし、健気に小包内の金塊を磨いている。
ちょうどこちらの態度が癪に障ったのか、今は金塊を振りかざし精神論を熱弁している。
その金塊のように、穢れを知らぬ純粋さが今ばかりは鬱陶しい。
ちょうど下でニタニタと嗤っている奴も相まって、肺活量のめいっぱいで、あからさまな溜息をついた。上下では対極的に騒いでいる。
「くふふふっ……ふうぅ。だがな、“おじさん”の言い分も分からんでもないぞ?」
「ええ!?“お嬢”もあいつの味方をするのかよ!?」
「いやいや。これは労りじゃて。猛暑の中作業している働き者も、近くにもっと暑そうな場所で元気にされては立つ瀬がないからのう。なあ?」
「……お前覚えておけよ」
「おお、こわいこわい。くふふっ……」
「そ、そうか。それは、その……ごめん」
「ああ!もう!お前まで謝るんじゃねえ!?」
すっかり彼女に手玉に取られてしまった。今日一嬉々としている彼女を一瞥しつつ、思わずうなじを掻いた。
「……おら、お前も中に入れ。もう着くぞ」
前方、数十㎞先に青い斑点が一つ。黄金の地平線に浮かび始めた。
「おお!?次ってあの青い場所?」
「ああ。だからさっさと戻ってこい」
「なあなあ!あれってもしかしてさあ!なあ!?」
「ああ、オアシスだよ!わかった、分かったからぁ!髪を引っ張るな!さっと戻れ!」
「はーい」
“ガキ”の首根っこを掴み、強引に荷台に押し込む。目的地が近いからか珍しく素直だった。
いい加減、人目を避ける習慣を身につけてほしいものだと――思わず眉間を抓らずにはいられなかった。
それからというと――どうにか二人が大人しくしている間に関門を突破し、それまで焦らされ耐え兼ねた“ガキ”は発条のように泉へと駆けて行った。
残ったのは“おっさん”と“お嬢”の二人きり。湿気を纏った風だけがジワリと前髪を撫でる。
「お前はいかんでもいいのかや?」
荷引きを泉に放ったため、荷台は驚くほど静寂だった。
遠くの方で“ガキ”と思しき喧騒がかすかに聞こえる。
「……ああ。俺は人混みが嫌いなんでな。ここで寝ている方が幸せなんだよ」
荷台で寝そべっているおかげで、今は“お嬢”の様子がよくわかる。
屋根の下でなお傘を差し、外見の齢には似つかわしくないほど、儚く、妖しく、そして優しげな視線をこちらに向ける。
彼女が纏う、艶やかで絹糸のような長髪も、純白な珠肌も、日光の元では美しく煌めくであろうが――頭上の傘は、弱光の一片すらも許しはしないようだ。
「……なんだよ」
「いいや?分かってはいたが、相変わらずお前は素直じゃないなと思っての」
「ああ?」
「昼間のウチはあの“ガキ”よりも非力じゃ。――その眠気は偶然なのかや?」
「……偶然だ」気怠げに、彼女に背を向けるように寝返りをうつ。
「さっきまでの働きは見ていたろ」
「そうか偶然か。ならここ最近、夜中に見回っても野党どころか危険生物一匹も出会わなかった。これも偶然かや?」
「ああ。俺たちはよほどツイているらしい」
「……そうか。お前は頑なに自分だけで背負いこんでしまうのじゃな」
なにかひどくしおらしく独り言を零すと――少女は彼の背にぴたりと寄り添い。
ただ一言「振り向かないで」と呟いた。故に男も振り向かない。
「ウチも“ガキ”も、世間一般からは追われる身じゃ。あいつのことは知らんが、どのみちお前にとってはただの厄介者だろうに。それをお前は名も聞かずに、ただただ素直に匿っている」
「……」
「……なあ。本当は知っておるのじゃろ?ウチらの正体も。……その危険性も」少女の声はこれまでにないほどにか細く、吹けば灰となって散ってしまいそうだ。
「お前に腹の内を説明できない理由があるのは知っておる……つもりじゃ。いや、そうであってほしい」
「……」男は沈黙に徹底する。肯定も否定もせずに。
「怖いんじゃよ。その暗夜のような秘密が。何も知らぬやもしれん自分も。……はは。皮肉よな。こうして光を避けている癖に、いつもお前の暗闇に溺れてしまいそうになる」
少女は男の背を、猫背で張り詰めた衣服をぎゅっと掴んでいる。離れてしまわないようにと。
そこから少女は、一言も口を開かなかった。二人の間に重く、しかし不思議と不快感を伴わない静寂が落ちる。
男には彼女の表情はついぞ見えないが、せめてと想いを拒むことなく、その震えを受け止めた。
「俺にはこの旅をしなきゃならん理由がある」男は微動だにせず、かつその心地よい沈黙に水を差す。
「誰にも言えないくらい、とても大きなモノだ」
「……」
「……本当はすごく怖いよ。俺はお前らを裏切っているんじゃねえかって。楽しそうな姿を見る度、胸がはち切れそうになる」
「……」少女は神妙に聞き入れる。もはや返事に言葉など、二人には無用の長物なのだろう。
「もはやこんな俺にどうこうを言う資格はないのは分かっている。図々しいにもほどがあると、自分でも反吐が出る」気づけば男の背も、僅かながらに震えていた。
「……」
「でも、そんな俺でも、信じてくれないか。それ……だけでいいんだ。怖気着いた俺を。……『一緒に居てくれ』なんて言えない俺を」
「……――何を言うかと思えば」だが、敢えて少女は口を開く。
「お前はいつも懸命に生きているではないか。何かを続けることがな、この世で最も難しいことなんじゃよ」無用であろうと、言葉にすることがいかに重要か、ままならぬものか、彼女はよく知っているからだ。
「今更そんなことで見損なうわけないじゃろう。……――ばか」
彼女は男の首に手を回し、ただただ優しく包み込んだ。
――長く。深く。ゆっくりと、暖かな温もりをもって。
「さて、ウチはそろそろ“ガキ”を呼び戻してくるとするかの」
「おま、日差しは大丈夫なのかよ!?」
「くふふ。この傘があれば多少はの。これからも運転頼むぞ?」
新品を手に入れた子供のようにくるくると傘を回し、少女は砂地に足跡をつける。
「……ああ、そうじゃ。もう、逃げられんしなあ……っ」
「ん?なんだよ」
「ああ、大したことでもないがの。ただ……そろそろお前には言っとかなくてはいけなくてな」
すると少女はくるりと翻り。
「――待ってるよ。いくじなし」
やはり、明かりの元での彼女はとても眩しくて。
風に任せて踊り、日を照り返す絹糸のような長髪も。
今までのどの瞬間より屈託のない、珠肌が彩る純粋なその笑顔に。
「……」
ついつい魅せられてしまって。どうしたら良いのかも分からなくなってしまって。
これまで堪えていた何かは、簡単にくしゃくしゃと崩れてしまった。
了
お久しぶりです。
ちゃんと元気です。Twitterで報告させていただいた通り、私は依然と何ら変わらず元気です。
今回は自分の腕を確かめる意味も込めて、構想中の長編の一コマを短編として投稿することに致しました。そのため感想、アドバイスどしどしください。
さて、実際今回の短編はいかがでしたか?
敢えて具体的にキャラの正体は明かしていませんが、“お嬢”はどんな設定があるかはわかりやすかったんじゃないでしょうか。他にも“おじさん”は知恵の原本と繋がっていたり、“ガキ”はオリハルコン製の鉱石生命体だったりとみんな秘密を抱えて、それに知ってても触れずに信頼しあう、そんな話をコンセプトにしています。
そのため上記のキャラ背景を踏まえて読み返すとまた別の楽しみがある、そんな話であると思っていただけるといいななんて。
今回は本編も後書きもほぼほぼ真面目に書いてます。ぜひ一読いただき、ご意見、ご感想いただけると幸いです。
ではでは。