頑張らない7
「それでね。こうするのよ」
「凄い!印象が全然違う」
「そうでしょ〜♪」
リビングで娘がオネエにメイクを習っていた。
その光景はとても仲睦まじく見える。
俺が数年かけても出来なかった事をオネエは一日も経たずして成し遂げていた。
……べ、別に悔しくなんてないんだからね!
「2人とも、おはよう」
「おはよう」
「プーちゃん、おはよ〜♪」
「……お父さんは何でプーちゃんって呼ばれてるの?」
確かに自分の父親がプーちゃんと呼ばれていれば誰でも気になるだろう。
「自称さすらいのプータローらしいわよ」
「プータロー?」
今時の若者はプータローを知らないらしい。
ジェネレーションギャップだな。
……はっ!もしや『ジェネレーションギャップ』も死語なのでは?
「プータローを知らないなんて世代格差を感じるな」
「せだいかくさって何?」
今日も娘が無知過ぎて辛い。
昨日は九九も怪しかったし、今の高校どうやって受かったんだ?
「あんまり難しい話をしたら娘ちゃんが可哀想よ〜」
「そうだ!そうだ!インテリ振るな!」
我が娘ではあるが、思わずぶん殴りたくなった。
インテリの意味も多分知らない。
きっと、この先も娘はノリと勢いだけで生きていくのだろう。
……何それ、楽しそう!!
『無知とは罪である』というのはよく聞くが、『無知は幸福である』というのも聞いたことがある。
『頑張る』と同様に、人によって受け取り方が違うのだろう。
……そんな娘が少しだけ羨ましかった。
「本当にプーちゃんのご飯は美味しいわ〜♪」
「ほんとに毎日でも食べたいくらい。……あっ」
「俺はまた旅を続けるから、毎日は無理だな。家に帰った時くらいは作ってやるよ」
「……やっぱり、プーちゃんはカッコいいわね〜♪」
「ね、ねえ!私もお父さんに付いていったら駄目かな?」
娘が意を決して口を開いた。
「お前は学校に行けよ。無理に大学に行けとは言わないが」
「だって、ずっと前から授業に付いていけなくって、先生の言ってることが全部分からないんだもん!」
改めて堂々と言うことではない。
と、そこでオネエが提案してきた。
「ねえ。娘ちゃんを私に預けてみない?」
「オネエ……」
「実は、昨日の件で物凄くプライドを傷付けられたの。3ヶ月……いや1ヶ月で良いわ。娘ちゃんを普通の高校生の学力にしてみせるわ!」
「それはいくら何でも無謀だ!娘の無知さ加減に耐えられずに、君の脳が破壊されてしまう!」
「き、きっと、大丈夫な筈よ。段階を踏んで小学校1年生から……」
オネエをよく見ると、娘を心配させないように顔は笑っているが、体は小刻みに震えていた。
「オネエの覚悟はしかと受け取った。娘をよろしく頼みます」
「ええ。必ずやり遂げてみせるわ!」
「……私の意思は?」
ここが娘にとって人生のターニングポイントになるのだろう。
どちらを選んでも俺には直接は関係無いが、弱い主人公が修行して強くなって帰ってくるのはロマンだ!
「別に強制はしねえよ。会ったばかりのオネエを信用しろというのは難しいだろうしな」
「……分かった。オネエさん、宜しくお願いします!」
あれ?少しくらい葛藤しないの?
だって、ターニングポイントだよ?
こうして、娘は旅立って行った……