頑張らない5
旅を続けていたある日のこと……
娘から連絡があった。
どうやら、学校で娘の進路について三者面談があるらしい。
そう言えば、昔そんなことあったな……
担任の『もう少し頑張れば』の謳い文句に釣られて、寝る間も惜しんで勉強したっけ……
全然届かなかったけどな。
本当に何を基準にした『もう少し』なんだろう?
もし点数で示すのなら、毎回テスト内容を同じものにしろと言いたい。
『……で、帰って来れるの?』
「ああ。担任を論破してやるから任せろ!」
『お願いだから、大人しくしてて!』
「……明後日には戻るよ」
『そう言えば、何かくまモンがいっぱい届いたんだけど!』
「おお!やっと届いたか。特に等身大ぬいぐるみを抱いて寝ると安眠出来るらしいぞ」
『これめちゃくちゃデカいんだけど……』
200cm以上あるからな!
まるで中に人が入れるくらいにデカい。
玄関に置いておけばきっと守護神的な効果があるに違いない。
今後はオネエも訪ねて来てくれるらしいし、サプライズの話題には事欠かないな。
オネエが現れた時の娘のリアクションを想像しながら家に帰った。
「ただいま〜」
久しぶりの我が家に到着。
娘はまだ学校かな?
「何だ、この黒い塊?……くまモン!?」
くまモン様が玄関に鎮座なされていた。
その存在感は圧巻の一言。
ついでにめちゃくちゃ邪魔だった!
今度、爪でも装備させるか。
どうせ置いておくなら、フルアーマーくまモンにしたい。
良い爪を見つけたら買っておこう。
「あっ。お父さん、ただいま」
「おかえり。丁度俺も今着いた所だ」
『おかえり』と『ただいま』。こんなやり取りでさえ実に数年振りだ。
「飯はどうするか……」
「……めちゃくちゃ図々しいお願いなんだけど、久しぶりにお父さんが作ったの食べてみたい」
「……本当に図々しいな。図々しさレベルで言ったら最早最上位だろ」
「うっ!ご、ごめんなさい。やっばり良いや」
「まあ、お前が食べるなら作ってやるよ」
「本当!?」
「先ずは買い物行くか」
「私も行く!」
娘と一緒に近所のスーパーへ。
今更ニコニコ顔の娘に思うところが無い訳でもない。
何せこれまでに大量の食材が無駄になっているからな。
まあ、過去を気にしても食材は戻って来ないので、食べるって言うなら作ってやるが。
「何か食べたい物はあるか?」
「お父さんが一番得意なやつで良いよ」
「その発言もポイント高いな」
「えっ?何のポイント?」
「図々しさ」
「…………」
娘は家に着くまで一言も喋らなかった。
俺も腹が減っていたので、特に意識せずにおかずを数品作った。
前はほぼ毎日作っていたので、調理スピードも異常に早くなった。
ご飯も圧力鍋で炊いて時間短縮だ。
「す、凄いね」
並べられた料理を見て娘が驚いていた。
「おあがりよ!」
「いただきます。………って何これ!めちゃくちゃ美味しい!」
そう言えば、美人オネエにも大好評だったな。彼女の職場の人の分の弁当も何回か作ったっけ。
「こ、こんなに美味しいのに……わ、私は……」
娘が急に泣き出した。
「罪悪感なんて感じなくて良いから、美味しそうに食べろ。それが捨てられていった食材達へのせめてもの贖罪だ」
「……うん」
食べないのが分かっていたなら、作らなければ良かったのでは?などという意見は無しだ。
いつか娘が食べてくれると信じて頑張って作ってたんだよ。
頑張らなくなったら急に食べてくれるとは何とも皮肉なものだ。
「ご馳走さまでした!本当に美味しかった!」
「そりゃあ、何よりだ」
「料理の手際も物凄かったし。動画とか配信サイトに上げれば誰か見てくれるかも」
「それは無いな。日頃から料理してたら普通の事だし。再生数を意識して頑張りたくも無いしな」
「そっか……」
洗い物は娘がやってくれるそうなので任せた。
皿が何枚か割れて、娘はびしょ濡れになった。
将来、娘の旦那になるであろう男の苦労を思って悲しくなった……