表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

頑張らない1

頑張る……


なんと適当な言葉だろう。

その尺度は人によって違うし、当人は頑張っているつもりでも周りから見れば大した事ではない事もある。

一体何を基準にしているのかさえ不明なのに、時に人は自身の尺度を他人に押し付ける。

一番厄介なのは、頑張って成功した者は美談で讃えられ、頑張らずに成功すれば妬まれる事だ。しかもただの他人から。



頑張るって何だ……



一応、自分なりの解釈はある。

要するに頑張るというのは自己満足の一種なのだ。

だから他人がとやかく言うものではない。

頑張っているかどうかなんて、己が一番良く分かっているのだから……



俺も小さい頃に『頑張ったら褒められる』と刷り込まれた内の一人だが、大きくなるにつれその尺度は増していき、追い付かなくなった。

勉強も運動も自分なりに頑張ったが結局平凡止まり。

頑張って就職はしたが、サービス残業が当たり前のブラック会社。

そこでも頑張って結果を出そうとしたが、体を壊して強制リタイア。

地元に帰って時間に余裕があるアルバイトを始めたが、バイト先の女の子と付き合ってそのまま結婚。

頑張って再就職したが、すぐに妻が妊娠。

出産後も家族を養うために頑張って働いたが、娘が中学生の時に妻が浮気していて離婚調停。

頑張って親権は勝ち取ったが、一人娘には無視され、まるで汚物を見る様な目で見られる。

頑張って毎日朝晩のご飯と昼のお弁当を作るが、全く手をつけない。

頑張って会話を試みるも目も合わせない。

他にも家の事を色々頑張って……

仕事も若い奴に追い抜かれながらも頑張って……


頑張っていればいつか報われると信じて……

頑張って……

頑張って……

頑張って……

頑張って……

頑張って……










もう、頑張らなくても良いか……


ある朝目覚めると、頭の中でそんな結論が出た。

朝飯は……作らなくて良いな。

どうせ食べないし材料費の無駄だ。

娘はもう高校生だ。金だけ渡しておけば困る事は無いだろう。


会社は……辞めるか。

取り敢えず今日は体調不良(仮)で休む連絡だけした。

明日退職届を出しに行こう。



という事で、大人になってから初めて惰眠を貪った。




「ふわぁ〜。昼飯どうするかな。コンビニで弁当でも買うか」


上下ジャージ姿でコンビニに向かう。

ついでにタバコを買った。

結婚を機に止めたのだが、禁煙を頑張った記憶が蘇った。

一口吸って軽く咳き込んでしまったが、久方ぶりのタバコは物凄く美味かった。


コンビニ弁当を食べながら缶ビールを飲む。

そう言えば禁酒も頑張ったな〜。

体に染み渡るアルコールを感じながらしみじみと思った。




リビングでぼっーとテレビを見ていると娘が帰ってきた。

まあ、もう気にする必要も無いからどうでも良いが。


「……ねえ。風呂は?」

「……………あ?俺に言ったのか?」

「お、おれ?」

「風呂くらい自分で入れろよ。蛇口捻るだけだろうが」

「!!?う、うるさい。このクソジジイ!」

「うるさいのはお前じゃねえか……」

「お、お前って……」

「俺だってクソジジイ呼ばわりされる覚えはねえよ」

「…………」


娘は何も言わずに自分の部屋に駆けて行った。


「数ヶ月ぶりにまともに会話したな……」





次の日……


リビングのテーブルに五千円を置いて家を出る。

まあ、足りるだろ。




「部長。退職したいので退職届を持ってきました。一応2週間で引継ぎも終わらせますので、その後は宜しくお願いします」

「ちょ、ちょっと待て!何でいきなり?理由を言え!」

「理由ですか?……特にありませんね。まあ、敢えて言うなら頑張る意味が無くなったからでしょうか」

「……何があったか知らんが、2週間の内に気が変わったら言ってくれ」

「はい」


それから2週間は惰性で会社に行った。




2週間後……


「やっと辞めれた……」


今日からは会社に行かなくて済むのだ。

当面は退職金でどうにかなるだろう。

のんびりと何かしたい事でも探すかな。



……だがその前に、先ずは旅行でも行くか!!


北か南か。日本地図を広げてダーツを投げて当たった場所に行くのも面白いかも。


子供の遠足の時のような高揚感を感じていると、娘が帰ってきた。

しかも、俺の顔を見るなり怒鳴ってきた。


「……なあ。あんた親だろ。ちゃんとしろよ!」

「何を?」

「洗濯とか掃除とか最近全然してないだろ」

「ああ、それか。自分の分くらい自分で洗濯しろ。前に『一緒に洗うな。気持ち悪い』って言ったの忘れてねえからな。掃除も俺は別に気にならないから、汚いと思ってるなら自分でやれよ」 

「ふ、ふざけんなよ!」

「ふざけてるのはどっちだ。何で俺がお前の小間使いみたいな真似をしないといけないんだ。お前はどこか国のお姫様かよ」

「う、うるさい!」

「はあ〜。まあどうでも良いや。俺は明日から旅行に行くから。金はある程度置いて行くから足りなくなったら電話くれ」

「なっ!!」


娘がわなわなと震えている。

どうやら怒っているらしい。

一体何なんだ?

今まで散々無視してたんだから、別に居なくても平気だろう。

飯はそもそも家で食べないし、掃除洗濯くらい自分でしろ。

将来一人暮らしするなら強制的にやるしかないんだから。


う〜ん。こんなでも自分の娘だし、アドバイスくらいはしておくか。




「まあ、頑張れ」









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ