プロローグ
まず初めに断っておきたいことがある。これは君を救うだとか慰めるだとか大層な慈善意識の元書いた小説では無い。言うなれば答案用紙だ。君は今から僕の出した答えにマルかバツをつける。結果によって君の逆鱗に触れるかもしれないが、それは僕の知るところでは無い。僕としてはマルかバツかを知れたらそれでいいのだから。
なぁ優、人生に何より必要なものが何か。君には分かるか? 数ヶ月前の君なら涙だって言い切っただろうけど今はどうだろう。
少し恥ずかしいけど多分君は僕の名前を言ってくれるんじゃないかと思う。それは僕だって同じだ。相利共生。互いに互いを生かして生きる。罪を犯した僕達が互いに見張り、妬み、羨んで、償っていく生き方。それが僕らが辿り着いた人生の答えだった。
でもどうだろう。今になって全部が全部、信じられなくなってきたんだ。本当にそれが僕らの人生にとっての正解なら、今僕がこうして過去に縋り付くような小説を書く理由がない。
もうさ、優も分かってるんだろ。何も成せなかった僕を慰めるために「それでもいい」なんて笑わなくてもいいんだよ。
なにより僕達を繋いでいたのはたった一言。僕の秘密がばれて、君が秘密を明かしたあの日。
「私を泣かせる小説を書いて」
泣けない君は、僕に笑ってそう言った。
今の君はどうだ。僕らが選んだ最善の道に求めて止まなかった涙は、あるか? いいや、あるのは涙の代わりに選ばれた物書き一人。
今の僕だって捨てたはずの筆を執って、ただひたすらに憎いやつらを見返すために、君を殺すために小説を書いている。
どうしてこうなってしまったのか。簡単だよ。僕らが選んだのが形の無い、思い出だったからだ。
思い出とは強い光を受けて目に残る赤黒い残像に近い。ふとした瞬間に世界の彩度に紛れてしまって、再び輪郭をなぞろうとした時にはもう二度と同じ形にはならない。
そんな不定形なものに縋って生きようとするから、形崩さないように臆病になる。その様が他人に貶される。貶された時、元の形を思い出せないような思い出じゃ言い返せないから、負け犬みたいに拳を振るうしかなくなる。
なぁ優、僕らが二人初めに目指したゴールはどこにあったっけ。君はもう、そのゴールに手が届かないことを割り切って生きているようだけど、人間生きていくためには自分という人間を信じるための形が、世界と戦うための自信が必要なんだよ。
「それでもいい」なんて強がりの常套句を零してマルバツも付かないような人生じゃ、生きていけないんだよ。
だから答え合わせをさせてくれ。僕から君へ、最後の哀情だ。
人が泣くためには、寄り添いも慰めも同情も意味を成さない。他人事じゃない悲しみがいる。心に穴を開けるくらい言葉で本人の大切な物を奪わなければ、君は死なない。
だからこの小説は今までのように君の思い出や僕らの軌跡を切り取った物語ではない。心の大切なものは奪えないが、これから先の大切なものは壊せる。それはきっと君の心に穴を開けるに足りる。
何故人は悲しい時涙を流すのか。以前君に問われた時は適当に誤魔化すことしか出来なかったが、やっと分かったんだ。
僕の出した答えがこの小説にある。答えの真偽とこの小説の価値はその乾いた目で確かめて欲しい。それがきっと僕らの物語に句点をつけるだろうから。