表
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満開の桜の木のもとに真剣な眼差しを私に向ける幼い君がいた。
桜が舞い散る中、君が何かを私に伝えようとしたところで、目が覚めた。
けたたましく鳴る携帯のアラームをとめようとして手探りで携帯を探す。
幼少期のころの夢を見たのはいつぶりだろうか。懐かしい思い出に思いをはせていると五分おきにセットしているアラームが再び鳴り響いた。
我に返った私は、慌ててアラームを切る。
ふうっと一息つきベッドから立ち上がりカーテンを開けると、いつもより朝日がまぶしく感じた。心も体も少しだけ軽かった。私は、いつも通り朝の支度をし、いつも通り家を出る。正確には、家を出ようとした。これまたいつも通り、トイレに走る。最近はいつもトイレに戻るところまで計算して朝はアラームをセットしている。
今度こそようやく家を出る。会社までは、片道三十分。私は、少しずつ社会で今日一日戦いぬくための心の準備をする。
大丈夫、大丈夫、私は強い。
会社に到着。ふうっと息を整え、会社に入る。
おはようございます。
今日も完璧だ。完璧な笑顔だ。
上司と談笑した後、席に着き仕事を開始する。
仕事を終えたら、帰りに飲み会に誘われた。軽く断って、家路につく。
今日も一日やり切った。自分へのご褒美にコンビニでスイーツを買って帰る。夜ご飯は週末に作り置きした総菜を食べよう。
帰ったら、楽しみにしていたドラマの続きをサブスクで見よう。昨日見始めたそのドラマは、続きが気になりすぎて昨日のうちにほとんど見てしまっていた。が、気付いたら寝落ちしてしまっていたのだ。あと残り少しだから今日のうちに見切ってしまおう。
明日は友人と旅行で、富士山へ行く。それをたのしみに眠りにつく。
今日も又、同じ夢を見た。
君はやはり桜の木のもとで私に何かを伝えようとしている。
今日は何を言っているのか聞き取ることができた。
行かないで、戻っておいでよ。
夢の中でいつの間にか大人になってしまった私は、泣き笑いながら、
戻れないよ。
と、言っていた。