天は二物を与えず 上
「あの子......ホントにいつもマイペースね。昔はまだ素直さが残って......のこっ......残ってたかしら?」
そんな事を考えながら、 私はヒロトくんと初めて会った日を思い出していた。
ヒロトくんと会ったのは4年前、九大病院で働き始めて2週間程経った日の深夜の事だった。
当時は看護師になったばかりで覚えることが沢山あり、早く仕事を覚えようと頑張れば頑張る度に焦ってミスが増える悪循環に陥っていた。
(私......看護師向いてないのかしら............ )
そんな事を考えながら、私に作業を教えてくれる先輩の田宮さんに話しかける。
「田宮さん、ナースステーションの掃除終わりました。他に何かやった方がいい事などありますか?」
「そうねぇ......それじゃあ、これからラウンド(巡回)行くからついて来て。分かってると思うけど患者さんは寝てるから起こさないよう音を出来るだけたてないようにね。もしも話す事がある場合は小声でお願い。」
そう言って早速ラウンドを始めた田宮さんの後ろをついて行く。
ラウンド自体は何回かやって慣れている事もあり、生存の確認、転倒・転落していないかの確認、点滴の確認など、サクサク進めていく。
そして、20分程でいつもやっている病室を全て終わらせた。
「ラウンドはもうほぼバッチリね、他の業務もこれくらい出来てくれると助かるんだけどねぇ...... 」
「そう......ですよね、すみません。」
「いや、責めてるわけじゃないんだけど......まぁ、いいや。とりあえずいつもならこの後記録を書くんだけど、今回はその前に......ついて来て。」
表情を少し固くしてそう言った田宮さんを不思議に思いながら、言われた通りついて行くと、着いた場所はネームプレートに[結城 広人]と書かれてある病室の前だった。
「ここって......いつもは田宮さんがラウンドに行ってる病室ですよね。今回は私がやるんですか?」
「そうね、本当は新人に任せるのは少し不安もあるんだけど、こういった患者さんにも慣れておかないとこの先やっていけないだろうし......とりあえず病室に入っていつも通りラウンドを行って、終わったら声をかけてちょうだい。」
そう言い残して、田宮さんは休憩室に行ってしまった。
(新人に任せるのが不安な患者って......嫌な予感しかしないのだけど。)
なんて考えながら病室の扉を開き、とりあえずベッドで横になっている患者さんの生存確認を......
「新人さんかな?」
「っ!?」
真っ暗な病室の中、急にベッドから上半身を上げて話しかけてきた患者に、悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。
「あぁ、巡回の時は起こさないように声を出しちゃダメらしいけど、俺の場合その配慮関係ないから普通に話していいよ?あと、作業中に見えにくいなら電気も付けてもろて。」
田宮さんが不安に思っていたのも今なら分かる。
そもそもこの患者はおかしいのだ。他の患者がみんなで寝静まっている深夜2時に当たり前のように起きている事、電気を消したままほぼ音を出さずに病室に入った私をさも見えているかのように話しかけてきた事。そして、音を立てようが立てまいが関係ないとも取れる発言......
(田宮さん......まさか面倒な患者押し付けました......?)
なんて思いつつも患者の寝る気配が感じられない為、電気を付ける。
暗闇が光で掻き消え、今までぼんやりとしか分からなかった患者の様子が見えるようになった。
そう、目を閉じたままで開く気配がなく、両足首から下が無い少年の様子が。
「あぁ......なるほど。」
「ん?エラく冷静なんやな。ここに初めて来た看護師さんは大体『可哀想に』とか言うだけ言ってすぐ帰っていくんやけど。」
そう、両目に光が宿っておらず、両足首から先が欠損しているこの子は普通に暮らしている人達からしてみればさぞかし『可哀想』に見えることだろう。
だが、今この子が求めている言葉は『可哀想』や『お気の毒に』とかそういった言葉では無く......多分、こんな言葉だろう。
「......とりあえずその変なエセ関西弁辞めてもろて。」
ギリ生きてます。