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幻の入学式ってこと!

 「学校行って、一体なにしたい。

 言ってみろよ」


 ぼく、先輩の顔、しっかり見つめた。

 顔だけです!

 スカートの下なんか、ぜったい見てません!


 「数学大好きです。数学の勉強して専門家になりたいんです」


 ぼく、なるべく大きな声で答える。

 先輩、眉ひそめてる。

 ちゃんと聞こえてる!


 「あたし、大キライだけど・・・

 分数とか、円周率とか・・・」


 ぼくって・・・

 なんて答えたらよいのでしょう・・・


 「数学って面白いんです。

 色々役に立つんです。

 だから、みんなが数学のこと好きになるようにしたいんです。

 教科書や参考書を書いたり、授業で教えたり・・・」


 先輩って不機嫌な顔してる。

 でも勇気持って伝えた。


 「先輩のために数学教えたっていいんです。

 小学中学の復習だって、一緒にやります!

 先輩が数学のこと、好きになるように・・・

ぼくの母、仕事が忙しくてずっと帰らないんです。

だから図書館とかファミレスで遅くまで…」


 ぼくの本当の気持ち!

 先輩の役に立ちたい。

 大学だっていけるんだ。

 

 「そっか!あたしが数学のことを好きに・・・」


 先輩、ぼくのこと、じっと見つめてくれた。

 いままで見せたことのないあったかい表情だって思った。


 「好きに・・・」


 先輩がつぶやく。

 いきなり平手打ち!

 ぼく、襟首つかまれ、そのまま上半身立たされた。


 「・・・なんかならねえよ。

 バッカッじゃねえか」 


 何度も平手打ちされた。

 最後は、また床に叩きつけられた。

 縛られた手首が床に当たってガキッと音立てた。


 「てめえはな。

 家で勉強なんかできねえ。

 明日学校にも行けないんだ。

 ここで泣いてろ。

 おい。こいつに猿轡噛ませろ」


 先輩がハンカチ取り出して丸め、ぼくの口に入れた。

 三杉さんがその上から大きなタオルを巻きつけた。


 「ざまあみろ。

 ずっとここにいるんだ。

母親が帰らないなら好都合だ‼︎

 サッサと慰謝料払うんだよ。

 この生意気な後輩!」


 先輩、立ち上がった。思いっきり顔を蹴られ、おなかを踏みつけられた。


 「無断欠勤で停学にでもなれ。

 ぜったいここから出さねえからな」


 先輩、サッサと歩き出す。

 取り巻きが後を追う。

 ドアが開いて、先輩の後ろ姿が見えなくなった。

 最後に安田さんが部屋の電気のスイッチに近づく。

 廊下の方をチラリと見る。

 小走りにぼくに近づいて起こしてくれた。

 ぼくの肩に手を置く。


 「安田!」


 先輩の大声!

 安田さん、あわてて走り去った。

 部屋の電気を消していく。

 真っ暗になった。

 東校舎にいた人たちも、みんな帰ったみたい。

 わめきちらす声も、もう聞こえない。

 口の中も体も痛い。

 だんだん闇に目が慣れる。

 窓からの月明かり。

 スクールバッグが離れたところに見える。

 麻衣ちゃんが注文して郵送で贈ってくれたもの・・・

 バッグの中に図書カード入ってた。


 ふいに涙がこぼれた。

 心の中に、浮かんだ光景。

 夜じゃなかった。

 明るい太陽の下。

 麻衣ちゃんが、東涼高校の入学式に参列している。

 ずっとぼくの姿を見守ってくれてる。

 入学式が終わった後、肩並べて一緒に帰る。

 家に帰って麻衣ちゃんからのプレゼントをふたりでひとつひとつ確認している。

 顔見合わせて笑ってる。



 本当の話。

 ぼく、そうなること、望んでたんだろうか?



 先輩と、偶然不思議な出会いをした。

 でもあの晩。

 麻衣ちゃんがぼくのこと、訪ねてたら・・・

 ぼくが麻衣ちゃんに電話かけてたら・・・

 先輩のことって、ある日の思い出で終わったんだろうか?


  

 きっとそうなんだって思う。

 だけどいまのぼく、先輩の姿が・・・

 冷たく口元をねじ曲げて三連フルートを振り回してた先輩の姿が・・・

 三年前に別れたっきりの麻衣ちゃんを飛び越えちゃったんだ・・・

 だからぼく、麻衣ちゃんの幻なんか見ちゃいけないんだ。

 自分で決めたことなんだから・・・




 。


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