第9話 ジアの脱走大作戦! その2
トイレから戻って来たジアとアイバーン。
観念したのか、大人しくベッドに横になったジアが、アイバーンに背を向けながら話す。
「アイ君、みんなの所に戻らなくてもいいの?」
「ああ。退院するまでずっとジアを見張ってろって、パパに言われてるからね」
「過保護過ぎるのよ、パパは……」
「それだけジアの事を心配してるんだよ」
横になったまま、身体ごとアイバーンの方を向くジア。
「アイ君も、あたしの事が心配?」
「当然だろ」
「あたしの事が大事?」
「勿論大事だ」
「あたしの事、好き?」
「好きだよ」
「異性として、好き?」
「うぐっ! そ、それは……」
ジアの踏み込んだ質問に、顔を赤くしてたじろぐアイバーン。
しばらくアイバーンを見つめた後、身体を起こしてグッとアイバーンに顔を近付けたジアが囁く。
「ねえアイ君……目を閉じて……」
「なな、何だ急に⁉︎」
「いいから。見つめられてたら恥ずかしいからさ……ね?」
「な、何なんだ一体?」
照れながらも、言われた通りに目を閉じるアイバーン。
途端にニヤリと笑うジア。
「おい、ジア? いつまでこうしてればいいんだ?」
「もう少し。もう少しそのままで……ね」
ゆっくりゆっくりとベッドから降りようとするジア。
そしてようやく床に降り立ったジアが歩き出そうとした瞬間、いつの間にか凍り付いていた床に足を滑らし、豪快に転ぶジア。
「ウニャアー‼︎」
派手に床に顔を打ち付けるジア。
「先生、呼ぼうか?」
「お願いします」
うつ伏せで万歳の格好をしたまま応えるジアだった。
夕方になり、病室に夕食が運ばれて来る。
だが当然、アイバーンの食事は無い。
アイバーンを気遣い、おかずを分けようとするジア。
「アイ君、煮物たべる?」
「いや、いい」
「じゃあお魚は?」
「僕の事はいい。ジアこそ、ちゃんと食べないと元気にならないぞ?」
「アイ君が何も食べてないと、あたしが気になって食べ辛いじゃないのさー! 何か買って来て食べてよー!」
「ふむ……それもそうか。分かった。正直僕もお腹空いてるし、何か買って来るよ」
「そうね! それが良いわ!」
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃ〜い!」
アイバーンに見えない所で、ニヤリと笑うジア。
「あっ! そうだ!」
病室を出て行こうとしたアイバーンが、何かを思い出したように立ち止まり戻って来る。
「ど、どうしたのさ? アイ君」
「ジアが逃げないように、ね」
そう言ってどこからか取り出した手錠で、ジアの右足首とベッドの手すりを繋いで行くアイバーン。
「んなっ⁉︎ な、何よこれー⁉︎」
「念の為にね。すぐ帰って来るけど、もしトイレに行きたくなったら看護師さんを呼ぶんだよ?」
そう言い残し、病室を出て行くアイバーン。
「あたしの人権は無視かー‼︎ アイ君の馬鹿ああっ‼︎」
結局ジアの脱走計画は全て失敗に終わり、遂に就寝時間となる。
「アイ君、もう夜だよ? 帰らなくてもいいの?」
「さっきも言っただろ? ジアが退院するまでずっと居るって」
「でもベッドはひとつしか無いんだよ? アイ君はどこで寝るのさ?」
「ジアが寝たのを確認したら、待合室のソファーででも寝るよ」
「ええ〜⁉︎ あたしの寝顔を側でじっと見つめるつもりなんだ? アイ君のスケベ」
顔を赤くしてうろたえるアイバーン。
「ブッ! こ、子供の頃はよく同じ布団で寝てただろ⁉︎ 何を今更」
「ふ〜ん。じゃあ一緒に寝る?」
イタズラっぽい顔で布団をめくってアイバーンを誘うジア。
「バ、バカ! もうそんな歳でも無いだろ⁉︎」
恥ずかしそうに顔を背けるアイバーン。
「ああ〜! 何かアイ君の言ってる事矛盾してる〜!」
「うぐ……ああもう! 僕は待合室に行く!」
気まずくなったアイバーンが、逃げるように病室から出て行く。
「いいか⁉︎ 大人しく寝るんだぞ!」
「は〜い!」
アイバーンが居なくなった瞬間、再び悪い顔になるジア。
「フフフッ。アイ君、まだまだ子供ね」
今回はすぐに病室から出ようとはせずに、寝たふりをしながら様子を見ているジア。
「慌ててすぐに行くと、またさっきみたいに廊下に隠れてる可能性があるからね〜。慌てない慌てない」
しばらくしてから、懲りずに動き始めるジア。
「こんな夜中に孤児院に帰ったって、もうみんな寝てるのは分かってるんだけどさ。もうこうなったら意地よね」
ただアイバーンに一泡吹かせたいという想いだけで、再び脱走を企てるジア。
「居ない、わよね?」
病室から顔を出したジアが、念入りにアイバーンの気配を探る。
「良し、大丈夫」
アイバーンが隠れていないと確信したジアが廊下に出る。
「さ、さすがに夜中の病院はちょっと不気味よね……」
明かりがついてはいるものの、かなり薄暗い廊下に身震いしながら進むジア。
そして1階にある待合室まで来たジアが、壁からそおっと覗き込んでアイバーンが寝ている事を確認する。
「フッフッフー。どうやらアイ君はお休みのようですね〜」
足音を立てないように、静かに待合室の横を通り抜けて行くジア。
その途中で、念の為に何度も何度も立ち止まってはアイバーンが寝ている事を確認するジア。
「うん。ちゃんと寝てる」
フウッとひと息ついた瞬間、ポンっと誰かの手が肩に触れた。
「ヒッ!」
ビクッとなったジアが恐る恐る振り返るが、そこには誰も居なかった。
「イヤアアアアー‼︎」
病院中に響き渡るかのような大きな悲鳴を上げた後、気絶してしまうジア。
すると、ソファーで寝ているアイバーンの姿が薄れると同時に、何も無い空間にアイバーンが現れる。
「やれやれ。ホントに懲りないなー、ジアは」
アイバーンにお姫様抱っこされながら、再び病室に逆戻りとなるジアであった。