第10話 バーリトゥードかプロレスか
どうにか魔力を押さえ込んだジアが、アイバーンに向かって走る。
「体調も挑発も関係無い! 力尽くでぶっ飛ばーす!」
「まあ、そういうルールだしね」
テンションの高いジアに対し、冷静なアイバーン。
「でやあっ‼︎」
走った勢いのまま、アイバーンに飛び蹴りを放つジア。
「そんな大技、いきなりはあたらないよ」
難無くかわすアイバーン。
「でしょうね!」
着地してしゃがみ込んだ後、下から突き上げるようにアイバーンの顔目掛けて真っ直ぐに蹴りを放つジア。
「甘い」
その足を受け止めて、関節技に持って行こうとするアイバーン。
「どっちが!」
片足をアイバーンに掴まれたまま、関節技をかわしつつ逆にその足を起点として身体を回転させながら、もう一方の足で蹴りに行くジア。
「くっ!」
受けきれないと判断したアイバーンがジアの足を離し、上体を逸らしてジアの蹴りをかわす。
「まだまだー!」
蹴りの勢いのまま更に身体を回転させて、今度は低空からアイバーンの足を刈りに行くジア。
「ぐっ!」
体勢が崩れていた為かわすことが出来ず、ジアの蹴りを受けて倒れるアイバーン。
「チャーンス!」
仰向けに倒れたアイバーンの腹の上にまたがり、マウントを取る事に成功したジア。
ここで、ようやく動きが止まる2人。
「まったく……倒れた男に馬乗りになるなんて、女子のする事じゃないな」
「アイ君に勝つ為なら、手段なんか選んでられないのよ!」
ニヤリと笑いながら、指をポキポキと鳴らすジア。
「さあ〜て。ここからどう料理してあげようかしら〜?」
「ハア……ホント、女子のする事じゃないよ」
「目一杯弱らせてから、ゆっくりバッジを奪ってあげるわ!」
馬乗り状態から、倒れているアイバーンにパンチの連撃を繰り出すジア。
だが、その悉くをガード、もしくは受け流すアイバーン。
「おっ! よっと! 危なっ! ホイっと」
「んもうっ! こんな近いのに、何で当たんないのさ!」
そして、遂にジアの両腕を掴んで止めるアイバーン。
「ぐっ⁉︎」
「そんな上半身だけの腰の入ってないパンチじゃあ、よけるのはそんなに難しくは無い。まして男と女じゃ、どうしても力に差があるしね」
それを聞いて、哀しい顔になるジア。
「そう……やっぱり女のあたしじゃ、どう頑張ったってアイ君には勝てないのね。あーあ。もう意地を張るのはやめて、一生アイ君に守ってもらおうかな……」
ジアの言葉に、顔を赤くするアイバーン。
「え⁉︎ ジア、それって……」
「スキありー‼︎」
腕を掴んでいたアイバーンの力が一瞬緩くなった隙に素早く腕を引き抜き、再びアイバーンにパンチを繰り出すジア。
だがその時、ポンっと腰を浮かすようにブリッジをするアイバーン。
「キャッ!」
タイミング良く跳ね上げられた為身体が前のめりになり、咄嗟に地面に腕を付くジア。
その瞬間素早くジアの腕と足を絡め取り身体を回転させ、上下の位置を入れ替えるアイバーン。
「え、ええええー‼︎ 何でえええー⁉︎」
一瞬にしてアイバーンと完全に立場が逆転してしまい、信じられないと言った表情で絶叫するジア。
ジアを下に見ながら、冷静に解説を始めるアイバーン。
「ジアがああいう事を言う時は、何かを企んでいる時だからね。タイミングを取るのは簡単だったよ」
「な、何よ! 少しはあたしを信じなさいよ!」
「信じていたさ。信じていたからこそ、ジアの動きが読めたんだ」
「ぐぬぬぬぬー!」
「さあどうする? 出来ればジアの顔を殴るなんて事はしたくない。大人しく降参してバッジを渡してくれないか?」
「うにゅにゅにゅー。い、嫌よ! 欲しければ力尽くで奪えばいいでしょ⁉︎ 自分から降参するなんて、冗談じゃないわよ! アイ君に返せたんだから、あたしだってここから逆転してやるわ!」
圧倒的に不利な体勢になりながらも、負けを認めようとしないジアに、呆れ顔のアイバーン。
「まったく……負けず嫌いな所は昔から変わらないなー。まあ俺には特に、だけど」
「当然でしょ! 同い年で子供の頃から同じようにパパの特訓を受けて……いや、初めはアイ君よりあたしの方がずっと真面目に修行してたのに、いつの間にかアッサリ追い抜いてくれちゃってさ! そんなの、悔しいに決まってるじゃない!」
その時ジアの瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。
その涙を見て、ハッとなるアイバーン。
「今よ!」
仰向けの体勢から、アイバーンの顔にパンチを繰り出すジア。
だがまたしても、アイバーンにあっさり腕を掴まれるのだった。
「もう! 頑張って涙まで流したのにいいー!」
「魔法じゃなく本物の涙を流すなんて、大した役者だよ。いっそ女優にでもなった方がいいんじゃないか?」
(まあ、ジアの本心からの言葉だから、想いが溢れたんだろうけど……)
「離して!」
「おっと」
もう一方の腕も掴まれてしまったジアが、ジタバタと暴れ出す。
「こーろーせー‼︎ いっそひと想いにこーろーせー‼︎」
「いや、ただの学校の試験で殺す訳ないだろ⁉︎ 大人しくバッジを渡せば、何もしないさ」
「いーやーだー‼︎」
なおも暴れるジアの両腕を地面に押さえ付けるアイバーン。
「仕方ないな。なら、力尽くで黙らせるか」
横にして見れば、まるでアイバーンがジアに壁ドンをしているような体勢だ。
「え⁉︎ 何⁉︎」
今の状態と、急に真顔になったアイバーンにハッとなり硬直するジア。
そんなジアに覆いかぶさり、ゆっくりと顔を近付けて行くアイバーン。
「え⁉︎ え⁉︎ 何⁉︎ 何なの⁉︎ いったい何するつもりなのさ⁉︎」
みるみる顔が赤くなるジアに、なおも迫るアイバーン。
「んーーーー‼︎」
恥ずかしさの余り、思いっきり目を閉じるジア。
しばしの静寂の後、何も起こらない事を不審に思ったジアがそっと目を開けると、いつの間にか立ち上がっていたアイバーンが何かを手の上でポンポンと弾ませていた。
「あ、ああああー‼︎ それー‼︎」
それは、ジアの胸に付いていた筈のバッジであった。
「い、いつの間にいいー‼︎」
「ジアがご丁寧に目をつぶってくれたからね。その隙に拝借したよ」
「だ、だ、騙したわねー‼︎」
「いや、ジアがそれ言う?」
「あ、あたしがやったのとアイ君がやったのとじゃ、重みが違うのよ‼︎」
「分かんないよ」
「ぐぬぬぬぬぬー。よーくーもー‼︎」
怒りが沸騰したジアの全身から、強大な魔力が溢れ出す。
「ゲッ! ま、待てジア‼︎ 魔法を使ったら失格だぞ⁉︎」
「もうバッジを取られたのに、関係あるかー‼︎」
ジアが発した巨大な風の刃が、アイバーンに襲い掛かる。
「ほ、本気で撃ったなー⁉︎ 殺す気かー⁉︎」
「アイ君ならどうせかわすでしょ‼︎」
「いや、だからって! 危なっ‼︎ だ、誰か助けてー‼︎」
この後しばらく、ジアに追いかけ回されたアイバーンであった。