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あらたなるぽんぽこ

私は怒っていた。

それは、あのヘンテコな部屋から出されて少し経ってからのことでした。

ちくヒゲたちは早々に仲間たちのところに戻り、何かを話し合っていました。

どうやら数日はここで過ごすらしかったのですが、そんなことはまぁよいです。

人間の巣は結構贅沢な作りで、雨の日でも風の日でも心地よく過ごせるようになっておりましたので。

私に完全にフィットしたとは言い難い構造でしたが、健気な人間たちがちまちまと整えたのだろうと思うと、責める気持ちにはなりません。

せっかくの自然の幸をめためたにした【料理】というものだって、食べてみればとっても美味しかったのです。

ちくヒゲが紫の豆を煮たものを沢山くれたので、私は今すぐ冬になっても平気なくらいのご飯を食べれました。

問題は、その後。

人間どもは、随分長いこと森にいたらしくて、生き物と土や木の匂いが混ざっておりました。

少々臭気が強い気はしましたが、群れでナワバリを主張するにはいい塩梅だったように思います。

だというのに、その土や埃にまみれたいい感じのどろどろを、あろうことか!

四角い石でできた空間の中で、温かい水でじゃばぁーっと流してしまったのです。

私は賢い狸ですので、温かい水は時間が経てば冷たい水になるのを知っています。

こんな涼しい日に濡らされては、凍えてしまうのです。

ちくヒゲはこんな基本的なことも知らなかったのか、私を意気揚々とその水場へと連れて行きました。

「おーおー、そんなに嫌か。すぐ終わるからなぁ」

無情にも人間サイズに作られた扉はバタンと閉められて、いくら前足で引っ掻いても開く気配はありません。

背後には、勢いよく雨の出る棒を持ったちくヒゲ。

森で大事に体に巻いていたぺらぺらをぽいと籠に入れて、今は全体的につるもじゃとしています。

やや不快な姿の人間と密室に入れられた私の気分は、最悪です。

あー!なんですかこの白いモコモコは!

やめろ!毛皮に揉み込まないで!

あああ……大事に溜め込んでいた油分が、文字通り泡となって消えてゆきます……。

人間はなんと愚かなのでしょうか……これが雨水から自分を守ってくれるものとも知らず……。

「お、なんか大人しくなったな。偉いぞ茶色ー」

全体的にぺしょんとした私が落ち込んでいても、ちくヒゲは御構い無しです。

何回かまた泡を揉み込まれたあと、私はやっとこのつるつるの牢獄から脱出しました。

「おっと」

まふん。飛び出した先で、突然もふっとした白いものに包まれます。

顔を上げて確認すると、どうやらご飯を持ち歩くのが趣味の大人間が、私を受け止めたようでした。

「おつかれさん、もーちょっとだけ頑張れよ」

わしわしと身体中を擦られますが、おお、これがどうして、なかなか。

案外気持ちがいいので、大人間がやりたいようにさせてやります。

「あぁ、タオルは嫌いじゃねぇのか」

「隊長は、服を着てから出てきてくれ」

私に続いて出てきたちくヒゲに、大人間はにべもなく言い放ちます。

あのぺらぺらは人間にとっては大事なもののようで、纏っていなければ無礼なのでしょう。

ということは、私はちくヒゲに非常に無礼な行いをされたということになります。

うーむ、遺憾の意。

大人間にわしわしとされている間に、気づけば体は随分と水気がとれていました。

このくらいなら、凍える危険はなさそうです。

なんとなくじっとりし始めた【たおる】から体をはなして、ぶるりと震えました。

皮膚に残っていた水分が跳んで、さっぱりします。

「うお、せっかく拭いたのに」

「そこで着替える隊長が悪いんじゃないか?」

新しいぺらぺらを濡らしたちくヒゲが、情けない声を上げていましたが知ったことではありません。

せっかく森の匂いが染み付いたやつがあったのに、どうしてこんな鼻の奥がスンとするような方を身につけるのでしょうか。

「まぁいいや、しばらくしたら乾くだろう」

「隊長、お子さんの前ではそういうこと言わない方がいいですよ」

「えっなんでさ」

「今、思春期でしょう」

半乾きの私は、センスのないちくヒゲ達のことは置いてどこかにいくとしましょう。

さらば人間達よ、お鍋には別の動物を入れるがいいです。

「こらこら、ちょっと待ちなさい」

んぎー!

さりげなく退去(どろん)しようとした私を、ちくヒゲが容赦なく抱き上げました。

お前が私を好きなのはわかりましたけど、私はそこまで好きじゃないのです!

もう十分私の魅惑の毛皮は堪能したでしょうし、そろそろ離れていただきたい!

「懐きませんねぇ」

「野生動物にしちゃ、馴染んでる方だと思うがね。そこに置いてある、取ってくれ」

「これですか」

抗議する私を差し置いて、大人間が部屋の中の木の台から何かを持ってきます。

それは、小さなとんぼ玉がついた組紐でした。

重力に合わせてころころと、茜色の玉が回ります。

がっちりとちくヒゲに保定されて、私の首にそれを括り付けられました。

ぬう、苦しくはないが、どうも屈辱。

「おお、似合ってる似合ってる。なくすなよ茶色」

「無くしたくても無理でしょう、呪いつきですし」

このなんてことない紐に、いろいろと迷惑な術がかかっていると知ったのは、それから随分経ってからのことでした。

人間というのは本当に、傲慢かつ邪魔臭い生き物です。

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