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たえかねるぽんぽこ

広間の中が、沈黙で満たされました。

「災厄の獣……」

「これが……?」

その場の全員が私に視線を注ぐものだから、なんだか居心地が悪いです。

鼻がむずむずして、くしゃみが出ました。

赤毛がさっと私から遠のきながら、ぽつりとこぼします。

「その老研究者、ボケていたのでは」

「天聖がそう示したのだ……」

断言する耳長は、そっと私から目線を離しています。

大事な話をするときは、目を見るものではないでしょうか。

耳長、こっち向きなさいよ。

「しかし神官長さん、そこの壁画とは随分違うようですが……」

「いや、よく見るのだ。黒い足、太長い胴、何より顔のよくわからん模様。こんな生き物、これ以外に見たことがあるか?」

「ないですけど……大きさに随分と差がありませんか。絵の方は、(ノッソ)ほどありそうですが」

「そこなのだ」

どこなのだ。

「もしかすると、これは災厄の獣であって、災厄の獣ではないのかもしれない」

「はぁ……」

「露骨に面倒そうな顔をするな|近代種≪モダン»。つまり、同じ災厄の獣でも、別個体ではないかと言っているのだ」

「あ、それ有り得るかもー。絵よりも相当小さいし、もしかして子供なんじゃない?」

失礼な!

これでも成狸してから結構経つ、立派な淑女でありましてよ!

「この落ち着きのなさ、たしかに幼体かもな」

「なるほど……その可能性は高いな」

むぎー!

私が抗議としてびちびちと跳ねますが、誰一人思いが通じません。

ちくヒゲに至っては、とうとう私をマグロ持ちするようになりました。

許さん、明日と明後日は祟ってやる。

「しかし、だとすればこの生き物はどうしましょう」

「…………」

「神官長、いくら災厄の獣とはいえ、幼い命を奪うのは……」

「わかっている、この獣は成熟するまでは檻へ……」

私がびちびちしているあいだに、どうやら話は悪い方向にまとまりそうな感じです。

檻、檻というのはアレでしょう。

私がまだ小さく、お母さんの乳首から絶対に離れなくて、ちょっと嫌がられていた頃に寝物語で聞かされたことがあります。

人間が作ったカチカチの棒を組んだもので、入れられると脱出は困難。

肉はお鍋でぐつぐつされて、皮はやつらの道具にされる。

ああ、なんてことでしょう!

そんなものに入れられるのは、断じてゴメンです‼︎

限界まで体をひねって、とうとうちくヒゲの腕から脱出を果たしました。

「あっ、こら」

忌々しい紐付きではありますが、これでひとまずは自由の身!

べちっと床に着地してから、すっくと立ち上がり、耳長の足元へ一目散に駆けつけました。

「な、なんだキサ……ウワー!?」

こんないたいけな狸を檻に入れるなど、そんなことは決してさせません。

耳長め、その顔を動かすたびにひょいひょいと目に入るその細っこい耳を、かじり取ってくれる!

「やめ、やめろ、裾をやたらに引っ掻くな!」

ずるずるの服を着ているせいで、うまく爪が引っかかりません。

おのれ耳長、その根性に見合った卑怯な装いです。

「あーあれはくすぐったいな……」

「登ろうとしているのでしょうか」

「すごい気迫ですねぇ」

後ろで、人間たちが緩く何かをしゃべっています。

埒が開かないので、後ろ足にグッと力を入れ跳躍をしてみます。

耳長は体も長いらしく、全然届きませんでした。

あの腰のあたりの紐に爪が引っかかれば、こっちのものだと思うのですが……。

「うわっ跳んだ」

「飛距離短い」

「ニーディ!はやく止めろ‼︎」

「えっ私ですか……うわ……」

背後にヒョロ人間が近づく気配がしましたが、尻尾をぶんと振ると離れていきました。ふはは、やっと私の恐ろしさに気がついたようですね。

「神官殿、生き物苦手なタイプ?」

「茶色、もどりなさい、ほれ」

私の胴体に巻きついている紐を、ちくヒゲがぐっと引っ張りました。

黒い前足から出た爪が、空を掻きます。

脇の下に手を入れられて、抵抗むなしく再び抱え込まれてしまいました。

なぜか着乱れた様子の耳長が、私のことをギッと睨みました。

「……っ、もういい、こいつは今すぐ処分しろ!」

「神官長、さっきと言っていることが」

「幼くても立派に邪悪ではないか!」

「でも馬鹿ですよ」

「ぬぅ……」

「あのぉ、私思いついんたんですけどぉ」

混迷を極めた場の中で、赤毛がマイペースに口を開きました。

「なんだ斥候の、申してみよ」

「茶色ちゃん、結構凄いんですよ。鼻がいいのか災いの獣?だからか、今回誰よりも早く神樹の種を見つけたんです」

「……災いの獣には、神樹の種を正確に察知する能力があると、推測されているな」

「それで思ったんですけどね、この子、その大人の方の災いの獣の対抗手段にならないかなって」

「なるほどな」

ちくヒゲが、得心が行ったように頷きました。

「茶色の習性を利用して、神樹の種を先立って回収しようってか」

「ふむ……」

考え込む耳長に、ここぞとばかりに赤毛が言葉を重ねます。

「子供みたいだし、躾たら言うこと聞くようになるかも!」

もう成狸ですし、お前の言うことは絶対に聞きません。

「いいだろう」

私の固い決意は察してもらえず、納得した神官が両手をぽんと合わせました。

「それでは、その生き物は貴殿らに任せよう」

「ありがとうございます、神官長」

「よい、ニーディ。その獣を正しき道へ導くのだぞ」

なんとなく丸く収まったみたいな空気の中、勝手に行く末を決められた私は不機嫌に尻尾を膨らませるのでした。

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