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しられざるぽんぽこ

「え〜本当にこっちの方角であってるんですかぁ」 「天聖はそうお示しになっております」

「どこ見たって草じゃないか!もっと詳細に教えてよ」

「この辺なのは間違いがないんです」

「揉めてないでちゃんと探せよ、見つからなきゃ今夜はここで野営だぞ」

御機嫌よう(ぽんじゅー)

本日は気持ちのいい晴天、木陰の小鳥たちは美しい声でさえずり、草むらの虫たちはせっせと生を謳歌しております。

こんないいお日柄にも関わらず、にぶちんの人間たちはうだうだと言い争っていますね。

どうやら何かしかを探しにこの森にきたようで、そしてこの辺にあるはずのようで。

ま、どうでもいいことですが。

私といえばちくヒゲの忌々しい紐付きでは有りますが、優雅に地面を散歩しております。

いやぁ、実にいい風だ。

生気が満ちに満ちて、今にも跳ね回ってしまいたいほどに!

「なんだ茶色、今日はちょっと足が上がってるな」 「最近ぽっちゃり気味でしたからねぇ、減量じゃないですかぁ」

「足を怪我したのかと思った」

私のつやつやの黒い肉球は、こんな草地程度で傷つくほどヤワではありません。

大人間の的外れなコメントに、ふんと鼻を鳴らしました。

いつもなら教育的指導としてスネにでもかじりついてやるところですが、今日は特別に許しましょう。

というか正直、そのような些事に関わっていられる心境ではないのです。

なんだかすごく、いい予感がする。

行きたい方向ははっきりわかっていて、そこに駆け出したい気分です。

赤毛とヒョロ人間が見ているのとは反対側、生き生きと陽光を受け育つ一本の若木のその根本。

そこから、なんだかとっても素敵な匂いがするのです。

「おい茶色、あんまり引っ張るなよ」

背後でちくヒゲが何か言っていますが、無視してぐいぐいと進んでいきます。

絶好調の私の本気ぐいぐいに根をあげたらしいちくヒゲが、渋々と後ろからついてきました。

私としては、さっさとこの無粋な《はあねす》を外して頂きたいところですが。

ちくヒゲは狸心に疎いので、仕方がありません。

一歩一歩地面の感触を楽しみながら進んでゆくと、それはとうとう現れました。

勢い余って地面からせり出してしまった木の根の間に、ころりと二つ。

四国の方の刑部お爺さんの宝を思いおこすような、こんころりんです。

今朝から感じていた香ばしい素敵な匂いは、間違いなくアレから発生しておりました。

「うわっ、こら茶色、引っ張るな!」

忌々しい紐の引力を感じながらも、私は全力でそこへ向かいました。

肉球の一つ一つに力を込めて、鋭い爪で地面を搔き進んで行く。

ずりずりずりずりとそこに近づき、黒い鼻をちょんと寄せます。

食は匂いから。 ひくひくと鼻をうごめかし嗅いで、堪らずぱくりと口に入れました。

野育ちの鋭い牙で噛み砕けば、全身に甘い痺れが走ったような錯覚。

美味しい。一口目から美味しい。

一見堅牢な殻は噛み砕いてしまえば香ばしく、中身の実の味を引き立てるアクセントとして機能して、口の中いっぱいに広がる極楽浄土。

げんこつ山にいるおじいちゃんおばあちゃんお母さんお父さん、あとたくさんの兄弟たち。

私、この世で……いや、あの世で?んん?よその世で? ともかく、生きてて一番美味しいものに出会いました。

「なんだぁ茶色、恍惚として……ん、こりゃぁ……」

むしゃり、ぱりり。 私が一口一口を大事に味わっていると、背後から人間たちがどやどやとやって来ます。

愚かな彼らは、地面に落ちた木の実がこんなにも美味しいなんて、知らないに違いありません。

つまりここにあるふたつの——今となってはひとつの木の実(どんぐり)は、まるっと私のものということ……!

嗚呼、喉越しすら完璧。

滋味のある腹心地です。

僥倖に打ち震えている間に、赤毛と大人間と、少し遅れてヒョロ人間がちくヒゲの近くに集まりました。

ちくヒゲのごっつい前足が私の両脇を持って、ひょいと抱え上げられます。

あっちょっと待って!もうひとくち!あとひとくち!

「たいちょー、これ、もしかして」

「ありました!神樹の種です……!!ああ、やっと見つかった」

「おい、茶色がなんか食べてないか」

「ん、二個あったんだけどな、種」

「まさか……」

顔色を失ったヒョロ人間が恐々と私を見ますが、構ってやるのは後です。

間抜けな人間はともかく、他の木の実の味がわかる動物にあれが見つかっては一巻の終わり。

今すぐあれをお口の中に、保護せねば。

「茶色、めちゃくちゃ足動かしてますね」

「すげぇ美味かったらしいわ」

「確保、確保——!」

ヒョロ人間が裏返った声でひゃんと吠えると、追従していた人間がどんぐりを回収してしまいました。

あぁっ、それは私が見つけたのに!

私の一番美味しいどんぐりですのに!

ヒョロ人間が何やら指示を出し、どんぐりが皮の袋にしまわれてしまいました。

そのまま、どこから出したのか頑丈そうな箱に仕舞い込まれます。

硬質な四角のそれが、無情にもぱくんとどんぐりを呑み込みました。

あぁ、私が……私が見つけたどんぐりが……。

「俺たちが何時間もかけて見つけられなかったものを見つけたんだ、まぁ良しとしようや……一個目は残念だったが。よーしよし、よくやったな茶色。ほらクッキーだぞ」

おのれ!おのれ人間!!

私の獲物を横取りした卑劣極まりない人間への復習を誓いながら、私は口元に寄せられたぱさぱさを頬張ったのでした。

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